第10話 説破

 「リュウシン、誰と話しているんだ?」

ケイテツが難しい表情で話しかけてくる。


 『業魔だよ。ミヤビから俺につたってきたみたいだな。見えないのか?』


 「見えない。だが、力と光を感じる。 まさに天の力だ。なぜお前に!?」


 『お前の事を救って欲しいんだってよ。俺がお前の願いを頼んでやろうか?』


 「……」  ケイテツは青ざめた表情で黙っている。



 『カルマイーター、質問なんだが』


 「カイって呼んで! 最近はみんな、そう呼んでくれるんだ!」


 『カイ、自殺した人間の魂を探して、生きた人間に移すことって可能なのか?』


 「ユキさんのことでしょ? それは無理だね。 でも、探すことは簡単だよ。

君とケイテツのえんが復活すればね」  おお!ユキを探せるのか!


 『無理だそうだ。 だが、お前が俺を信じてくれれば探すことはできるらしい!』


 「嘘だ!! お前、僕が天の声が聞こえないのを良いことに嘘をついてるな!?」

これは……。


 「ね。 ケイテツはもう既に孤独こどくなんだ。もう誰も信じられない。 だからまずはケイテツの願いにリューシンが答える必要がある。それは『リュウシンと戦う事』」


 なるほどな。



 ケイテツの殺気がさらに膨れ上がる。

「リュウシン。 君に天の力が移ったというのなら君をここに監禁するしかない」


 ケイテツが棚にかけられた木製のやりを取る。 俺も反対側の棚から木刀ぼくとうを取る。


 ここまできたら、本気でりあうしかない。

俺は武器は得意じゃない。 学生の頃、警察官に憧れた時期があって、当時剣道をやってたユキに教えてもらっただけだ。正直、下心でやっていたので腕に自信は無い。


 ケイテツが左前半身に構える。気迫がすごい。

俺は正眼せいがんに構える。これしか知らない。  ユキ、力を貸してくれ。



 チェエエエエエエエエエエ!! ケイテツが気合を飛ばす! すごい声だ。


強烈な突きが飛んでくる! 俺は木刀のみねの部分で受けるが防げる気がしない!

ケイテツは持ち手の長さを変えて槍をしならせて俺の木刀を弾き飛ばそうとする。

ミヤビはこれにやられたのか。 俺の木刀も弾き飛ばされそうに……ならない!


 ケイテツの殺気が木刀を介して伝わってくる。それがとなり槍のしなりをにぶらせているのだ。俺は自信の無さからか無駄な力みがなく、柔らかく突きを受け流せた。すかさずケイテツのに木刀を振り下ろす!


 ケイテツは槍から手を離し俺の小手打こてうちをかわす! だが木刀が槍にあたり、槍は弾き落とされる。 ケイテツは反射的はんしゃてきに俺の木刀をうばいにくる。  ケイテツが片手で木刀のつかを、もう片手で俺の右手首を掴んでくる。


 ボケたのかケイテツ?  俺が得意なのは柔道だぜ?  木刀から手を離す。


 木刀に意識が向いていたケイテツは一瞬、きよをつかれる。

すかさず大外刈おおそとがりでケイテツを倒し。絞技しめわざに入る。 わざと大外刈りをエグい角度で落としてやった。絞技に入る必要はなかったかもしれんな。




     ____________________________




 ケイテツが意識を取り戻す。 20秒くらい失神おちていただけだ。

ハルカとミヤビと案内役の少女が入ってきた。 家に帰れって言ったのに。

 あと、なんか少女がボロボロなんだが? なんかやった?


 『カイ。 これからどうすれば良い?』


 「あとは僕に任せて! 飛ばすぜ! 必殺! 因縁果いんねんか!!」


 『いんねんか?? あ、お前!うちの本、勝手に読んだな!』


 「良いでしょ? リューシン、ケチくさいなー」


 『良いけど、何だよ『ひっさつ、いんねんか』ってアホか』


 「彼我ひがの境界をなくすことができる僕の必殺技さ。食らえばわかるよ」

得意げに言う。 さっさとやってくれ。



 「じゃあケイテツの手を握って! そしたら僕の手も握って。」

 うげ、そんなことすんの!? 仕方なく握る。 カイもケイテツの手を取る。



   




 目を瞑る。目の前が光り輝く。 体の感覚がなくなる。 

ケイテツとカイの気配だけ感じる。 いや、もう一人。 ユキの気配もある!


