『犯人』の、正体見たり……

戸村井 美夜

『犯人』の、正体見たり……


「なぁ。まったく予想のつかないハンニンって、どんなヤツだと思う?」


 男は手元に視線を落としたまま、唐突にそう問いかけてきた。部屋に入ってきた私に一瞥もくれることなくだ。


「なんだって? 『ハンニン』? いったいなんの話をしているんだ」


 私は困惑したまま部屋の主のそばへと、埃や粉塵が舞うなか歩みを進める。口元を咄嗟に手で覆い隠すも、思わずむせ返ってしまった。

 すると男は、いまいち要領を得ない私に痺れをきらした様子で、目の前にうず高く積み上げられた本の山を指し、


「――コレだよ。コレ。ミステリー小説ってやつの話さ」


 言って、山間から顔をちらりと覗かせる。


「ミステリーだって? ここ数日、とんと姿を見せないと思ったら、部屋に籠ってそんなモノを読み漁っていたのかい?」


 私は声に少なからず批難の色を滲ませながら、デスクを挟んで彼の向かいに腰掛けた。

 しかし彼は何食わぬ様子で


「ああ。実はこれがなかなか興味深くてな。どれもこれも翻訳が酷いもんで話の筋を追うのがやっとなんだがよ。この手の話は今まで読んだことなかったもんで、ついつい寝食も忘れて読み耽っちまった」


 けろりと言い放った。


「まったく君というやつは……。そんな暇があったら、少しは外に出て私に協力したらどうだい?」


 顔をあげた男の、心外だと言いたげな視線がこちらに向く。


「暇なんかじゃねぇよ。この山のような書物に片っ端から目を通してるんだぜ。手が何本あっても足りやしねぇって」


「足りてないのは私も同じだ。こっちはマルの手すらも借りたいくらいなんだがね」


 と、ソファーでくつろいでいるマルに目を向ける。マルは私の苛立ちを知ってか知らずか、しっぽを何度か横に振ると「みゃあ」とひと鳴きしたきり毛玉のように丸まってしまった。


「まぁ、そう言うな。これでも俺なりに研究に励んでいるのさ」


 男は素知らぬ顔で腕組みをし、得意げに鼻を鳴らす。そのまま読み止しの本をデスクに放ると私のほうへと向き直り、腕組みしたまま前のめりになって肘をついた。ついこの間までミステリーの「ミ」の字も知らなかった男は、どうやらその手慰み程度の研究成果とやらを、聞かれもしないのに披露したくなったらしい。


「ミステリーってのはよ。つまるところ『殺し』をめぐる物語なんだ。冒頭でまず事件が起きて被害者が殺される。リストアップされた容疑者のうちの誰かが殺したんだ。そいつが事件の『犯人ハンニン』ってやつだな。それが誰なのかを当てるっていうのが話の主な内容ってわけ――でよ。殺したヤツは自分が『犯人』だってバレたくないもんだから、捜査の目を欺くために『トリック』ってやつを仕掛けるんだが……これがすげぇんだぜ。針や糸で器用に鍵をいじくって『被害者しか入れないはずの空間』を作ったりしてな。そんでもって殺した相手を自殺に見せかけたりとかよ。あるいは氷で作った刃物でバッサリと殺っちまったりな。――ほら。氷が溶けちまったら証拠となる凶器が消失しちまうだろ?」


 男は口角泡を飛ばしながら一方的に話しはじめた。よほど話し相手に飢えていたのか、口を開くごとにその語調は熱を帯びていく。対する私の冷ややかな視線が、この男には続きをせがんでいるように見えているのだろうか。

 もともと私は彼に一声かけに来ただけで、長居をするつもりはなかったのだが……やれやれ。こうなってはお手上げだ。ひとしきり話を聞き終わるまで、こいつは頑として外に出ようとはしないだろう。

 もっとも、いま私がひっそりと席を外したところで、この男は変わらぬ調子で虚空に向けて喋りつづけるかもしれないが。


 しかし、困ったものだ。適当に聞き流してはいるが、いかんせん話が終わりそうにない。相槌を返すだけでは手持無沙汰となった私は、諦めて男が放り捨てた本を手に取った。そして懐から取り出したレンズを入念に拭いたのち、それを掛けてパラパラとページを捲る。


