第94話 甦る大地


「ん……ここは」


 セリナが目を覚ましたのは、孤児院の部屋の中だった。

 部屋には子供サイズのベッドが複数あるが、全て空であり、上には畳まれた寝具が置いてある。


 窓からは日の光が差し込んでおり、すでに日が高く登っていた。

 どれだけ寝ていたのか体を起こして周囲を見渡し、スードナムに聞こうかとすると。

 部屋のドアが開き、小さな女の子が入ってきた。


「あ、ニーン」

「セリナ、起きたの!? シ、シスター呼んでくる! ※※※※!!」


 ニーンは孤児院で暮らす女の子で、幼くまだ働きには出ていない。

 目を覚ましたセリナの姿を見るなり、驚きの表情を見せ、ドタドタと慌てて部屋を出て行ってしまった。


「そ、そんなに慌てなくても」

『ほっほっほ。それだけ心配しておったのじゃよ』

「それだけ私、長い間寝てたんだ……」


 ニーンの反応から、スードナムに事前に言われた通り、数日間眠っていたことを実感する。

 体も重く、あちらこちらに鈍い痛みがあることも、それを裏付けていた。

 さすがにこれ以上、寝続けるのも気分が悪いと、ベッドから降りようとするセリナ。


 すると、ドアの奥の方からドタドタという数人分はあろうかという足音が聞こえてきた。


「セリナ、目が覚めたのですか!」

「セリナ姉え!」

「よかった、起きたー!」

「セリナ、寝ぼすけ!」

「うわっ! シスター、みんな!」


 大慌てと言った様相で部屋に飛び込んできたのはシスタープラムに孤児院の子供たちだ。

 教会の仕事をしていた所にニーンが声をかけたのだろう、その後も他のシスターや神父様まで顔を見せる。


「心配したのですよ。もう3日も寝続けていたのですから」

「そんなに……」

「セリナ、どこか具合の悪いところはありませんか?」

「はい、大丈夫です。ご心配をおかけしました、神父様」


 セリナが起きたと喜ぶ子供たちに、いまだ心配そうにするシスターと神父。

 話を聞くと、魔力を使い切り眠りに落ちたセリナをローラントが抱え、シスターと神父に報告。


 疲れが出たのだろうとすぐにベッドを用意し、寝かせたのだが、丸1日たっても目を覚まさず。

 医者に見せるも原因不明。

 悪いところが見当たらず、いつ目を覚ますかもわからないと診断されたことから、みな生きた心地がしなかったのだという。


「ご、ごめんさい、そんな事になってただなんて!」

「気にしなくていいのよ。大変だったんだから」

「えぇ。目を覚ましてくれて本当に良かった」

「セリナ姉、お腹空いてない!?」

「ニーン、セリナ姉の分ちゃんと取ってあるんだよ!」

「わぁ、ありがとう」


 医者は原因不明という事だが、セリナが眠り続けた理由は魔力枯渇。

 セリナが持つ膨大な魔力をスードナムという最高の魔導師がすべて使いきった為だ。

 医者も魔力枯渇を疑い、簡易検査を行ったが、通常の魔力測定器の範囲内で治まるレベルはセリナにとっては枯渇状態。

 普段からセリナを見ていなければ、分からない事だ。


 起きたセリナは意識がはっきりしており、具合が悪い所もなさそうと、神父とシスターたちは一安心。

 セリナがやっと起きたと喜ぶ子供たちに導かれ、ベッドから出ると、食卓へ行こうと手を引っ張られる。


「あ、まって。布団片付けないと……」

「それ、僕やっとくから!」

「セリナ姉はごはん! 3日も何も食べてないんだから!」


 寝ていたベッドの片づけをしようとするも、それすらも子供たちに止められ、食卓へと連行されてしまった。

 子供たちも普段よくしてくれるセリナに恩返しがしたい、お世話をしたいと元気一杯。


 これだけ子供たちに迫られると、断るのも難しく。

 セリナを椅子に座らせ、食事の用意をし、スープをすくって食べさせようとまでしてくれる。


 さすがのセリナもそこまでされるのは困ると申し出るも、子供たちの勢いは止まらず。

 直後に様子を見に来たシスターに仕事に戻るよう怒られ、蜘蛛の子を散らすように退散してゆく。


 それでも、まだ教会の手伝いもおぼつかない子や、孤児院周り担当の子供たちに甲斐甲斐しく看病される事となった。


