第47話

「シルちゃん――――!!!」


「ぐふ」


 ミレーネ姐さんに抱きしめられ危うく繊細な身体が壊れる所だった。

 ミレーネ姐さんは自重というものを覚えてもらいたい。


「ねえ、どうやって帰ってきたの?」


 攫われるようなお間抜けさんが。

 どうやって帰って来れたのか。

 まあ、当前の疑問だろう。


「スキをついてさささのっよっとらせっとって。」

「じー。」


 信じてないようですね?

 魔法の濁し言葉が通用しないとは。


「二人っきりの時にゆっくり話しますよ。」

「しょうがないわね。」

「ミレーネ姐さんは仕事しなくても?」

「ええ、第一救護テントは大体片付いてるから抜けてきたの。」


「—――《再生》。じゃあ、手伝って下さいよ。」

「え―――――。」


 めっちゃ嫌そう。

 でも子供が働いてて大人が働いてないこの状況めっちゃ外聞悪いっすよ。

 いいんですかい、姐御。


「また綺麗に治すのね。芸術ね。」


 この人はまじで手伝ってくれないらしい。

 まあいい。ミレーネ姐さんは担当じゃないし、休むことだって立派な仕事だ。

 欠損部位も治してしまうわたしの実力に心酔するといい!

 まじまじと見つめられて、患者さん意識なくてよかったね。

 わたしなら流石に抵抗を覚えるかも。

 穴が空きそうな位覗き込まれちゃって。


 こうやって技が盗まれるのよ。

 治り方さえ覚えておけば、ミレーネ姐さんでも治せるようになるだろうね。

 神経、骨、筋肉、血管、軟骨、皮膚。

 

 名称を知らなくても、見えたものを再生させることが出来ればいいのだから。

 自分で勝手にパーツA、B………って付けるのも効果的そう。

 構造の把握に勤しんでくれ、ミレーネ姐さんよ。

 

「どうですか?そろそろ欠損部位も治せるようになりました?」


 わたしはミレーネ姐さんの現在の医療技術を測るべく聞いてみた。


「そうねえ、こんなに早くは無理だけど。なんとか形にはなってきてるのだわ。」


 それはまじですごいな。


「ま、今は被検体が大量だからね♡」


 おっふ。

 そ、そうでやんすか。

 マッドだ、マッドである。

 第一救護テントに運ばれた負傷者に幸あれ。


「もうー、別に余裕のある時にちょちょっと試させてもらってるだけよ。」


 そのちょちょっとが怖いんじゃ。

 

「そんなに疑うような目で見られるとお姉ちゃん傷つくのだわ?」


 あ、えっとごめんなさい。


「まあ、それもこれも誰かさんが連れ攫われちゃうし、中々戻ってこないから誰かさんが戻ってくるまでの間、試行錯誤して負傷者の戦場復帰率を無理してでも維持してたせいなのだわ。」


 ぐぅ。どうやらわたしが発端のようだ。

 マッドを生み出したのはわたしのせいだったか。


「それは申し訳ありませんでした。出来るだけミレーネ姐さんの負担が減るように尽力します。」


 こういった時は殊勝な事を言っておくに限る。

 

「くすくす、無理はしないでいいけどね。お陰で治癒技術が伸びるきっかけになったし。ワタシにとっては悪い事ばかりじゃなかったしね。」


 治療しながら雑談する最中もミレーネ姐さんの目は《再生》に釘付けだ。

 熱心に解析している辺り、本気で成長の糧にしているのだろう。

 流石レベル6とかいう高みにまで登り詰めているミレーネ姐さんである。

 新たに高度な技術を身に付けたら、レベル7とかになったりしてね。


「そろそろ休憩時間も終わるから、持ち場に戻るわね。シルちゃん頑張ってね~。」

「ミレーネ姐さんもね。」


 攫われてからの再会となったわけだが、思った以上にお帰りムード漂っていて、迎えてくれる人がいる幸せを感じていると。


「シルちゃん……、伝令兵から前線に上がるよう指示があったわ。フィリア殿下がお呼びよ。」

 

 ミレーネが出ていくのを見計らったように、同僚の回復魔法師が伝えに来てくれた。


「はあ。わかりました。置き土産の《範囲中回復》」


 テント内のけが人含めすべての人に【回復魔法】を掛けて、前線へ向かうために天幕を出る。


「助かるわ。前線でも頑張ってね。」

「はい。シシリアさんも。」


 交わす言葉は少なかったが、ちゃんと伝わったよ。

 

 シルは天幕から出ると前線に向かった。


「シル殿、ついてきてください。」

「はい。案内お願いします。」

「お任せください。」


 二人の護衛騎士が先導してくれるようだ。

 深々と頭を下げておいた。

 彼らも丁寧に敬礼して、先を行く。

 前線への道中は、撤退する味方負傷兵が運ばれていくのを黙って見送るのも違うなと思い、手あたり次第再生と《中回復》を掛けてやった。応急手当くらいにはなったと思う。

 隣接している森林から急襲される危険性はないとは言い切れなかったが、そこの防備は手厚いらしく、シルが前線の砦にたどり着くまでに襲われることはなかった。


「ここが……」

「最前線の砦になります。」

 

 思いのほか立派な建物が出来上がっている。門は二重、外壁は特殊な素材の煉瓦だそうで、物理・魔法攻撃に対して一定の衝撃耐性があるらしい。難攻不落の要塞を作り上げ、防衛線をしっかりと築いた様をみて、一定数此方に救護班を回した方がいいのでは?と思わなくもなかった。


