その昔、知人から「ミステリー系で、なにか面白いドラマない?」と訊かれた私は、そこで迷わず『古畑任三郎』を勧めました。
そのドラマは犯人の視点から事件の一部始終が描かれる推理物で、そういった形式のものを界隈では「倒叙ミステリー」と呼んだりもします。
本来ならば最後に明かされるはずの犯人が、倒叙ミステリーにおいては、犯行に及んだ動機からその手口に至るまで、最初から全ての情報が明らかとされた状態で物語が進行するのです。
一般的な「犯人当て」のミステリーとは違う、その独自の面白さを知人に力説する私。それに対し、さしてミステリーに思い入れのないその人は、こんな言葉を口にしました。
「犯人が最初から解ってるミステリーなんて、そんなのつまんないじゃん」
その無神経な一言に、私の理性は瞬時に吹き飛んでしまいました。
怒りに身を任せるがまま、その手に握りしめた鈍器を高々と振りあげるや、
「くたばれ!」
そいつの脳天めがけて勢いよく叩きつけ、それきり相手は、ぴくりとも動かなくなってしまい――
といった感じに始まるのが「倒叙」です。
読者は犯人側の視点に立つことで、普通のミステリであればクライマックスでしか味わえないはずの「犯人と探偵の直接対決」を全編に渡って丸々楽しむことが出来るのです。
なんというお得感!
切実な思いを胸に犯行に及ぶまでのドキドキと、それが「いつ露見してしまうのか」というハラハラ感。その二つを同時に楽しむことが出来るのが、唯一無二の魅力であります。
そんな「倒叙ミステリー」の本格派の一つが、このカクヨムにも存在します。
それが本作、
『捜査一課のアイルトン・セナ』。
個性豊かな六人の犯人たちの視点から、六つの殺人事件が語られる連作短編です。
様々な理由から殺人に手を染めてしまった犯人たち。偽証、物理トリック、アリバイ工作……あの手この手で嫌疑を逃れようとする彼らが目指すところは「完全犯罪」ただ一つ。
そんな犯人たちを迎え撃つのが、本作の主人公である警部補「千中高千穂」です。真綿で首を締めるように、じわりじわりと追い詰めてくる彼女の手腕は、犯人目線の読者からすれば「恐ろしい」の一言。その名推理を前にして、完璧に思えた犯行計画も、たちどころに成就が危ぶまれることとなります。
女刑事と犯人たちの手に汗握る攻防戦。
はたして、その行く末は――?
是非、ご一読ください。
おすすめです!
事件現場に訪れる「千中高千穂」と冴えない小男「松実士郎」のバディもの倒叙ミステリー。
殺人現場に愛車のベスパに乗って颯爽と訪れる警部補の高千穂。
現場の遺留品や、第一発見者の言動に目を光らし、僅かなほころびや違和感を見逃さない。その様は、まるで古畑〇三郎を彷彿される手腕。古畑をリスペクトした本作は、アリバイ崩しを、まるで真綿で首を絞めるように犯人を追い込んでいく。
理不尽な殺人にも、垣間見える人間ドラマ。犯人に同情の余地はあるのだろうか?
高千穂の推理は、貴方の名推理をきっと凌駕するはずでしょう……。
スリリングな展開に、貴方は、きっと息を飲んでしまうだろう!
犯人側視点で話が展開する倒叙ミステリー。
この作品も犯人が殺人を犯し、アリバイを築いた後から物語は始まります。
しかし、この作品の犯人達は運が悪かったですね…。
「捜査一課のアイルトン・セナ」と呼ばれるスピード解決を得意とする、凄腕女警部補にロックオンされましたから。
彼女の鋭い観察眼、徐々に崩されていくアリバイ。
読んでいて、こちらが追い詰められていく犯人に感情移入してしまうほど、千中高千穂の捜査は華麗な速さで事件を解いていきます。
いや、本当に同情の余地がある犯人には、これ以上止めてあげてー!ってなりますよ、高千穂さん!
常に笑いあり、時に涙あり。
最終話は特に必見!
是非、ご一読ください!
ミステリーが読みたくても平日に読書にあてられる時間が一時間程度だと、長編ミステリーの場合、週末にラストまで読んだときには序盤の伏線が記憶から飛んでいた、なんてこともあります。
が、本作は短編を集めたミステリー。といっても短すぎず、推理を楽しめて満足感のある長さです。
最初のエピソード「一杯の不覚」は、自分の残したコメント時間を見ると、1時間足らずで読んだようです。
1時間で没頭できる本格ミステリー、魅力的だと思いませんか!?
ほかにもおすすめポイントはあります。
それは主人公の警部補『高千穂』と、彼女の部下『松実』の会話劇の面白さ。
高千穂の人を食ったような態度は犯人を苛立たせますが、その解決手法はあざやかです。
高千穂がどう犯人を追い詰めて行くのか、一緒に推理をしながら楽しみましょう!