第6話 殺人鬼登場!
裸電球を連ねた電飾で照らされた広場には二つのグリルと、それを取り囲む様に簡易的なパイプ椅子が置かれていた。まだグリルに火は入っていない。老人達はパイプ椅子に腰掛けてSの挨拶が終わるのを待っている。
「……というわけでご参加いただいた皆様には本当に、私ども感謝してもしきれません!」
「感謝は伝わったからよぉ、そろそろ飯食わしてくれや!」
痺れを切らしたジョシュがガヤを飛ばす。
「おおっと!これは失礼、感謝の気持ちを伝えるのに夢中になってしまいました……係の者が倉庫から肉を運んで来る準備をしております、そろそろかと」
Sが大袈裟にリアクションをとり、森の方角を指差したその時である。
「うわあああぁぁぁ!!!!!」
男の叫び声が、倉庫から広場の方へこだました。
「なっ、なんだぁ!?」
「今の声は普通じゃないな。運搬中に事故でも起こしたんじゃないか」
「皆様!落ち着いて下さい!確認して参りますから……」
「ちょっと、なによあれ?」
広場の皆が狼狽える中、ローズが声を上げる。彼女が指差した先には人影があった。倉庫から漏れる明かりに照らされて、逆光の中ゆっくりと近付いてくるその影はとても大きく、肉を運ぶ作業に当たっていたはずの運転手の体格より明らかに違って見えた。
「おぉい!K!大丈夫か!」
Sが人影に向かって叫ぶと、その影は手を振った。
「おい、あいつ手ぶらじゃねぇかよ。肉はどうしたい」
「それより怪我でもしてないか心配だ、少しふらついて見えるが」
「皆さん申し訳ありません、確認してきますのでもう少々お待ちください!K、ねぇどうかしたの?K!」
ガイドのTが呼び掛けながら、人影に向かって走って行く。
「違う。あなた誰!?」
Tの困惑した叫び声が聞こえた次の瞬間――人影が上げていた手を、彼女の胸元に向かって振り下ろす。
「ぎゃああぁぁぁっ!!!」
絶叫と共に彼女の身体から血飛沫が上がる。倒れ込んだTはピクリとも動かない。距離は離れていても、逆光で浮かび上がった影によってその様子は広場の全員の目に焼き付くこととなった。
「嘘だろおい……」
「ああぁ神様!!!!」
「これもイベントの演出なんでしょう?ねぇ!私達がホラー映画好きだからって……」
「いいえ。違います、こんな、こんなことは……」
Sの声は震えている。そうやって話している内に人影はもう、目と鼻の先にまで近付いていた。広場の明かりに照らされたのは、返り血によって赤く染まったマスクを着けた大男である。手には同じく血塗れの鉈が握られていた。
湖畔のキャンプ地に現れる殺人鬼としては満点のビジュアルだ――Sは満足し心の中でほくそ笑むと、計画通り貴重品を渡して命乞いをしようと、腕時計を外しながら殺人鬼に扮したKへ近寄ろうとした。しかし……
「あんた!何やってんだ、こっち来い!」
「へっ!?」
突然、肩を引っ張られ老人の一団に引き摺り込まれてしまった。この爺さんはジョシュとか言ったっけ、意外と力が強い……
「ったく、最近の若いもんはホラー映画を観ねぇのか?散り散りに逃げちゃダメだ。一人ずつ殺されちまうんだから」
「は、はぁ…」
「だけどジョシュ、どうする?このままじゃ湖上のコテージに追いやられて……」
「落ち着けよマイク。俺の予想じゃアイツは暫く棒立ちになって引き返して行くはずだ」
「なんでそんなこと分かるのよ?アタシ、纏めて殺されるモブ役は嫌よ?」
Kは予想外の展開に立ち尽くしている。マズい、このままじゃバレちまう……Sは必死に目線と顔を振り、"一度戻れ!"とコンタクトを送った。
「あら……ホントに戻って行きましたわね」
「凄いじゃないかジョシュ、どうして分かったんだ?」
「けっ、そんなこったろうと思ったよ。考えてもみろ、殺人鬼が最初に殺したのは運転手の男とガイドのネーチャンだ。デキてたんだろうよ」
「最初に殺される男女の条件……なるほど、そういう事か!」
「あの二人の姦淫に関して罰すれば、第一波はクリアだ。次に現れた時は確実に襲われる。油断するなよ」
「ねぇアシュレイ、アタシ怖いわぁ」
「本当かい?なんだか楽しんでる様に見えるけど」
「緊張感のない人達ですね、とにかく対抗手段を考えなくてはいけません。Sさん、あちらのコテージには武器になりそうな物があるか把握してらっしゃいますか?」
「はい!あ、いえ、まだこっちの備品の確認は後回しでして……」
「四部屋なら回り切れるだろう。行こう」
アシュレイを先頭に皆が水上コテージに移動しようとすると、マイクが不意に声を上げた。
「大変だ!サマンサを一人で置いてきたままだ!!!」
オールド・サマー・バケーション 秋梨夜風 @yokaze-a
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