 ユキは俺とケイテツの間にいた。 俺とケイテツの切れかかった縁をユキの魂がつなぐ形で存在していたのだ。探しても見えないはずだ。 今の俺にははっきり見える。


俺たちがよく見たセミロングの髪を後ろでった動きやすそうな髪型のユキがいた。



 隣にはケイテツがいた。男のくせにボロボロ泣いている。

『うはははっ!ボロ泣きじゃねーかお前!』 「お前だってそうじゃないか!」 俺? 俺も泣いていた。


 『ユキ、こんなところにいたのか。俺はずっとお前を探していたんだ』


 「僕だってそうだ。ずっと謝りたかったんだ」


 「二人とも久しぶりかな? 私は二人の事をとっても良く見ていたよ」

ユキは自殺した魂とは思えないくらい明るく笑った。


 カイの声が響く。

 「ユキさんは本当は自殺したごうに押しつぶされて現世に留まることはできない状態だった。 だけど、自分のせいでリュウシンとケイテツが絶縁ぜつえんすることが心残りだったユキさんは二人の復縁ふくえんいのった。 その結果、ユキさんの魂そのものが二人のえんを繋ぐいしずえになったんだ」


 「そう言うことらしいの! だから二人とも仲直りして!」

相変わらず、あっけらかんとしている。 懐かしいな。


 『そんなことを願うのなら、どうして自殺なんてしたんだ。 お前の頼みなら何度でもケイテツのやつをぶっ飛ばしてやるのに。死ななくても良いじゃあないか』


 「…………」 ケイテツは黙っている。


 「リューシン。ユキさんはね末期癌まっきがんだったんだ。若い人の癌は進行が早くて見つかった時には手遅れだったんだ」 は?


 『何だって?そんなこと聞いてないぞ?』 ケイテツを見る。押し黙っている。


 「ケイテツはね、リューシンが悲しむのが見たくなくて嘘をついたんだ。

自分の金のためにカルトの研究をしているって嘘をついた。 本当はユキさんの治療費のためなのにね。 保険が効かない最先端医療には大金が必要になるからね」


 「そして悪行の全てを自分一人で背負うことにしたんだ。 詐欺まがいの商売をして。 自分の格闘術を非合法な連中に売り、それを治療費にてていた。 

絶対にリューシンにバレないように」


 『どうして俺にかくしていたんだ!?』


 ケイテツが観念して話す。

「お前は、正義の味方になりたかったんだろう? 助けを求める人がいたら救済に行く、優しい和尚おしょうさんだった親父さんのような。 僕がお前に助けを求めたら、それが違法行為わるいことだったとしてもお前は手伝っただろう。だから絶対に言えなかったんだ」



 『このっ……嘘つきヤロー……!!』



 「私は二人を置いて死ぬのが怖かった。 でもケイテツが私のために犯罪を犯すのはもっと怖かった。 何度も悪いことはしないでってお願いしたわ。 でもケイテツは『約束するよ』って嘘をつくの。 バレバレだよ?ケイテツ」


 フッ。 ケイテツは寂しそうに笑う。


 「抗癌剤こうがんざいが効かなくなり、痛み止めモルヒネが私の意識を奪う時間が多くなってきた時、このまま意識を失ったらケイテツが何をするのか分からないのが怖かった。

 どうせ死ぬのなら、ケイテツが犯罪を起こす前に自ら命を絶ったの」



「……すまなかったユキ! 僕が情けないから、君に辛い思いをさせてしまった!」


 ユキは首を横に振る。

「私こそごめんね。 自殺なんてしたから二人を傷つけちゃったね。

きっと私はこの後、地獄に落ちる。でも、だからこそ私は二人に仲直りしてほしい」


『ああ、約束する』 「今度こそ嘘じゃないよ」 二人ともぐずぐずに泣いている。



 ユキは目閉じて微笑む。

「ああ……よかった。これで安心して落ちることができる」


『ユキ!』「ユキ!」



 「あー、みなさん。感動の場面に誠にごめんなさい」 カイの間抜けな声が響く。

??


 「僕の力でユキさんを地獄じゃなくて、人間界に転生てんせいさせることができるよ。 そこは安心して」


 『そんな!本当にカルマ落とし? そんなこと業魔にできるはずがない』


 「リューシン、僕のことなんだと思ってるの……?」 ちょっとすねてる。


 「で、でもカイちゃん。私が自分でしたことのごうを私が背負わなくて良い道理どうりがあるのかしら?」


 「みんな、僕のことを本当に悪魔かなんかだと思ってるの?

 僕は阿頼耶識あらやしきかれた願いが祈りによって意味を得た事象。

言葉で定義する事自体無理がある。奇跡きせきそのもの、みたいな存在なんだ。 

 自分で言うと恥ずかしいなー」 


 何というか、信じられない。


 「そ、そんな事してもらって、どうやって恩を返せばいいの?」


 「そんなのいらないんだよ、ユキさん。 僕にはみんな意味がないんだ。

じゃあさ、次に生まれ変わる時のためにその思いだけ大事にしてあげて」



 ユキの体が透けていく。


 「どうやら、ここでお別れだね」


 『さようならユキ。来世では俺と結婚してくれよ!』

 「さよならユキ。来世もまた僕と結婚してくれ!」


 ユキが声を出して笑う。

「さようなら二人とも、仲直りしたら考えてあげるわ」



 最後のセリフがそれかよ……。 光が収束する。 因縁果が終わる。



    


 体の感覚が戻ってくる。笑い声が聞こえる。


 「あははは! リューシン、子供みたい!」

カイが爆笑してる。 俺がボロ泣きしてる姿が面白かったみたいだ。 

コイツ、本当にそんなすごいやつなのか?


 「おかえり、リュウシンさん」 「リュウシン……さん?初めまして」

ミヤビとハルカがやってくる。 どーも、初めまして。


 確かに因縁果すげー。 



俺はこの日から幽霊が見える自分の目が怖くなくなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る