今日も明日も知る人ぞ知る

「ほら、ちゃきちゃき準備しなさいよ、弌藤! トロいわよ!」


 吾妻が管理している部屋の一つ。佐脇も住んでいる、灯耶が最初に香澄を泊めたマンションだ。

 今では『株式会社TTB』と屋号を掲げた悪食使いの事務所だ。屋号は掲げているだけで、吾妻が回してくる仕事をこなしているのは変わらない。

 社名のTTBはツジサキ・トラブル・バスターズの略らしい。命名は香澄。

 役割も適当なもので、『家主兼社長』の灯耶、『助手』の香澄ともう一人。『下っ端兼相棒』の弐貴が数日遅れで入ってスタートした。

 その弐貴が、香澄から何やらパワハラじみた命令を受けている。

 今も、仕事前で準備が遅れているのは確かだが、それもこれも香澄から命令された片付けに手間取ったからだ。


「あー、うるさいな路行くん! 大体なんで呼び捨てなんだよ、僕は年上だぞ!?」

「みちゆき、ですってぇ!? 先輩、でしょセ・ン・パ・イ! 私の方があんたより先任よ?」

「数日早いくらいで先輩ヅラするなよ! 悪食使いとしては僕の方が早い!」


 香澄の中では、弐貴のポジションは『元は敵だったやつ』だ。灯耶への態度と違って、最初から一貫して態度が悪い。最初のうちは父親のこともあるから仕方ない、やむを得ないと我慢していた弐貴だったが、ほどなく堪忍袋をぶち切っている。

 ともあれ、弐貴の言葉は香澄の急所を捉えたらしい。額に青筋を浮かべてギロリと弐貴を睨みつける。


「くうっ! だから仕方なく、本当に仕方なく『下っ端兼相棒』って相棒ポジションを譲ってあげたじゃないの! 『助手兼相棒』って王道ポジションになる予定だったのに!」

「今は助手兼マスコットって感じだもんなー」

「うっさい! いつか絶対に相棒ポジションを奪ってやるんだからね! そうしたらあんたなんて『下っ端兼ハウスキーパー』に格下げしてやる!」

「……さっきから何を騒いでるんだよ、おまえら」


 部屋から着替えを済ませて出てきた灯耶が、呆れた目で二人を見る。

 まさかここまで犬猿の仲だとは思わなかった。ぎゃあぎゃあと言い合いをするのも日常茶飯事になりつつある。もう少し静かな方が灯耶には好みなのだが。


「灯耶さん、聞いていたなら注意してくださいよ」

「そうだな。二人とも大声出しすぎだ。すぐに忘れられるとはいえ、近所迷惑は良くないぞ」

「ごめんなさぁい、灯耶さん」

「君、本当に灯耶さんにだけは猫を被るよな……ッ」

「灯耶さんにだけは素直なだけですぅ」

「このっ……! 灯耶さん、彼女の僕への扱いは大人の余裕で諦めますけど、せめて名前を呼び捨てにするのは止めさせてもらえません? 僕、二十八ですよ。彼女より十個以上は上なんです。親しき仲……親しくなくても最低限の礼儀をですね」


 せめて呼び捨てを止めてほしいという切実な願いを告げる弐貴。横では香澄が煽るように舌を出す。


「わー、オッサン理論ー」

「煩いな!」

「ほれほれ、香澄ちゃん。あまり煽らない。職場の空気を悪くするのは駄目だよ」

「はーい、ごめんなさい」


 本当に灯耶にだけは素直だ。

 せめて呼び捨てだけは控えてもらえれば我慢する。そんな理論武装で納得しようとしていた弐貴に、灯耶の無情な言葉が刺さる。


「ま、今更だろ弐貴。あんたそもそも俺より年上じゃんか。俺、まだ二十五だぜ」

「は?」

「俺を灯耶さんって呼んで、俺に呼び捨てを許してるんだから。香澄ちゃんが何て呼んでもいいもんだと思ってたぞ、俺も」


 驚愕の表情で固まる弐貴。

 いそいそと出かける準備を始める二人の背後で、彼が再起動を果たしたのは灯耶が靴を履いた時だった。


「年下ァ!?」

「いいから急げよ」

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悪食ーあくじきー 榮織タスク @Task-S

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