 登場キャラクターとその関係性が記された一覧。次に舞台となる館の見取り図がある。冒頭の場面は、どうやら館の主である資産家の老人が殺されるところを描いたようだ。なるほど、翻訳がまともに機能しているとは思えない酷い文章だ。男の言う通り、これでは話の主だった筋を追うのが精一杯といったところだな。

 老人を殺害した容疑者となるのは、彼の莫大な遺産をめぐって争う親族一同と、館に仕えるメイドや庭師。このなかの誰かが、その『犯人』ということか。そして、どこからともなく現れた『探偵』と『刑事』が一進一退の捜査にあたる。しかし、手をこまねいているうちに第二、第三の事件が起こり――


「――なるほど。なんとも野蛮な小説だな。こんなモノのどこが面白いんだ?」


「だからよ。そうやって犯人が、ありとあらゆる手段で自分に疑いの目が掛からないように工作するのが面白ぇんだって。凶器や殺害現場に物理的な偽装をすることもあれば、犯行時刻にあたかも別の場所に居たように心理的な細工をすることだってある。モノによっちゃ、トリックのためだけに珍妙な造りの建物をわざわざ用意したりもするんだぜ。――そんでもって、読者は結末が明かされるまでに『こいつが怪しい』と予想を立てて、『犯人』に目星をつけるんだ。そのために必要な手掛かりも作中でフェアに明かされている。見事その予想が当たれば俺の勝ち。予想を超える結末で俺を『あっ!』と言わせれば作者の勝ちだ。一種の知恵比べだな。思うにミステリー作家ってのは、どいつもこいつも性格が捻くれてるらしい。やつらは読み手をペテンにかける術を熟知してやがるぜ。俺が自信満々に予想した結末を、いともあっさり裏切ってくれるんだからな。ニセの手掛かりに引っ掛かけられて、作者の手の上で踊らされてたと知ったときにゃ、そりゃあ悔しくてよ。しかし、その『まんまと騙された』と膝を打つのが不思議と快感で病みつきになっちまうんだ」


 気のせいだろうか。このとき、私は男の態度に奇妙な違和感を覚えていた。さきほどから「面白い、凄い」と、さも愛好家のようにミステリーを語るわりには、その顔色にはいまひとつ物語に耽溺しきれていないような印象を受けたからだ。むしろ言葉とは裏腹に、その顔色には、ある種の諦観さえ見て取れた。

 そこで私はその違和感の正体が知りたくなり、気まぐれに彼の話に水を向けてみることにする。


「きみ。さっきからやけに熱心に語るわりには、なんだか浮かない顔色をしているね。聞けば聞くほど、本当にその『ミステリー小説』とやらが好きなのか怪しく思えてくるのは、私の気のせいかな。それではまるで、年寄りが『昔は良かったのに』と嘆いているようにも聞こえるよ」


 これが思いのほか核心を突いた一言だったようだ。男は私の言葉に顔をあげると「それだ」とばかりに指を突き付けた。


「さすがだ。勘が良いな。いや、実はよ……俺が言いたいのは、まさにその『昔は良かったのに』ってやつさ」

「はて。ミステリーを読みはじめたのは、ここ数日の話なんだろう?」

「だから、ここで言う昔ってのは『ミステリーにはじめて触れたころ』って意味。わかるだろ?」


 わからない。読みはじめた頃に持っていた興味を、いまはと失ったような口ぶりだが、それは単純に『飽きた』ということではないのか――そう聞くと男は、それとは少し違うのだという。


「実を言うとだな……俺はこの数日間、ありとあらゆるミステリーを読み漁るうちに、だんだんと予想を超える結末に出会えなくなってきたんだ。穿った見方を覚えるにつれ自然とオチが読めるようになってきちまったんだよ。『こいつだろう』と睨んだヤツがことごとく『犯人』だったりしてな。ミステリーの面白さを根幹で支えているってやつを楽しめなくなっちまったのさ」


