薄情者へ一言

お掛けになった電話番号は、

　銘柄同じですね。いや、俺とじゃなくって、竹沢さんと。

　あの人も吸ってましたから。五月に一緒に飯行った時、あんまりにもひっきりなしに吸って吐いてるから煙突みてえだなって思ったんですよね。俺も吸いますけど、ああいう吸い方はしないんで。

　いや、別にいいんじゃないですか。この店喫煙可ですし。何より、線香より煙草（こっち）の方が喜ぶんじゃないですかね、竹沢さん。そういう人でしょ、あんまりよく知りませんけど。

　久々に先輩と会えたのは嬉しいんですけどね、場所が……通夜の会場でしたからね。縁起が良いか悪いかで言えばダメでしょう。俺としてはラッキーでしたよ。あんまり顔合わせたくない連中とかいたんで、先輩と飲み行くってんで逃げられましたし。おかげで助かりました。地獄に仏ってやつですかね？　あ、仏って言葉、今使うと微妙に嫌な感じになりますね。まあそんくらい助かったってことですよ。ありがとうございます。

　しかし、高校以来ですかね？　先輩と会うの。覚えててくれて何よりです。生徒会の同期会みたいなのも顔出してませんからね、俺。先輩もですけど、みんな大学とかで都会に出てるから、どうしてもそういう会合もそっちで集まりがちでしょ。こっち残っちゃうと、県外に出るのってダルいんですよね。時間かかるし金もかかるし。むしろ先輩よく帰ってきたなっていうか。会場で見つけたとき、ちょっとびっくりしました。なんでこの人いるんだろうって。

　ああ、同級生から回ってきたんですか、連絡。じゃあ無下にもできませんね。巻き添えみたいな……素直に頷かないでくださいよ。いいんですか、そういう認識で。

　いや、先輩と竹沢さんが仲悪く見えてたとか、そういうんじゃないです。そういうの、興味なさそうだと思ってたんで、先輩。高校んときとか、そんな感じだったでしょ？　あんまり人のイベントとか興味ないっていうか。冷たいとかじゃないですけど、一線ばちっと引いてんなって俺は思ってました。打ち上げとか壮行会とか交流会なんか、いつの間にかいるのに、いつの間にかいなくなってるっていうか……悪口じゃないんですよ。そういう距離感の人、好きなんで。丁度いいじゃないですか。よく分かんない仲間意識とか、親近感とか勝手に持ってべたべたされんの、面倒ですし。ダメなんですよ俺そういうの、根っこが怠けもんなんで。その癖地元（こっち）残っちゃったんで、まあ、仕方ないんですけどね。頭も金も足んなかったってだけの話です。

　え──マジですか。それ、幼馴染って言いません？

　習い事が一緒だったっての、初めて聞きました。ていうか、剣道なんかやってたんですか、先輩も竹沢さんも。そっちの方がびっくりしますね。中学で辞めたっても、やってただけすごいじゃないですか。俺そういう武道とか全然向いてないんで、すごいってしか言えないですけど……あ、やっぱ馬鹿ではあったんですか。形覚えられなくて段位取れなかったってのは、なんか分かります。失礼ですけど。そういう人でしたから。

　竹沢さんもそういう雰囲気、全然なかったから。うちの高校私服でしたけど、ほら。あんな格好してたの、竹沢さんとか不良連中しかいなかったじゃないですか。趣味悪いぺらっぺらのシャツとか着てて。だからそういうの、意外でした。いや、剣道やってたら不良にならないなんていう理屈はないんですけど。何やったってダメなもんはダメですし。

