第18話 背後の恐怖

 あなたとの時間はとても楽しいし幸せだったけど、あなたに話さなきゃいけないと考えれば考えるほど、嫌になった。ストーカーについてのこと。毎日少しずつ近付いてくる影や足音が、日常を蝕んでいたことは事実、背後に立たれたり少し体に触れるだけでも怖くてしょうがなかった。

 そして、怜士さんとのデート中、ストーカーの影を見ました。

 恐怖は体を包み込み、ストーカーと目を合わさないように気配を消し、怯えることしか出来ませんでした。早く逃げ出したい、そう思った私は目の前にあるハンバーグステーキのお店に人差し指を向けました。

 気を利かせて怜士さんは、お店に入ってくれてちょうど空いていた席に座ると、どうして怖がっていたのかと聞きましたよね。正直、言うのを迷ったのです。迷惑をかけてしまう、私から離れてしまう、そんな不安が私の口を噤みました。

 しかし、怜士さんは気になって眠れなくなる。そう仰ってくれたので、それほど私のことを心配してくれているんだと感じ、不安ながらも打ち明けました。ストーカーに命を狙われていると。


 あなたは優しいから、私のことを心配して家まで送ってくれるようになりましたよね。ストーカーに狙われているからとはいえ、二人の時間が増えたことが何より嬉しかったです。声を出すのが出来ないけれど、あの時、ちゃんと秘密を伝えられたから幸せが増えたんだなと思いました。

 隠し事をすることは、不幸を呼ぶ。

 そう考えたのは、この頃からです。

 ただ、ストーカーの存在を話してしまったせいなのか、会社に出勤した時、私のロッカーはぐちゃぐちゃに荒らされていました。誰に荒らされたのかは、「愛しているよ、美歌」と書かれた白い紙とは別に置かれていた一通の手紙に記されていました。


 美歌、これは愛する君への忠告だ。


 最初の文章から察するに、周りに見られてしまったら良くないものだと思いました。恐怖が勝っていて、今にも泣き出しそうでしたから私は逃げるように会社をあとにしました。

 その時は実家暮らしだったので、父にも母にも気付かれたくない私は、一人、カラオケボックスに入ってその手紙を読みました。つらつらと書き記されていたのは、ストーカーからの私への愛情、気持ち悪いくらいの感情表現と嫉妬、彼は私と怜士さんが付き合っていることは知っていたようです。


 そして、忠告​────。


 里見怜士は危険人物だ。彼は、君の思うような優しい人間ではない。理由を知りたいのなら、ここに来てほしい。


 あとに記されていたのは、近所でもない全く知らない住所でした。インターネットとは随分進んだもので住所を調べてみたところ、廃墟のようでした。どうしたものか、男性ならまだしも女性である私がストーカーに会うために一人で向かうというのは危険すぎる。そう、分かっていました。

 だけど、怜士さんが疑われている以上、私は行かなければいけないと思いました。怜士さんのためにも、ストーカーの正体を知るためにも、自分のためにも、真実を確かめなければならない。私は覚悟を決めて、念のために家にあった果物ナイフをポケットに忍ばせてその場所に向かいました。


 時間と日にちが指定されていて、十三日の夜中の二時、玄関前で待っていてほしいと脅迫じみた書き方はされていませんでした。むしろ、知ってほしい。と懇願されているようで、不気味に思いました。十三日は今日で、私が読まなかったらどうしていたのだろうと不思議に思いましたが、その辺りもストーカーなら計算通りなんだろうなと適当に流しました。

 人の気配はどこにもありません。寝静まった真夜中、廃墟の一軒家は山の中にありました。鳥の鳴き声や葉の揺れる音が余計に恐怖を煽り、だんだんとストーカーに会うのが怖くなってきました。友達の所に行くと、自転車に乗ってはるばる遠くまで真相を知りに来ました。