「それを俗に『飽きた』というのではないか? だいいち、結末を予想して当てることが本来、読者に課せられていた命題なんだろう? 予想の精度が上がることは喜ばしいことだと思うがね」


 私がそう訊くと、男はたちまちに顔を青ざめて、まるで欲しい物を目の前で取り上げられた子どものようにしょげ返ってしまった。


 彼は力なく首を振り「わかってないな」と嘆息する。


「飽きてなんかいないさ。むしろ飢えているんだ。ミステリーが俺に与えてくれた『新鮮な驚き』ってやつにな。――ああ、そうだ。実際は勝ち負けなんて関係なく、俺はただペテンに掛けられたくてミステリーを読んでいるのさ。あの天地がひっくり返るような『言葉の奇術』に、気持ちよく騙される感覚をまた味わいたいだけなんだよ」


 なるほど、そういうことか。要するに彼は気付いてしまったのだ。ミステリーという物語には様式が定められており、そこに則って書かれる以上は結末にもある程度『パターン』というものが存在するということに。それはつまり、読み手の意表を突く手法にも限界があるということを意味しているのだろう。彼はミステリーへの見識を深めることで、その世界の広さを知るとともに、そこに『果て』が存在することもまた知ってしまったのだ。彼の顔色に見受けられた諦観の正体はコレか。


「きみの言いたいことは、なんとなくだがわかるよ。たしかに、読み手の予想を裏切る結末というのは、そうとうな難題のようだ。――だって、ほら。この小説のはじめには、作中に登場するキャラクターが一覧で載っているね。このなかの誰かが君の言う『犯人』なんだろう? だとしたら、読者は物語を読み進めながら無意識にでもキャラクターすべてに一応の嫌疑をかけるはずだ。それがたとえ『なんとなくだけど、こいつも怪しい気がする』くらいの薄弱な根拠だとしてもね。だとしたら、結末で明かされる犯人がどんなに意外な正体だったとしても『ああ、やっぱりな。いったんはそいつにも疑いをかけたんだ』となるのが当然じゃないか。そんな条件下で意外な結末を用意するのは、なかなか難しいものだと思うね」


「ああ。俺もそう思うよ。もとより読者側に圧倒的な有利があるんだ。一度きりの回答権が与えられているわけでもないからな。好き勝手に予想を立てて、数打ち当たった一つで『ほらみろ』となるのが普通さ。それでもなお、あの手この手で予想のはるか上をいく結末を提示してくれたミステリー作家の発想力には、そりゃあ舌を巻いたもんだったよ……最初の頃はな」


 言って、男は読み止しでこちらに寄越した本を指す。


「それ……もう読んだか?」

「ああ。いま、ざっと目を通したところだ」

「そうか。じゃあ聞くが……『犯人』はメイドだろう?」

「ああ。そうだ」

「性別を偽っていて、館の周辺をうろつく不信な男の正体も、そいつだったんだろう?」

「そうだ」

「遺産の相続争いはフェイクで、殺害の動機は両親を解雇されて一家離散に追い込まれたことへの報復だったんだろう?」


 男の問いかけに、私はことごとく「そうだ」と頷き返す。すると彼は「やっぱりな。『思った通り』だったよ」とがっかりした様子で椅子の背もたれに体重を預けた。


「ほらな。一見して怪しくなさそうなヤツが実は『犯人』――よくあるセオリーのひとつさ。そいつは事件に無関係と思いきや、実は被害者とのあいだに隠された因縁がある――読者の目を欺くための常套手段だ。そして性別などを誤認させることで、その正体の意外性に付加価値を与える――これはそこそこ意表をつく演出だが……まぁ、多少の工夫を凝らしたところで、それも結局は数ある『パターン』の一つなんだ。少々の『ひねり』が加えられているだけで、どれもこれもが既存の要素の掛け合わせに過ぎないんだよ。まったくもって予想の範囲内だ」


 そして男は「あーあ」と溜息のあとに天を仰ぎ、「この俺を心底驚かせるような話は、もうどこにもないもんかねぇ」と、のそのそ膝上に登ってきたマルの背中を撫でながら呟いた。


