第95話 別れの挨拶
目を覚ましてから2日後。
シスターや神父から念のため静養しなさいと言われ教会の敷地内から出ないよう言われていたが、ようやく外出が許され。
セリナは一人、ローラントたちと話をするため、復旧工事で賑わう街を歩いていた。
「大通り、馬車も走れるようになってるね」
『資材運搬と物流の中心として、最優先したのであろうな』
魔物の侵入を許した時は、多くの建物が壊れ、魔物の死体が転がり。
道路には穴が開き、武器防具が散乱しているという、目も当てられない状況だった。
しかし、5日たった今では壊れた建物には布がかけられ。
死体と武器防具はひとつも転がっておらず、道路の穴は綺麗に塞がっていた。
孤児院周辺の建物や道には、まだ戦闘の後が残っていたことから、基幹道路であるこの道を優先して直したのだろう。
その甲斐あって、今ではすでに騒動の前同様多くの荷馬車が行き交いしている。
違いは荷馬車にまぎれて建築資材を積んだ小型の馬車が増えた事と、開いている商店の数が減った事。
露店などの出店も激減しており、そちらの方はまだ復旧には時間がかかりそうだ。
そんな復興真っただ中の街を進み、冒険者ギルドまでたどり着く。
今日も冒険者ギルドは大勢の人でにぎわっているが、ここにも変化が現れていた。
鎧や盾など、戦闘を前提とした装備の人が大きく減り、動きやすく丈夫な服を着ている人が多い。
これは森がこの騒動の発端であり、立ち入り禁止となっている事。
討伐、採取の依頼が減り、復興の土木工事の依頼が多くなっている事が理由。
日雇い労働者としての側面も強い冒険者。
多くがシェリダン出身という事もあり、みな街を治そうと躍起になっていた。
そんな冒険者ギルドの片隅。
いつもの場所には、ローラント、アンナ、エマの冒険者パーティーパットンの3人がセリナの事を待っていた。
「お待たせしました」
「僕たちも今着たところさ」
「体はもういいの?」
「無理しちゃダメ」
3人も例にもれず、着ているのは戦闘用ではなく作業用の服。
セリナが眠りについてからは毎日様子を見に来ており、昨日来てくれた時に話た事がある事を告げ。
今日、依頼を受ける前にと待ってくれていたのだ。
体はもうすっかり良い事を告げ、場所を移動。
騒動の時には避難所兼救護所となった、街中心部の広場へとやってきた。
「結構人がいるね」
「ここは被害もなかったからな」
「あの、お祈りしている人は?」
街の中では最も防御を硬くしただけあり、広場に損害はない。
ここだけは以前と変わらず、休んだり談笑したり。
みな思い思いの過ごし方をしている。
そんな中、広場の中心部あたりで膝をついて祈りを捧げている人たちが目についた。
「なんでも、ここで神の奇跡があったんだって」
「えっ?」
「オリファス教会の人が回復魔法を使ったんだけど、効果がものすごく上がってたらしいの」
「だから、癒しの神様が助けてくれたって話になってる」
「へ、へぇ~、そうなんですね……」
3人から、若干疑いを含んだ目に見つめられるセリナ。
神の奇跡、というのは間違いなくオリファス教会の【回復術士】たちが放った魔法にセリナが被せた事だろう。
深い傷すらも治す回復魔法に、広場にいた人々は湧き立ち。
オリファス教会の【回復術士】たちは、想定していた以上の効果に女神さまが力を貸してくれたと祈りを捧げ。
騒動が終わった後はオリファス教の癒しの女神エピトラムが降臨した地とされ、信徒たちが祈りを捧げる場所になっていた。
ローラントたちから詳細を教えられながらも、身に覚えしかないセリナは目を背けるばかり。
あの時、教会に結界を張った後セリナが向かったのがこの広場だったことから、ローラントたちは見当が付いているのだろう。
説明はするだけで追及はせず、視線を合わさず困るセリナを面白半分で見つめていた。
そんな祈りを捧げる人々を横目に、広場の片隅に移動。
本題を切り出す。
「それで、話って何だい?」
「実は……シェリダンの町を出ようと思うんです」
「えっ?」
「なっ……」
「ほぇ?」
セリナの一言に唖然となる三人。
明らかに慌てた様子で、その理由を聞く。
「な、なんで? 僕たちと一緒にいるのが嫌になったとか……」
「違うよ! そういう事じゃないの!」
自分たちに原因があるのかと、慌てるローラント。
セリナはそんな彼らに理由を説明する。
シェリダンの町周辺での作物成長不良は治まったが、シェルバリット連合王国全土ではまだ収まっていない事。
そして、それを調べるためにこの地を離れる事。
さすがに事細かに話すことはできないが、大まかな事として説明。
数日後にも起つ旨を伝える。
「なら、私達も一緒に!」
「えっ?」
「そ、そうだ、人数なら多い方が良いだろう?」
「大丈夫、役に立つ」
悲壮感を浮かべたまま、セリナに同行する案を出すアンナ。
ローラントとエマもすぐに同意し、藁にも縋る思いで告げてくる。
しかし、セリナの表情はすぐれない。
「駄目なの。一緒には、行けない、よ……」
「ど、どうして!?」
「僕たちだって、強くなってるし」
「絶対、大丈夫」
一緒に行きたい、そう食い下がってくるローラントたち。
が、セリナが目に涙をいっぱいに浮かべて、残酷な現実を彼らに告げる。
「死んだら……」
「えっ?」
「死んだら……私にも生き返らせてあげられないの。だから、だから……ごめんなさい」
「……っ!」
「セリナ……!」
「私たちは……」
どうしても一緒には行けない、とセリナはあふれ出した涙を止めることが出来なかった。
その姿とセリナの言葉に、ローラントは手を強く握り唇が切れるほどに噛みしめる。
アンナは大泣きしながらセリナに抱き着き、エマはその場で泣き崩れた。
彼らはセリナの言わんとする事を理解したのだ。
これから行く先はとてつもなく危険であり、自分たちは実力不足で足手まとい。
死ぬ可能性が極めて高く、そうなればいくらセリナと言えども、もう生き返らせる事は出来ない。
ローラントたちにとってセリナは街を、孤児院を、自分達さえも救ってくれた恩人だ。
そのセリナが、縁もゆかりもないこの国を救うため、死と隣り合わせの場所に赴こうとしている。
なのに、助けてもらった自分たちは何もできず。
力になる事も、支えになってあげる事も出来ず、見送ることしかできないのだ。
己の未熟さを弱さを呪い、無力感に打ちひしがれる。
結局、彼らにセリナを止めることも、一緒に行くことも出来ず。
数日後に立つという、セリナを見送ることだけを約束した。
そして、その日の夜。
同様の話をシスターや神父、孤児院の子供たちとも行った。
こちらも「この国を救いに行きます」とは説明できない為、「路銀が溜まったので親戚筋に合いに行きます」という話に変えて。
紋章を持たないセリナが孤児院を離れることにシスター、神父共からは考え直すよう言われ。
孤児院の子供たちは、セリナが居なくなると大泣き。
シスター、神父とは2日ほどかけてじっくり話をし、セリナの意志が変わらないことを伝え。
そこからさらに数日後、馬車で出立することになったのであった。
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