 だけど、また酷い目に合うのではないかと思うと、私は逃げ出したくなりました。

 真実を教えるとは言うものの、本当の目的は暴力を振るって無理やり犯し、最後には逃げ惑う私を殺す。ストーカーとはそういうものだと思います。


 途端に、私は自転車をまたいでペダルを漕ぎ始めました。が、しかし、遅かったようです。誰も来るはずのないこの廃墟に、一つの灯りがゆらゆらと向かってきました。

 終わった​───そう思いました。

 ドスドスと足音はだんだんと大きくなり、とうとう姿が現れました。ストーカーの正体は・・・・・・怜士さん、私たちがよく知っている人でしたよ。一番近くで私たちの様子を伺い、時に私たちのことを叱咤する。自分の椅子にふんぞり返ってろくに動きもしない、相手を見下し罵ることが楽しいだけの人。


「やあ、三峰美歌ちゃん、いつも最後まで仕事をさせてしまってすまないね。こんな所まで来てくれるとは思わなかったけど、そんな健気で真っ直ぐな君を、私は愛しているよ」


 上村さんでした。私をずっと追い回し、恐怖を植え付けたのは同じ会社の上司だった。私は、すぐに逃げようとしましたが、あの大きな腹で行く手を塞がれている以上、車でないと逃げきれないと悟りました。

 自転車を降り、彼に手帳に書いて問いました。なぜ、こんな所に呼びつけたのですか、と。


「本題は中で話さないか? 大丈夫、大事な大事な美歌ちゃんを怪我させたり犯したりなんてことはしないから。なんなら、俺の腕を縛ってくれてもいい。愛しているからこそ、君に手を上げたりはしないよ」


 私は、上村さんを信じたわけではありませんが、腕を縛るほど近くに寄りたくなかったので首を振って断りました。それじゃあ中に、と上村さんに部屋を案内されました。所々、わさわさと動き回る虫たちを目の当たりにして息を飲みました。

 建物は、以前からこの地に建っていたのだと、一歩踏み入れる度に床が割れるような音でわかりました。そこら中、草木も木造のあいだを縫って生えていますし、掃除もろくにされずに放置されているのだと思います。


 連れていかれたのは、一番奥の部屋、そこだけ妙に扉が新しめで中に入ると、椅子が二つとプロジェクターが細く背の高い机の上にぽつんと置かれているだけの殺風景な部屋だった。懐中電灯で椅子に座れと指示されたので、大人しく座りました。もうひとつに上村さんが座り、食べるかとスナック菓子を渡してきました。


「これから君には、俺が記録したある動画を観てほしい。それを目にした上で、奴との交際を判断してほしいんだ。なんでそこまでするのかって言わないでくれよ? 俺は三峰美歌を愛しているからさ。先に言っとくが、流れる動画は何も編集やらなんやら面倒なことはしていないから、いわゆる真実が流れる。絶対に目を背けず、黙って見続けろ。あ、喋れないんだったな」


 そして、上村さんは真っ白な壁いっぱいに動画を流し始めました。夜、ヒールを鳴らして歩く私の後ろ姿が映っています。音楽のように流れているのは、上村さんの息遣い、気持ち悪くてすぐにでも隣から逃げ出したい気分でした。

 私の後ろ姿の向こう側に、千鳥足でやってくる男性の姿が見えました。私と肩がぶつかり、お互いに倒れると男は怒鳴り声を上げています。私は、頭を何回も下げるのですが男は謝れと何度も謝罪を強要しました。しかし、私は恐怖で声が出せません。

 すると、男は私を引っ張り茂みの中に連れていき、押し倒し、犯し始めました。見るに堪えない光景、私はその動画を止めてほしいと上村さんに言いました。だけど、彼はここからだと嬉しそうに微笑んでいます。

 動画の彼も息遣いを荒くして、笑みがこぼれていました。気付かれないように、ゆっくりと角度を変えて。それでわかったんです。怜士さんが私を襲って、嬉しそうな笑みを観ると、その時のことを思い出して肩が震えました。怒り、悲しみ、そんな言葉じゃ抑えきれないほどの憎悪が体の隅から隅へと血とともに巡っていく感覚。


 その時、私は初めて殺意を覚えました。

 サボテンの花言葉、枯れない愛、とっくに愛なんてなかったんです。だから、どうでもよくなってやってしまったんです。しかし、行動したあとすぐに冷静になって、思い出しました。あなたへの強いこの気持ち、今でも会いたくてしょうがないです。

 だから、許してください。

 ちゃんと全てをこの一通でお伝えますから。

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運命のサボテン 紫花 陽 @Jack_night

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