※「自殺」に関する言及があります。



「聞き」

「悪いけど、聞き間違いじゃないからね。殺人犯を見つけるために協力してほしいって言った」

「ですよね……」


 天野先輩は、とても冗談を言っているようには見えなかった。血の気のひいた唇を見ていると、なんだか冗談も言えない雰囲気だ。


「さ、殺人犯は、俺もちょっと相手にしたことがないんですけど大丈夫ですかね……」


「それってつまり、殺人犯以外なら相手にしたことがあるってこと? 最近話題の強盗犯とか?」

「ないです」


 俺の管轄というと、せいぜい一風変わった名探偵くらいだ。と、心の中で付け加える。レア度で言ったら殺人犯より名探偵のほうが上なんだろうか? まあ、そのレアな名探偵とも現在絶賛絶交中だったけれど。


「……だよね、分かってるよ。葵くんは一般人で、私はそんな君を無理やり巻き込もうとしてるヤバい先輩。家まで連れ込んでさ、超迷惑な話だよ。何様って感じ……。本当ごめん」


「いや……」


 謝らないでほしい。わずかに不純な期待をしてしまった俺だって、十分に同罪だ。罪の無いものだけが石を投げよ。


「でも、私も手段を選んでられないんだ。何てったって、親友が殺されてるからね」



 天野先輩が大切そうにキャビネットから取り出したのは、一枚の写真だった。これは、と俺が訊ねる前に、向こうが口を開いてくれる。


「今年の二月──春休みのサークル合宿で撮ったの。ほら、ここに写ってるのが私」


「あ、ほんとだ。角谷先輩とかもいますね」


「そうそう。この日はみんなで海遊館とか行ったんだよ。グリコも見たし、串カツも食べた。そのあと市内のホテルに泊まったの」


 これだけ聞くと、なんだか普通の思い出話みたいだな、と思う。観光と殺人なんて、最もかけ離れた言葉だ。へえ、海遊館いいですね、と俺も相槌を打つ。


 写真には天野先輩はもちろん、藤松先輩や恐山先輩など、先ほど居酒屋で顔を合わせたほとんど全員が写っているようだった。


 ただ一人を除いて。


「この子が私の親友。立花メル。『愛』と書いてメル。つい最近まで、私たちと同じダーツサークルの部員だったんだよ」


 天野先輩の綺麗なブルーの爪が、ひとりの女性を指差す。


 メルと呼ばれた彼女は、集団写真の中でも一際ひときわ目を引く存在だった。

 アニメキャラクターみたいなピンク色の髪に、ふわふわに巻いたツインテール。真っ赤な唇に大きな目。いや、何より目立っているのはその服装だろうか。お人形さんみたいなそれは、天野先輩曰くクラシカルロリータという種類らしい。


「ということは、このメルさんというのが、その……」

 殺されたとかいう。


「よりにもよって、この合宿最終日のホテルでね。警察の捜査では、自殺ってことにされてるんだけど」

 天野先輩が、何もかも把握しているかのように頷く。


「メルは絶対、自殺なんかしなかった」


「……ですか」


「もちろん──悲しいことだけど、誰だって自殺の可能性を秘めてると思うよ。どれだけ幸せそうな人だって、社会的に成功した大金持ちだって、自殺を選ぶことはある。『この人は絶対にそんなことしない』なんて、他人の祈りでしかないわけで」


「……そうですね」


 何だかこんな話を、俺も最近どこかで聞いたような気がする。お前は人を殴る奴じゃないだとか、本当は殴ったかもしれないだとか。


「それでも、天野先輩は確信してるんですよね。メルさんは絶対に自殺なんてしないって」


「そりゃ親友としては感情論だけで信じてあげたいけど、この場合、そういうわけにもいかないでしょ?」


 どう答えたらいいか分からず黙ってしまった俺を尻目に、先輩は続ける。


「メルね、死ぬ直前、私のスマホにメッセージを送ってきたんだ」

「えっ、それは」

 どんなメッセージなんですか、と俺が訊ねるより先に、天野先輩がスマートフォンをこちらに向けた。


「これ見て。私とメルのトーク画面」

「……」


 いま俺が置かれている奇妙な状況よりも、天野先輩のこういう手際の良さに驚いてしまう自分がいる。もしかしたら先輩は、俺にこの話をするのを何度もシミュレートしていたんだろうか? 居酒屋ではじめて顔を合わせた時から、あるいは、ダーツサークルに新入部員が入ってくると知った時から。


 そして立花メルと天野先輩のやり取りは、確かに二月のある日を境に途切れていた。他愛ない雑談や業務連絡をスクロールしていくと、一番下に最新メッセージが表示される。


合宿最終日。二月二十二日。メルさんの最期の言葉。


『RACHE』

「……これから自殺するって人の遺言にしては、ちょっと意味不明すぎない?」

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探偵なんてみんな馬鹿 福山窓太郎 @orumenter

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