エピローグ

 ギシッギシッ。 ベッドが軋む音がする。


 「あっ、リュウシンさん。 そこっ、気持ちいい!」


 『あ、ああ。 ミヤビ、こっちはどうだ?』


 「ああっ、いい! リュウシンさん上手だよぅ!」


 『お、おおう。 なあ、その声どうにかならないのか?』


 「ムリムリ! あっああ、すごい! 入ってくる!」


 『そりゃ入るよ! 俺は指圧しあつのプロだぞ!』


 鍼灸院の治療用ベッドでミヤビは指圧治療を受けていた。



 『お前、それ絶対わざとだろう! 他の患者さんが勘違いするだろ!』


 「ちがうもーん。 わたしも患者だもーん」 IQがゼロなのか?


 本格的な工事はまだだが、とりあえず稼働できるくらいには破損した鍼灸院の修復をやってもらった。 もちろんケイテツの金だ。 治療や相談は再開できている。



 「次ははりやってください! わたし最近、四股踏しこぶみにハマってるんですよ」


 『渋い鍛錬だなあ……誰の入れ知恵なんだか。 で、どこに打ってほしいんだ?』


 「お尻! 見ててね。いつか横綱よこづな並みの四股を踏んで見せるよ!」


 チリチリチリーン!  待合室のドアベルが鳴る。 予約なしの患者さんかな。


 『楽しみにしてるよ。 鍼取ってくる。 パンツ下ろしとけ。 あ、半ケツな! 全部脱ぐなよ』


 待合室へ接客に行く。 ついでに鍼を持ってこよう。


 「パンツ? 半ケツ?」 待合室にはケイテツがいた。


 『ケイテツ!  あ! いや、それはこっちの話だ』 慌てて取りつくろう。


 「最近、凶暴な女子高生に毎日殴り込みを受けていてね。どうも、うちの施設の道場を格闘技ジムと勘違いしているらしい。 見た目は良いのに、残念な娘だ」


 『そ、そうか。 なんか、その女子高生知り合いな気がするよ』


 「友達にしないほうがいいぞ。 今日は肩と腰に鍼を打ってもらえないか?」


 『わかった。 今日は奥の治療室で患者着かんじゃぎに着替えてくれ』


 手前の治療室から患者着姿のミヤビが顔を出す。

「あ、ケイテツさん! 今日もこのあと道場に行くのでよろしくお願いしまーす!」


 ケイテツの足と顔の表情が固まる。


 「……リュウシン、この娘に性格が良くなる鍼を打ってやってくれ。僕のおごりだ」


「やったー。奢りだって!リュウシンさん、お肌が綺麗になる鍼ってないですか?」


 今、この空間バカしかいねえ!




 鍼を持ってミヤビの治療室に入る。


 「でもよかったね。 立派なお坊さんになれて」


 『今からお前の尻にぶっさすこれ線香せんこうにでも見えるのか?』


 「あははっ! そうじゃないよ! もう、変なこと言わないで」 それはお前だ。


 「お坊さんて説法せっぽういて迷える人を救うのが仕事でしょ? なら、街の相談所を無料でやってるリュウシンさんもお坊さんじゃない?」


 『俺は特別、説法を用いてないよ』


 「でも得度とくどをもらったんでしょう?」


 『俺は戒律かいりつも全然守っていない。流石に無理があるよ』


 「とんちで有名な一休いっきゅうさんだって、破戒僧はかいそうだけど人気でしょう?」


 『俺は僧侶そうりょにしては直情的すぎるよ』


 「でも途方に暮れてたを助けてくれた。救われたよ。ありがとう!」



 『……ああ。 こちらこそ、ありがとう』



 ミヤビの尻に鍼を打ち、電気治療の機械にかけて治療室を出る。




 ケイテツの治療室に入る。


 『お待たせ。 肩と腰だったな』 消毒して鍼を打っていく。


 「唐突だがリュウシン、お前は剣道をやっていたのか?」

唐突だな。


 「お前が僕の槍を木刀でさばき切るなんて思わなかった。どこで剣を習った」


 『ユキに少し教えてもらってたんだ。自慢じゃないが全く自信なかったぜ』


 「確かに自慢じゃないな。 でも、そうかそうか」  嬉しそうだな。 何だよ?


 『お前のよくないところだぞ。 はっきり言えよ』


 「あの時お前からユキの気配がした。あの時の一太刀ひとたちはユキの剣だったんだな」


 『……お前、ユキには負けたがリュウシンには負けてないとか思ってる?』


 フッ。 カッコつけて笑ってやがる。


 『んん? 間違えたかなあ』 鍼をぷすぷす背中に刺す。


 「お前! 大人気ないぞ!卑怯者!」  こっちのセリフだ。




     ____________________________




 鍼灸院の待合室。光に包まれてカイとユキの魂が三人のやりとりを傍観していた。


 「安心できた? ユキさん」


 「うん、ありがとうカイちゃん。」 三人のやり取りを眩しそうに見る。


 「これで思い残すこと無く、く事ができる。こんなに良くしてもらって何と言えば良いか」


 「良いんだ、ユキさん。僕は人間が大好きなんだ。 ユキさんが救われたのならそれで十分なんだ」


 ユキは寂しそうに三人を見つめる。


 「そですりうも他生たしょうえんって言うよね。前世の縁も今生こんじょうに無関係じゃないんだ」


 カイはユキの手をとって笑顔ではげます。


 「大丈夫、ユキさんは孤独じゃないよ。来世にも縁は繋がっているよ」


 「そうか。 そうなんだね」


 ユキの表情から寂しさが消えていく。



 「さようなら、ユキさん」


 「ありがとう、カイちゃん」



 ユキは院内の三人を振り返る。



 「ありがとう、みんな。またね」



 ユキは笑って、光の中へ消えていった。

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業魔と戦う破戒僧 どらぱん @dorapang

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