　そう、素行悪かったんですよね、端的に言って。あの人。

　高校んときから、ちょっとガラの悪い連中とつるんでたっていうか……あれですよ、マイルドヤンキー、ぐらいのやつ。不良ってほどじゃないけど、派手っていうか馬鹿っていうか……伝わります？　細かいとこ。悪い人じゃなかったのは確かですよ。頭以外は。好き嫌いは分かれるけど、何となく見逃されたり見て見ぬふりされたりするような感じだったじゃないですか。小物っていやそうですけど、邪悪な小物じゃなかったですよ。思慮は足んないけど、陽気で。俺はそんなに嫌いじゃありませんでしたよ。まあそういう人だしな、ぐらいの。ノリについてけねえなってところは時々ありましたけど、それでちゃんと距離をおけるくらいには大人ですから。俺もですけど、先輩もそうでしょ？

　その辺がやっぱ、ついてけないって感じではありましたよ。何にも変わりませんでしたから、あの人。高校ん頃もでしたけど、そこからずっと。いい歳になっても。

　先輩たちは都会行っちゃったから知らないでしょうけど、まあまともな職に就いてるようには見えなかったですね。派手な格好して飲み屋んあたりぷらぷらしてたり、ド平日の昼間にチェーン店で蛾みたいなお姉ちゃん連れてたり。悪いことはしてなかったし、俺にもたまに遊んだりはしてました。まあ、ちょっと距離は置いてましたけど。下手に断るのも目つけられそうだから、誤魔化せる程度にメシとか行ったりはしてましたけどね。いきなり夜中に飲みの誘いくんのとか、面倒でしたけど……社交ですよそういうのは。俺も地元でごそごそ生きてるんで、わざわざ関係悪くするのは避けたかったし。そういうのなければ、俺だって先輩みたく──は。

　ん、飲み行ってたのかって、そうですよ。わざわざ言うのもアレですけど、この辺娯楽とかないですからね。都会みたく、金さえあればいつでもどこでも何かしら暇が潰せるなんてわけもないんですよね。知ってるでしょ先輩。高校の頃、生徒会のやつとかでちょっと八時回る（遅くなる）と何にもすることなくって困ったじゃないですか。駅ビル閉まるし、駅前なんか飲み屋ぐらいしか開いてないし、そもそも電車が全然来ないし。夜遊びしようにも遊ぶ先がなくって、せっかくできたカラオケ屋もアホが刃傷沙汰やらかしたせいですぐ撤収しちゃったし。

　子供（ガキ）もですけど、大人になったってやることなんにもないんですよね、ここ。馬鹿だと尚更。酒飲むか、お姉ちゃんいる店行って酒飲むか、酒飲んで馬鹿なことするか。ろくでもないですよ本当。

　馬鹿なこともね、限られるんですけどね。精々シャッターにちょろっと線だけ引いておしまいとか、せっまい公園で花火して奇声上げたりとか。あとはほら、度胸試し。そこだっていい加減カビそうな場所使ってるんで進歩のない話です。

　そっすよ、水子病院。よく覚えてますね先輩。まだ取り壊してないんで、もういい加減すんごいことになってますよ、外見。

　外見以外は何にも変わってないですよその辺も。先輩も知ってるでしょ……生徒会の合宿んとき、荒沢先輩が肝試しやろうぜって何人か連れて突撃してたの。あんときの噂とほぼ変わってませんね。中庭にぼろぼろの白衣着た女が立ってるとか、ガラスが残ってる窓にべたべたって手形がつくとか、奇数人で行くと事故るとか。あれ荒沢先輩たちは結局入り口で帰ってきたんでしたっけ？　あんとき何人だったかな。俺行かなかったんで、細かいこと覚えてないんですよね。夜明けまでトランプしてました。健全でしょ。

　一回行こうぜって誘われたんですよね、竹沢先輩に。ついこないだですよ。夜中風呂上った途端にスマホ鳴って、何だなんだって出たらそういう内容だったんで。断りましたけど。怖いし寒いし、俺一応公務員なんで、そういうので犯罪沙汰すんのよくないですし。結構粘られたけど、代わりに今度奢りますからって言ったら諦めてくれたんで。

