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良かったらうちに来ない?
思いも寄らない天野先輩の誘いに、第一声、俺が何と答えたのかはあまり覚えてない。その場で行く行かないの押し問答をして、結局断り切れなかった俺がのこのこ先輩の後をついて行くことになったんだったか。
まあ、何にせよあまり褒められた行動じゃないのは事実だろう。お互いに。
入学当初の学部集会で、学生生活課の役員さんが「あまり羽目を外しすぎないように」と話していたのが、なぜだか今になってフラッシュバックする。
「あー、先輩。もしかしてめちゃくちゃ酔ってませんか」
「そう、私酔ってるよ。すごーく酔ってる。それでも葵くんは、酔っぱらった先輩をここに置いて帰っちゃうのかな?」
「今そういうこと言うの、マジでずるいですからね……」
とにかく、そういうよろしくない経緯で、俺は先輩のアパートに上がらせてもらうことになったのだった。
*
天野先輩の部屋は、意外? にも可愛らしい感じで統一されていた。
ピンクと白を基調にしたインテリアに、レースのカーテン。玄関にはなんとドライフラワーまで吊るしてある。こういうおしゃれグッズは、おしゃれな雑貨屋かカフェにしか存在しないと思っていたのでなかなか衝撃的だ。
ところで俺がこの花の存在に気付いたのは、帰る間際になってのことだった。「花束の形になってるドライフラワーは『スワッグ』っていうんだよ」と天野先輩が親切に教えてくれたのだ。
では、今は?
それはもう。
「本っ当にごめんなさい!!」
完全にそれどころではなかった!
リビングに上がるや否や、俺は天野先輩から熱烈な……めちゃくちゃに熱烈な、謝罪を受けている。
「な」
「葵くんって優しそうだし、無下に断ったりしなさそうだし、そういうところに付け込んで、こんなとこまで連れ込んでごめん!」
何がですか、という俺の問いは華麗に遮られてしまった。カーペットに額をこすり付けんばかりの勢いで、先輩は続ける。
「でもついて来てくれて本当にありがとう! でも本当にごめん! 若干……いや、かなり怖かったよね!? というか、今からもっと怖いこと言いたいんだけど……」
「いや、ちょっと、先輩。いいんで頭上げてください……」
あまりの急展開に、俺のほうがついて行けなくなりそうだ。いや、何が? どういう状況? 怖いことって何? 頭の中に疑問符が浮かぶ。誰だって出典が不明な論文は怖いし、内訳が不明な謝罪と感謝はもっと怖かった!
「私、葵くんに頼みたいことがあるの」
ややあって、先輩がようやく顔を上げる。
相変わらず美人な顔立ちだったが、居酒屋の廊下で見たときとは雰囲気が違っていた。短く引いたアイラインの奥で、瞳が自信なさげに揺れている。例えるならばそう、手を離される前の子供みたいな。この妙な表情が緊張によるものだと悟ったのは、ずいぶん後になってからだ。
キュートに統一された室内だけが、この深刻な雰囲気とは不釣り合いだった。
「これから私が言うこと、絶対笑わないで聞いてくれる?」
「はい」
「それから、ダーツサークルのみんなには絶対言わないで。SNSにも書いちゃダメだよ」
「はい」
「殺人犯を見つけるために、私に協力してほしいの」
「は…………」
いやいや。
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