 なるほど。それで最初の話に戻るわけか。

 まったく予想のつかない『犯人』の、その正体――

 この男は、ミステリーの限界を知ってなお、それを超える新たな『驚き』を求めていると……。


 ――さて。どうしたものか。

 彼には気の毒だが、私にはその悩みがどうにも滑稽に思えてならなかった。

 それというのもこの男、これほど大量にミステリーを読み込んでおきながら、どうやらを見過ごしているらしい。それこそ天地がひっくり返るほどの『意外な正体』をさんざん目にしていながら、まるでそのことに気付いていない様子だ。

 彼がぞんざいに放って寄越したこの一冊にだって、いまだ彼の知らない『驚き』がそこかしこに隠されているというのに。


 あまりの可笑しさに、つい「ふふっ」と噴き出してしまった私を、男はめざとく咎めてくる。


「おい。なにが可笑しい」


 馬鹿にされたと感じたのか、男はその顔色を瞬時に赤く染め、声にドスを効かせて凄む。

 私は口元を覆っていた手を、とりなすように男の前にかざしてみせ、


「――いや、すまない。そういうつもりじゃないんだ。ただ、話を聞いてわかったんだが……もしかしたら私は、君が求める『新鮮な驚き』とやらを提供してあげることが出来るかもしれないよ」


 言うと、男は「ほう」と首を傾げた。


「なにか斬新なアイデアでも思いついたか」

「そうじゃない。気付いただけさ。私が知ってて、君が知らない事実の存在にね」


 男はなおも赤らめた顔を訝し気にしかめると「勿体ぶらずにさっさと言え」と突くように急かしはじめた。苛立ちを隠しきれない様子で、髪を逆立ててもいる。

 わかった、いいだろう。教えてやる。

 これが君の望む、とっておきの『意外な犯人像』さ――


「その前に、ひとつ聞きたいんだが……君はさきほどから、作中で『殺し』を働いた者を『犯人』と表現しているね?」


「ああ。……それがどうした?」


「ちなみに『犯人』とは……いったい、どういう意味かわかるかい。――いや、そうじゃない。文字が表す意味そのものについて聞いているんだ。『犯』というのは、法律や道義に背く行いのことを指しているようだが……では、『人』とは?」


「そりゃあお前。文脈から判断して、なんとなくだが……その行為に及んだ主体となる者を指しているんだと解釈したぜ」


 やはり、そこまでの認識だったか。


「実を言うとだね……『人』という字は『ヒト』とも読めるんだ。『ヒト』とはつまり『ニンゲン』を指す言葉だね」


「ああ? なんだ、やっぱり俺を馬鹿にしてんのか?」


「違うよ。『犯人』についての話だ。この本で描かれる『犯人』は職業がメイドで、性別は男だったね。そして生物としての分類は哺乳類で、つまり『人間ニンゲン』なんだ。――いいかい? よく聞けよ。なのさ」


「だから! さっきから何を意味のわからねぇこと――」


 男はついに我慢の限界とばかりに声を荒げた。


!」


「この星の知的生命体の総称だよ。我々が降り立ったこの地球ほしで、かつて栄えていたとされる種族さ」


 その言葉を受け、男はしばらくのあいだ放心していた。しかし、やがて意味を理解すると再び興奮状態となり、デスクに両の掌を勢いよく打ち付ける。


「なんだとっ!」


 デスクが激しく揺れ、そこに積まれた書物の山から粉塵が舞った。これには膝上で毛玉と化していたマルもさぞかし驚いたらしい。びくっとして飛び起きるや、しっぽの先端に付いた口から「みゃあ!」と音を鳴らすと十本の足をわきわきと動かしながら天井へカサカサ逃げていった。


「聞いてねぇぞ! 『人間』だと!? じゃあ、俺たちのような種族とは別の、知性を持った生き物が存在したってのかよ!」


 私はそっと目を伏せ、掛けていたレンズを外す。

 すると、それまでレンズを通して読んでいた文章は、その画角から外れるや途端に意味を成さない記号の羅列へと変化した。


「ああ、その通りだ。見渡すかぎり砂と岩しかないこの星を、かつては我々と同程度の文明を持った別の種族が支配していたのだよ。――やはりこのレンズの翻訳機能には限界があったみたいだな。文脈から物語の筋を追うことは出来ても、その根本に存在する『人間』なるものの生態までは読み解くに至らなかったようだ」


