第2話 ふたつの夢ふたつの現実
私がイチョウの木に惹かれてるのは理由があった。
小山の上の大きなイチョウの木は、あの人との思い出の木に似ている。
彼も私も十九歳。幼なじみだった。
地球を一周してみたいと出発する前日に、イチョウの木の下で帰ってきたらまたここで会おうと約束したのだ。
小さい頃から夏になれば一緒に川遊びをし、秋には
二人のお気に入りは、国木田独歩の『武蔵野』で、今と昔をくらべては本の中の場所を予想してみたりした。
彼と一緒に過ごした武蔵野が大好きだった。
イチョウの木の下で彼が好きだと、帰ってきたらお嫁さんにしてほしいと言うつもりだった。
私は脳裏に浮かんだ十九歳の初々しい恋心の暴走を思い出し、ひとりで恥ずかしくなる。
結局、彼の地球一周するという夢への興奮で話しをする隙がなく言えなかった。
そして、旅先で紛争に巻き込まれ亡くなった彼に、伝えることは一生できなくなってしまった。
たとえ想いが叶わなくても、気持ちを伝えておけばよかった。ずっと思っている。
イチョウの木に近づくほど、心も身体も十九歳のあの頃の私になっていく。
ふと、疑問に思う。
私の身体だけが時が戻っているのだろうか。
それとも場所が全部、過去に戻っているのか。
もし、場所が過去に戻っているとしたら。
ちょうど、彼と一緒いたあの時に戻っているとしたら。
期待と不安でいっぱいになる。
怖くなって私はいったん進むのを止めて、深呼吸をする。後ろを振り返ると懐かしい景色が広がっていた。たくさんの農地に点在する家屋。
私は過去に戻ってきたのだ。何も根拠はないが、確信めいた気持ちがあった。
一歩一歩、イチョウの木に向かう。
私のことどう思っていたのだろうか。
今度こそ、伝えよう。
カタンと小さめのダイニングテーブルに
「コーヒー、いれたよ。」
私は彼を呼ぶ。隣の部屋から彼が出てきて優しく答えた。
「ありがとう。秋晴れで良い朝だね。」
二人で向かい合わせに座り、窓の外の景色を眺めながら朝のひと時を楽しむ。二人の故郷、武蔵野に帰ってきてからの日課だ。
「後で、散歩に行こうか。あのイチョウの木が見たいな。今頃はきっと鮮やかな黄色になってるよ。」
彼が私を散歩に誘う。もちろん私は「いいよ」と答える。
子供はできなかったが、優しい彼と過ごすなにげない日常が幸せだ。
彼が死んでしまわなくて本当に良かったと思う。彼は私に返事をするために一時帰国をした。帰国しなければ紛争に巻き込まれていた可能性が高かった。
彼は私のことを命の恩人とよく言う。
「不思議な夢をみたの。あなたのいない現実で私は独身だったわ。」
私たちは二人で思い出のイチョウの木に
途中、入り口の目印の
彼が野花を摘んできたので、お供えして手を合わせる。
二人でいる幸せをありがとう。
イチョウの木は、秋になると鮮やかな黄色の葉をたくさんまとい、何百年もずっと変わらずそこに存在し、人々を見守っているのだ。
夢幻の森 山乃そら @yura_ra
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