　竹沢先輩は行ったんじゃないですかね。そんときの電話、背後でざわざわしてましたから。同じくらいの馬鹿で暇な連中と、なりゆきでやらかしたと思いますよ。ブレーキ効かないじゃないですか、馬鹿が集まると。訳分かんない勢いでどうしようもないとこまで突っ込んでく。すげえ迷惑ですけどね、後始末する方からしたら。馬鹿はそこまで考えないから馬鹿なんでしょうけど、まともな連中がワリ食うのは世の中のバグだと思ってますよ俺。その手のやつ年に三人までなら埋めていいことにとかなりませんかね、法律で。年収次第で人数変わるってんなら俺頑張って稼ぎますよ。

　──そうですね。式帰りに悪口っての、あんまよくないですね。でも、そういうのって供養じゃありません？　思い出ですよ要するに。ばあちゃん言ってましたもん、そういう席で悪口のひとつも出ないような奴にはなるなって。悪口しか出ないやつもどうかとは思いますけどね。ま、仕方ないんじゃないですか？　日ごろの行いの総決算でしょ、死に際って。

　祟りとかじゃないでしょう。ただの自殺ですよ、あんなの。

　やめてくださいよ、俺がちょっとそういう話した途端にそっちに持ってくの。地元の連中、そうは言わないでおいたんですから。ずるいですよ部外者だからって、そういうこと簡単に言っちゃうの。

　電話はね、そりゃ来てましたけど。俺にも来ました。あそこにいたやつら、番号渡してたやつらはみんなそうなんじゃないすかね。ド平日でしたから、ほぼ誰も出れなかったって話ですけど。出たやつだってすぐに切れたって言ってたんで、ただの悪ふざけですよ。なんとなく死のうと思ったから、それっぽいことしたらそれっぽくなるかなとかそういうやつ。そんな人間でしょうあの人。大体いっつも悪ふざけばっかしてて、その癖センスとかブレーキがなくって、だから平気であんなとこ行ったりしたんです。ええ。罰が当たったんですよ日頃の行いの。祟りとかじゃないですよ。それとこれとは別なんすから。当たり前でしょう。地元離れた人間が勝手言わないでくださいよ。

　あんたにはかかってきてないんですか？　先輩。一人だけ安全地帯でそういうこと言うの、よくないですよ、色々──あ。

　なんだ、やっぱ来てんだ……じゃあよく言えましたね、あんなこと。謝りませんよ俺。先輩の人が悪いせいですから。みんなちょっと気にしてるときにそういうことを、何。何ですか見ましたよ着信。は？　もっとよく見ろって──。

　あの。

　これマジなんですか。今日の、１８：００って。表示が。

　式の真っ最中じゃないですか。

　何だろうねって、あの人祭壇のとこいましたよ。見たじゃないですか、俺たち順番に焼香に並びましたよ。棺の中に花むちゃくちゃ詰まってて、でも意外とツラ変わんないなって思いましたけど、でも死んでましたよ。見たでしょう先輩。困るねじゃないんですよ。俺とかよりそっちの方が……いや、どうすんですかそれ。俺だって聞かれても困りますけど。

　遺族とか、そういうのって、いや、可能性はないわけじゃないですけど──掛けてきませんよね、多分。故人の携帯から。ロックだってかかってるだろうし。そういうことするんなら別端末使うでしょうし、そもそもそんなことをしなきゃなんない状況、俺思いつけないです。

　どうなってんですかねこの状況。考えてませんでしたよこんなの。先輩、特別扱いされてるじゃないですか。その辺、心当たりとか──いや、やっぱいいです。有ったらまだしもない方が嫌なんで。何でピンとこない顔してるんですか。あんた本当そういうところ変わんないな高校から。

　ところで先輩、俺、ちょっと馬鹿なこと思いついたんですけど。提案です。どうせここ、離れるんですし。逃げられるじゃないですか、先輩は。何かあっても。だから思いついたんですけど、聞くだけ聞いてください。俺、今酒飲むんで──はい。

　かけ直したり、しません？