 結局、解放されたのはその翌日。

 セリナが目を覚ましたと血相を変えて駆け付けたローラントやティグを宥め。

 医者に診てもらい「異常無し」と太鼓判を押されてからだった。



 そして、その日の夜。

 日もとっくに暮れ、鳴き虫たちがコンサートを行う中。

 セリナは一人、菜園にいた。


「……どう、スーおじいちゃん?」

『うむ、問題ない。シェリダン周辺はもう大丈夫じゃろう』

「やった!」


 菜園の真ん中で屈み、地面に手を当てるセリナ。

 人の目を忍び、夜に一人菜園に来たのはほかでもない。

 3日もの長い眠りにつく前に行った、魔法の効果を確かめるためだ。


 あの時スードナムが行った事は3つ。

 一つはシェルバリット連合王国全土に仕掛けられた、巨大なマナ吸引の術式を防ぐ結界を張る事。

 一つが、マナが完全に枯渇してしまった大地に魔力を注入する事。

 そしてこの2つをこの地に完全に定着させるため、亀の魔石を核として使用し、結界を守護する役割を持たせる事。


 全てセリナの膨大な魔力とスードナムの知識、技術がなければ到底不可能な高等魔術である。

 もちろん、スードナムが練り上げた強大な魔力をもってしても、シェリダン周辺の広大な大地を魔力で満たす事は出来ない。


 それでも、一定の回復は見込め、作物の成長には大きな助けになるだろう。

 今後は自然サイクルの中で少しづつマナが蓄積され、いずれは元通りになるはずだ。

 十数年単位の長い時間は必要だが、これで農産物の収穫減少に困る事もない。


 これが、セリナがシェリダンの町を離れる前にどうしてもやっておかなければならなかった事である。


「これで……シェリダンの町は大丈夫だね」

『セリナの頑張りがあればこそじゃ。よくやったのう』

「うん! えへへ……」


 スードナムに褒められ、照れくさそうにほほ笑むセリナ。

 結界を張ったのも、大地に魔力を与えたのもスードナムだが、元はセリナがあの亀を助けたいと言ったから。

 もしスードナムであれば、亀を一撃のもとに葬り去り、マナを吸い取る術式に気付くのはもっと後になっていただろう。

 それこそ、全てが手遅れになっていた可能性すらある。


 あの時、セリナが亀を助けたいと望み、耐え抜き、この地を救いたいと願ったからこそ。

 スードナムも手を貸し、結果としてシェリダンの町を救ったのだ。


「あとは……ローラントやみんなに話さないとだね」

『……辛いかの?』

「うん。お別れするのは悲しいよ。でも……やらなきゃ、いけないから」


 次に行うべきは術式の中心を調べる事が出来る場所に赴く事。

 だが、その場所は遠く、調べた後も中心地へ行くことを考えれば、もうここへは戻ってくることはないだろう。

 この数か月がとても楽しく忘れかけているが、セリナは追われる身でもある。

 オリファス教会からセリナを探しているというような話は聞かないが、いつここまで手が伸びるか分からない。


 いずれは動かなければならず。

 シェルバリット連合王国を救うためにも。

 その時が今、来ただけの話なのだ。


 とはいっても、セリナはいきなり消え去る事を良しとはしない。

 きちんと話をして、発つ旨を伝えなければならないのだ。


 これまでのシェリダンの町で過ごしてきた日々を考え、目が滲んでくるセリナ。

 そんなセリナを慰めるかのように、風が頬を撫でる。


「……寒い」

『風が冷たくなってきたのう。中に戻るが良い』

「うん、わかった」


 まもなく冬が訪れる時期であり、風は冷たく、全身に寒さを感じる。

 身を縮まらせるセリナに、スードナムは孤児院へ戻るよう促し。

 セリナも肌をこすりながら菜園を一瞥し、中へと入ってゆく。


 最後にちらりと見た菜園は、魔力を補充したおかげですっかり元通りとなり、いくつもの若葉が芽を出している。

 そして、そんな菜園の片隅。

 鶏たちが身を寄せ合い寝ている中に、とても小さな子亀が紛れ込んでいたのであった。

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