第96話 旅立ちと現れた成果


 シェリダンの町はずれにある、駅馬車乗車場。

 駅馬車の名の通り、都市間を行きかっている乗合馬車の乗降場であり、多くの人でにぎわっていた。


 これから出発する人、先ほど到着した人など、その表情は様々だ。

 その一角にセリナと孤児院の子供たちにシスター、そして冒険者パーティーパットンの姿があった。


「セリナ、忘れ物はありませんか?」

「はい、大丈夫です、シスター」

「ぐすっ、セリナ姉、ほんとに行っちゃうの?」

「うん、ごめんね」

「これ、セリナを困らせてはいけませんよ」

「だって……」


 孤児院にいた期間は短いが、面倒見がよく、優しかったセリナ。

 子供たち、とくに小さい子からは特段懐かれ、昨日の夜に行ったお別れ会では大泣きする子がたくさんいた。


 それでも「また会いに来るから」と宥め、見送りのためにここまでみんなと一緒に来ていたのだ。

 シスターも不安そうな表情をしているが、ここで何か言っては子供たちが余計に泣いてしまうと、黙ってくれている。


「セリナ……」

「ローラント、見送りありがとう」

「ぐずっ、また会えるよね?」

「アンナ、もちろんだよ!」

「これ、食べて」

「わぁ、おいしそう! エマ、ありがとう!」


 なにか神妙な面持ちのローラント。

 子供たち同様、目に涙を浮かべているアンナ。

 普段通りの表情のエマ。


 三者三様のパットン一行。

 そんな中、エマが渡してきたのはバゲットサンドだ。


「高かったんじゃない?」

「大丈夫、稼ぐ」


 先日の騒動もあり、食料品の値段は高止まりしているまま。

 直後に比べ営業再開している店も多いが、気軽に買えるような価格ではない。


 それでも、長い馬車旅。

 少しでも楽しく過ごしてもらえればと、エマはセリナのためにバゲットサンドを買ってきてくれたのだ。


 みんなとも別れの挨拶を済ませ、馬車に乗り込もうとした歩き出すセリナ。

 すると、街の方から声が聞こえてきた。


「セリナ! 間に合った!」

「ティグ!」


 それは、今日は仕事があるため見送りに行けないと言っていたティグだった。

 仕事先の服のままであるか、それでも汗びっしょりになりながら、なんとか急ぎ駆け付けたのだ。 


「セリナ、僕、頑張るよ」

「えっ?」

「回復魔法。もっと上手く使えるようになる」

「ティグ……うん、頑張って! 私、応援してるよ!」


 汗を拭いながら、強い眼差しでセリナを見るティグ。


 セリナが始めた、就寝前のお祈り。

 あれを始めてから、自分の中にある何かを認識し、操れるようになった。

 後からそれが魔力だと教えてもらったが、そのおかげで回復魔法を使えるようになり。

 騒動の時には、怪我をしている人を治療する事も出来たのだ。


 だからこそ思う、この力をもっと役立てたい、と。

 そして、それをほかならぬセリナに伝えたい、伝えなければならないと。


 セリナもそんなティグの意志を読み取り、笑顔を見せる。

 最後にみんなとハグを交わし、乗車を促す御者に従い馬車に乗り込む。


 運行を開始するベルが鳴らされ、馬4頭引きの駅馬車が動き出す。


 セリナは皆が見えなくなるまで手を振り続け、一面に広がった麦畑に視線を移す。


「もうすぐ収穫だね」

『騒動の影響もある。収穫量は少ないじゃろう』

「うん。でも……」

『そうじゃな。来年には大きな実りとなる事じゃろう』

「だよね!」


 大地への魔力補充は行ったが、効果が出るには多少の時間がかかる。

 ただでさえ不作の所に、先の騒動で魔物に踏み荒らされ、収穫量はどうしても落ちるだろう。


 今は、もっと重大なシェルバリット連合王国に仕掛けられた術式を止めるために。

 セリナは決意を新たにし、エマから貰ったバゲットサンドにかぶりつくのだった。



―――――――――――――――――――――――


 セリナが町を離れて数か月後……。


「シスター、お野菜取れたー!」

「まぁ、立派に育って、よかったですね」

「うん!」

「たくさん取れたんだよ!」

「僕が世話したんだもん!」


 教会の敷地内を掃除していたシスタープラムの所に、取れた野菜をいっぱいに入れた籠を持った子供たちが駆けてきた。

 一時は全て枯れ、新芽も生えてこなかった孤児院の菜園だが、今ではすっかり回復。


 枯れ果てる前よりも実が大きく、美味しい野菜が取れるようになっていた。

 いまだ穀物類は高止まりしたままだが、野菜類はシェリダンの街全体で回復。

 よい品質のものが、手ごろな値段で流通している。


「さぁ、皆さん聖女様にお祈りしましょうね」

「はーい!」

「聖女さま、ありがとうございます!」

「今日も聖女さまのおかげで美味しいご飯が食べれます!」


 子供たちの感謝の言葉を、笑顔で見つめるシスタープラム。