 男は感情の整理が追い付かない様子で、ぱくぱくと口を開けては驚嘆の声をあげつづけた。口角の外分泌腺から飛ばされた泡が、ふわふわと幾つも宙を漂っている。


「なあ。お前は、いつそれを知ったんだ!?」

「つい最近だ。我々がこの船から調査に降り立ってすぐ、大量の書物が地下から発掘されたのは君も知っての通りだが……実はその後も、調査班の目覚ましい活躍によって『人間』の生態を紐解く資料や記録が次々と出土したのだよ」


「俺の耳には、そんな情報入ってねぇんだが」


「そりゃあ、そうだろう。君は発掘品の中から、早々にミステリー小説なるものに飛びついて、独りで随分とご執心のようだったからね。今の今まで知らなかったのも無理ないよ」


 男はいまだ興奮冷めやらぬといった様子であったが、いっときは怒りのあまりに変色しかけていた赤ら顔も、いまは元の緑色に戻りつつあった。

 触手のようにうねうねと揺らめいていた逆立つ髪も、すっかり落ち着いているようだ。


「それで……その、『人間』ってのは、どういう連中なんだ?」


「文化や言語の程度に関しては、我々とそう大差ないようだ。生活様式にも共通点が多く見受けられる。しかし、その外見や身体の構造には大きな違いがあるようだね。感覚器官の多くが頭部に備わっているのは我々と同じだが、腕と足はそれぞれ二本ずつしかない。腕の数は我々の半分で、足に至っては四分の一だ」


「ほう。そりゃあ、たいそう不便そうだな」


「あとは、そうだな……肌の色は個体によって異なるようだが、基本的に生まれ持った色のままで生涯を過ごすらしい。我々と違って、感情とともに体色が著しく変化するわけではないようだ」


「誰かをぶん殴りたくなったときもか?」

「みたいだな。暴力的な感情で肌が赤黒く染まることもないらしい」


 言うと男は「だからか!」とを打つ。


「ずっと不思議だったんだ。なぜ『犯人』たちは、どいつもこいつも平然と犯行を重ねられるのかってな。殺意を隠して標的に近づくなんて、俺たちにゃ相当難しい問題だぜ」


「ああ。彼らは感情と外見を意図的に食い違わせることが出来るんだ。これは驚くべき発見だよ。そんな生き物は、これまで見たことも聞いたこともないね」


 男は深く納得した様子で「そうか」だの「なるほど」だの、しきりに独りで頷いていた。一通り説明を終えた私は頃合いをみて「そろそろか」と席を立つ。彼にもそうするよう視線で促した。


「わかっただろう? この船の外には、君がいまだ知らない『新鮮な驚き』が溢れているんだ。ミステリー小説も結構だが、こんなところに籠っていると視野は狭くなる一方だよ。君もいいかげん外に出て調査班に加わるといい。いま我々は、これほどの知的生命体が如何にして滅んでしまったのか、その原因を調べているんだ。手は多いほど助かる」


 しかし、私が「さぁ」と差し出した手を見て、彼は「けっ」とそっぽを向いた。


「なぁにが『視野が狭くなる』だ。たしかに『人間』の存在には驚いたさ。それに気づかなかった自分のバカさ加減にもな。――だけどよ。さんざん外をうろついたお前らこそ、肝心なとこが見えてねぇじゃねぇか。人間が滅んだ理由なんざ、ここに引き籠ってた俺のほうが、よっぽどよく理解してるぜ」


 私は「ほう。それは聞き捨てならないな――」と二本の腕を胸の前で組んだ。残る二本のうちのひとつで本を手に取り、教鞭のように男に差し向ける。

「――そこまで豪語するのなら是非、君の見解を聞かせてくれたまえ」


 すると男は「単純な話だ」と前置きをして、厭世的に一言だけ、次のように吐き捨てた――


「こんな物騒な話を娯楽にしてるような野蛮な連中、遅かれ早かれ自滅して当然じゃねぇか」



(了)

 

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