第57話 Unhappy Side.

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「浅月さん、奏でる夢くんのオペは成功したんですか?」


手術室代わりにしてる第二隠し部屋から出てきた私に、杏美華さんが心配そうに訊いてきた。


「だめだね。銃弾が頭部を貫通していて、大脳が損傷してる」

私はオペ用の手袋をはずしながら言った。

背中の隠し部屋の壁がゆっくりと閉まった。


「それじゃあ彼は?」

「そうだね。脳死状態だよ。でもわずかに呼吸はあるし、微弱に脈も打っている。姫来(きらら)ちゃんと同じ状態だね」


「そうなんだ」

杏美華さんが落胆した顔をした。


「大丈夫。彼も生命維持装置に入れて、いつの日か蘇生出来るほど医学が進むまで待つから」

「でも生命維持装置って、一つしかないんじゃない?」

「あれは2人用なんだ。だから一緒に寝かせてあげたいんだ。2人は恋人同士なんだから」

「そうだね、それがいいね」


私はストレッチャーに乗せたリズムさんを隠し部屋まで運んだ。ここでリズムさんは自分のこめかみを銃で撃ち抜いた。


全部、私のせいだ。彼の悲しみを少しでも減らそうとしたけれど、彼の言う通り、やはりそれは間違っていたのだ。


悲しみが一気に彼に押し寄せ、そして飲み込まれてしまった。


私は償いをしないといけない。


姫来ちゃんのいる生命維持装置についてるボタンを押すと、強化ガラス製の蓋がシュンと音を立てて開いた。


そしてリズムさんの体を杏美華さんと2人がかりで持ち上げて、姫来ちゃんの隣に寝かせてから、再びボタンを押して蓋を閉めた。


生命維持装置の中の2人は、無の表情で横たわっていた。


が、徐々にだけれど、2人の無の表情がどこか柔和なものに変わった気がした。微かだけれど笑ってるようにも見えた。


「あれ、2人とも微かに笑ってない?」

私は杏美華さんに訊いた。


「うん、そんな気がする。でも、そういうのってあり得るの?」

「脳死してるんだから、普通あり得ないよ」

「普通じゃないのよ、きっと。もしかして夢の中ででも出逢えたのかな、2人は」

「あり得ないことだけど、そうだといいね」


私たちは2人をしばらく見つめていた。彼らよりももっと明るい笑みを浮かべながら。


不意に杏美華さんが、

「これから浅月さんはどうするの?」

「私? 私は犯罪者だし、警察に捕まるか、また恩田さんたちが契約更改に来るかで、どうなるかわからないな。


でも、そのどちらかが、ここに訪れるまでここでリズムさんと姫来ちゃんを見守っていたいと思う」


「でも脳医学って、そんなに早く進歩するの?」


「わからない。でも、私は人類の叡智を信じたいんだ。その叡智は戦争などの最新兵器などではなく、人類を救う方に使って欲しい。そして百年、いや千年かかるかもしれないけど、脳移植を可能にする時代が来て欲しい」


「姫来ちゃんのことは両親に伝えないの? 心配してると思うよ」

「そのことは私も悩んだんだ。でも、このままあの両親に渡したら、脳死判定されて姫来ちゃんの死が確定してしまう。だからもう少し考えてから、私を一族の爪弾きにした兄と対峙したいと思う。


つか、あの医療ミスだって兄貴のせいだから。あいつ鼻くそほじりながらオペしてたから、執刀医の私が注意したらデカい鼻くそを私の目に飛ばしやがって。


それが私の目に当たった瞬間、心臓をメスでぐさりとやってしまった。


あいつはそれを見て大騒ぎしだして、俺が弁解する間もなくマスコミにリークしやがったから、結局示談にはなって刑事罰には問われなかったけど、俺は医療の現場から消えるしかなかったんだ」


「ひでえ兄貴だね。それじゃあ姫来ちゃん返したら、何されるかわからないよ」


「姫来ちゃんドナー登録してるから、自分の地位を高めるために、その臓器を使って移植とかするんじゃないかな。患者さんのためじゃなく、あくまで利己欲のために」


「でもさあ、このまま浅月さんが医学の進歩を待ってたら、先に死んじゃうよ」

「俺は死ぬまで見守るつもりだよ」

そう言うと、杏美華さんはいたづらっぽく笑って、


「じゃあ私と子孫を作ろうよ。そうしたら、孫の代までずっと2人のことを見守ってあげられるし」


私は驚いて、

「子孫って、私と? 私の子供を産んでくれるってこと? 本気で?」

「まあ、まだわからないけどね。先のことは。でも、そうなる可能性はあるってこと。私もここに残ることにしたから」

「本当に?」

「うん、行くとこもないし、マジシャンの卵もたいして儲からないし」


「ありがとう、アンミカさん」

「今、カタカナでアンミカさんって言ったでしょ。わかるんだからね」

「ごめんごめん」


こんな風に2人でリズムさんと姫来ちゃんを見守る人生もいいかもしれない。

その前に警察に踏み込まれて、2人とも捕まるかもしれないけれど。


そして私はリズムさんと姫来ちゃんの微かな笑顔を見て思った。


異世界って、本当にあるのではないかと。

そこで2人は本当に逢っているんじゃないかと。


私は2人の手をつながせてあげたいと思った。恋人つなぎにさせてあげたい。


これからおそろしく長い時間を、2人で一緒に過ごすのだから。



          (了)




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どうして異世界に消えたキミからLINEが届くわけ? misaki19999 @misaki1999

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