「ここに治療できる者は?」

「此方には居ませんね。癒し手は貴重なので。回復はポーションがありますから。」


 なるほど。門を通り抜け、砦内に足を運ぶと、思い思いの場所で休憩している兵士を見かける。彼等にも治療をして回る。


「なんだ、小さな傷まで治ってくぞ?」

「【回復魔法】か?」

「なんだあの子は?見かけないあの子が治療してくれてるのか?」

「あんな幼子まで前線に?我々は大丈夫なのか?」


 まあ兵士たちさんや、憶測してもらって構わないのだが幼女が前線に来たら不安か?いいだろう別に。治療してるんだから士気上がれよ。不安がるなよ。


「着きました。」

「あ、ありがとうございます。……コンコンコン、シルです!ただいま要請に応え、到着しました。フィリア様はいらっしゃいますか?」


「ああ、入れ。」


 ここまで護衛してくれた事に感謝の言葉を述べ、三回のノックののち、わたしを呼んだ女将軍に一声かける。

 懐かしくも思うが、わたしはフィリア様が少し苦手である。緊張しつつ、扉を開けると女将軍の横には一人のおじいちゃん兵がいた。強そうなので、敵対したくない。そう思わせるだけの眼力の強い方だ。

 取り合えず、膝をついて待機だ。


「来たか。…シルよ、どこでそんなことを覚えた。堅苦しいのは面倒だ。やめよ。」


「あ、はい。」


 どうもお気に召さなかったようだ。立ちあがって直立不動の佇まいに直す。


「お前を呼んだのは前線での治療をしてもらいたかったからなのだが、頼めるか?」


「はい、どこであろうと怪我人は治療して見せましょう。《再生》」


 細かい傷がちらほらと見受けられたので、老兵と一緒にフィリアも治療を済ませた。


「ふぉっふぉ。わしまで癒してくれるか。」


 老兵は笑うとぱっと見おじいちゃんである。出来れば、目も笑ってほしいものだ、ふつうに怖い。値踏みでもされているのだろうか。


「助かる。で、ここの治療を任せたかったのだが、どうやら南の方は治療が追い付いていないらしい。此処か、南どちらの方で働きたい?」


 いやぁ、どちらって言われてもなぁ。

 出来たら安全な方がいいけど、安全な方で、とは言えないしなぁ。

 返答に窮していると老兵が助け舟を出してくれる。


「ここは見ての通り、敵の襲撃を防衛して叩く策を取っている。今はわしの他の二将軍達が前線で小競り合いをしているところじゃ。敵戦力が総力を挙げてとなる時間帯にはフィリア様含め、わしも出張っている。南はどうなっているのかは知らんが書簡には拮抗状態らしい。戦線の打開に対して援軍が欲しいらしい。さすれば打開の道が切り開けると書かれている。」


「純粋に前線で戦う兵士を用意するか、一枚強力な回復魔法師を派遣するか、其方の意見を聞こうと思ってな。」


 なるほどね。それじゃ南にいったほうがいいののはわたしじゃないか?兵士の数が減れば負けるかもしれないし。手薄になるのはまずいだろう?


「現状、此方は優勢とお聞きしておりますが、それは正しい情報ですか?」


「ああ、向こうの大部分は回復などさせず、確実に殺して回っているからな。死傷率は確実に向こうのほうが上。大攻勢に出てきたが、耐えられているのを見ても分かることだ。」

 

 ふむ。やっぱりね。それじゃ安全なのは此方か。

 出来たらこっちで働きたいなー。なんて算段がつけていると、何を血迷ったか老兵が勘違いしてしまう。


「そう質問するということはより危険な方へ赴くという事かな?いやはや、その若さでなんという心がけ。素晴らしい限りじゃ、老い先短いわしも安心して死ねるわい、ふぉっふぉっふぉ。」


「そうか、ではシルよ。お前は南都に行き、回復魔法師として存分にその腕を振るい、兵士を癒してまいれ。」


 う、うそだろ?!何も言ってないのに!!!


「は、はい。謹んで拝命お受けいたします。」


 く、口が勝手に……!!

 いやじゃいやじゃ!わたしは安全な場所で働きたいんじゃ!

 

「では、護衛を付け早速向かえ。」


「はっ。」


 くそう!どうしてこうなった!ささっと内戦終わらせるために舞い戻ったというのに、まさかの南都出向だと?!

 これではロゼ様たちと離れてしまうではないか。戦いが終わったらしれっと姿をくらます作戦だったのに!アマンダとケルンの回収も難しくなってしまった。

 まああの二人に関しては付いてくるかどうか返答次第な部分もあったけどね。


 部屋を出ると、護衛兵らしき人たちが此方へ寄ってきた。

 行きとは違う人が護衛についてくれるらしい。

 遠目にみてるとなんとなく見覚えのある人たちだと気づいた。


「シル殿。久しぶりですね。南都最前線までは我らがご同行致します。」

「シルちゃん、護衛団ぶりかな!」

「サスケスさん、アイーダさんお久しぶりです。二人が護衛なら安心です。よろしくお願いしますね。」

「ええ、全力で護衛をさせていただきます。」 

「任せてね!」


 丁寧な口調のサスケスと元気溌剌な女騎士アイーダが護衛してくれるらしい。

 知らない人に護衛されるより知っている人が一番である。コボルト採石場では苦楽を共にした仲だ。

 支度は済んでいるようで、二人を引き連れとんぼ返りである。

 移動距離的に二日掛けて、わたしは激務になるであろう地に赴いた。

 

 







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四度童貞を捨て損なった身で五度目に期待するもそもそも女に生まれ変わってしまったようで。 @namatyu

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