 「聖女さま」というのは、危機に瀕したこの町を救うために遣わされた神の御使い。


 もともとは街の作物不作を発端とした森でのゴーレムの発生と、魔物の襲撃。

 その際、この教会に現れ、常人には真似できない強固な結界を張ってくれた人物がいた。


 直後には負傷者を集めていた広場で、神の奇跡としか思えないような回復魔法の強化現象が発生。

 しばらくは神の奇跡とされていたのだが、冒険者たちの間で「あれは聖女様が助けてくれていた」という話が広がった。


 誰も姿を見ていないだけに、半信半疑ではあったのだが、決定的となったのは森の調査。


 冒険者ギルドが高ランクの冒険者を雇い、森を調査してもらったところ、最奥の地で神話にもある神亀の死骸を発見。

 亀自体は完全に朽ち果て、周りの木々も枯れていた。

 周囲には戦闘の形跡もあり、誰かがこの亀と戦い、討伐したことは明らか。

 しかし、冒険者ギルド含め、守衛騎士団や街のどこにもそのようなことを行った者の記録はなかった。


 だが、最奥の状況がこの話の信憑性を高め、伝説的なものにしていたのだ。

 亀の死骸を中心とした花畑が広がり、朽ちた木々からも新たな芽が生え始め、とても神秘的な空間だったという。


 そして、街の行政を含め、農家たちがなにをしても減少に歯止めが掛からなかった野菜類の収穫が回復し出したのだ。

 街の特産である麦こそ、魔物の襲撃もあり減少していたが、畑の状態はかなり良くなっていると伝わっている。

 この分なら、来年は全盛期ほどとはいかなくても、収穫量の大幅な回復が見込めるという話が人々の間で広がっていた。


 これらの事が重なり「聖女様が街を救ってくれた」という話が町全体に広がり。

 人々は彼女を称え、感謝と祈りを捧げ、困難を乗り越え明るくなった未来を祝して盃を交わしていた。


 特にこの孤児院が併設された協会は、聖女様が実際に結界を張ってくれた場所として、毎日拝礼に訪れる人が後を絶たない。

 野菜の収穫が戻った事で、これらを売ったり、寄付金などで孤児院もやりくりしやすくなっていた。


「シスター、こんにちは」

「あら、ローラント」

「兄ちゃん!」

「アンナ姉も!」

「エマお姉ちゃん!」

「はーい、みんな元気にしてた?」

「お姉ちゃんですよー」


 そんな孤児院に顔を出したのは、この孤児院出身の冒険者パーティーパットンの3人だ。

 この数か月、彼らは破竹の勢いで任務をこなし、シェリダンの街ではちょっとした有名人。

 もちろん、孤児院の子供たちからは「英雄だ」と大人気。


 遊んでくれと寄ってくる子供たちをあやすローラントたち。

 その首には、青銅のドッグタグが輝いていた。


「ローラント、昇格したの?」

「えぇ、先日合格しました」

「真鍮から青銅の最短記録だそうです!」

「えーっ! アンナ姉たち、すげぇ!」

「かっこいい!」

「ふふふ、どやどや」


 セリナから意図せずとも「弱い」と突き付けられたローラントたち。

 彼らはその悔しさをバネに訓練を続け、遂には青銅の冒険者となったのだ。


 そこにはイーエースに脅されていたころの面影はなく。

 地獄のような訓練と、多くの戦闘をこなしてきたという自信に満ちていた。


「それで、ローラント。今日は?」

「はい。アイツを迎えに来ました」

「アイツ……あぁ、彼ですね。すぐ来ると思いますよ」


 普段は冒険者稼業が忙しく、あまり孤児院へは顔を見せないローラントたち。

 今日、彼らがここに立ち寄ったのは、とある人物をパットンに迎え入れるため。


 シスタープラムも当然承知しており、視線をローラントたちから孤児院の扉へと向ける。

 すると、タイミングを合わせたかのように扉が開き、一人の青年が姿を現した。


「来たね、ティグ」

「厳しくいくからね」

「スパルタでいく」

「はい、よろしくお願いします!」


 それは、先日成人を迎え、受章の儀で【治癒士】の紋章を授かったティグだった。

 回復魔法に目覚めた彼は、ほぼ決まりかけていた成人後の就職先に断り、ローラントたちと同じく冒険者となる道を選んだのだ。


 また魔物の襲撃があった時には、守られる側ではなく、守る側になりたいと。

 そして何より、恩のあるセリナに、こちらから会いに行くために。


 これからが大変だぞ、と顔で語るローラントたちに引き締まった表情で答え。

 新たな一歩を踏み出したのであった。

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転生に失敗した古の大魔導師は宿った少女を育て最強へと導く~おじいちゃんに教わった古代魔法で立派な聖女目指してがんばります!~ アル @fio-alnado

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