第46話内戦6

 ロゼ様のとこで一週間程か?

 なんだかんだ多少の休養期間となっていた。

 彼女は十分な休息を経て現場に復帰した訳だが…。

 キツいきつすぎる。


 シルフィアの顔は疲労の色が濃く出ている。

 第五班メンバーがサボっていたわけではないが、戻ってくるのが遅かったせいで仕事が山のようにある。

 基本的には重傷者で無理そうなら、お見送りするのが普通。

 それを救えるのがシルフィア。

 そして救えるなら救うのがシルフィアである。


 天幕内で雑魚寝している負傷者を捌く。

 治癒して回る。歩くポーションだと言い聞かせて、患部状況確認、魔法発動と一連の流れを体に叩き込んで、ひたすらこなして回っている。

 それを10時間もぶっ通してやっていると――。


「次でいったん休憩!シルちゃん!!ここよ!」

「はい!!」


 漸く休憩を貰う。

 ああ、これだよ。このブラック労働がわたしが戻るのをすこーしだけ躊躇わせたというか、すこーしだけ腰が重くなった原因というか。

 

「はぁ、戻って来て早々ごめんね?」


 八の字眉を作って申し訳なさそうに謝るシシリアだが、仕事である。彼女にはまだ言ってないし、言うつもりもないが、わたしは大分休んでいた。

 ご飯作って、治療して、雑談して、温かい部屋でぬくぬく過ごしてましたから。

 最初は地下牢だったけど、特に手荒な事ってそこからはなかったしね。

 なんなら誘拐犯バルバスが肉系の調達パシリに……、そんなわけだから寧ろ攫われていた期間の方が幸せだったと言いますか、申し訳なさそうに謝られると寧ろ疚しい気持ちになっちゃうのよね。

 

「いや、気にしないで大丈夫ですよ。寧ろわたしが抜けた穴のせいで仕事量増えてたでしょう?」


「あはは。結構忙しかったのは確かだね。でも良く誘拐犯の手から抜け出て来れたね。あたし完全にオワッタって思っちゃったよ。」


「それはわたしもです。運が良かったんです。それはそうと、胸を一突きされてた同僚ちゆしは大丈夫ですか?わたしが一応即座に治療してたんですけど。」


「ええ、運が良かったって……。リーザ達のこと?あの子達なら、数時間で目を覚ましてくれたわ。致命傷に見えたけど、でもなんとかなっちゃうシルちゃんの魔法凄すぎて脱帽よ。それと同時に敵の陣地で強制治療させられてたらって考えて……味方なら心強いけど敵になったシルちゃんを想像して血の気引いたよね。」


「ええ、またまたー。わたしを持ち上げてもっともっと働かせようって腹積もりですか?その手には乗りませんよ?」


「ふふ。そんな事考えてないわよ。シルちゃんがいるのといないのとで死亡率が全然違うんだもの。ウチの管轄が如何にシルちゃん頼りか思い知ったわ。」


 そこまで言われると照れくさくなってしまうではないか。

 もっと褒めい。


「そんなことないと思いますけど、そう言って貰えるとがんばれます。」


「ふふ。あ、そう言えば戦況報告が上がってたわよ。」


 とってつけたかのような話の変わりようだが、褒め殺しにあっても敵わないので此処は大人しく乗っておく。


「どんな感じなんですか?」


「どうやら、うちの軍が優勢みたいよ。敵将軍の何人かをフィリア様とテロリネ・ギュスターヴ将軍、ジョルダーノ・レバネチオ将軍が敵首級を討ち取ったとか。」


 テロリネだかジョルダーノだか関りのなかった人の名前が出てきたが、フィリア様の部下だけに精強のようだ。

 そういう情報がないと後方も士気が上がらないってもんよ。 


「おお。すごいですね。此方の被害に見合う分の選考は立ててると解釈しても?」

「そうね。でも油断はできないわ。此方がどれだけ優勢でも南都軍率いるジルバレン殿下が西都軍との決戦で膠着状態らしいからね。」

 

 そういうや南と西でも争ってるんだっけ。

 忘れてたけど南都が食い破られると一気に敵が東都に押し寄せ挟撃できるようになってしまう。

 此方は頑張ってるんだから足だけは引っ張ってくれるなよ、とシルフィアはジルバレン殿下に祈りに近い形で激励を送った。



―――――――――――――――――――――――――――――



 戦場は街道、西都へと続く道。

 両軍の精鋭が使い潰されて尚、戦争は思うようにはいかない。

 

 西都軍率いる王がレベル7という強力な敵将であることと、国王こそが正義と信じる軍騎士の指揮の高さ、加えて裏ルートで手に入れた呪具が彼等の攻撃力を底上げしているせいだ。

 多少の掠り傷ですら、時間経過で致命傷になりかねない出血付与の呪い武器。この厄介な武器がジルバレンの軍が攻め切れていない理由だ。


「—――敵の兵士全てに配備されていると考えて宜しいかと。」

「それで、どうする。何か案は。」

「それは……現時点ではやはり回復魔法師を多く導入するしか。」

過剰回復オーバーヒールによる呪い解除だろう?それはもうやっている。負担が大きいから他にもないかと聞いているんだ。陳情書が送られてくる故、奮起してくれている回復魔法師達のためにも何かない?」


 打開策を見つけようにも見つからない。

 ジルバレンも軍議の度、対策を模索するも消極的な方策ばかりだ。


「ここは現状を維持し、フィリア殿下に早馬を走らせましょう。余裕があるのであれば、援軍を願うべきです。」


 そう進言したのは智将として、軍議に参加している長兄ジルバレン殿下の妃、デレス・ランバルト。

 だが、この進言には将軍達は猛反発。


「それでは、フィリア王太子殿下の王座が確立してしまうではないか?!」

「そうだ!我々がゲヘナレインを討ち取った暁には王座は最終決戦投票—――民による支持率で決める為にこうして戦っていると言っても過言ではないのだぞ!?」


 公には出来ないが、同盟を結ぶに当たっての絶対条件としてフィリアとの合意が為されている。

 ジルバレンの口から言い出すと問題だが、この件は内戦終結後、フィリアが国民に対して提案する、と取り決められている。


 まだジルバレンを王の座に就けたい、諦めていない臣下がデレスの意見に反発しているのだ。


「さては、デレスはジルバレン殿下が王になるのを嫌っておいでか?」

 

 この言葉にデレスの纏っている圧が高まる。戦場の天幕内とは思えぬような甘ったるい香りが充満し出す。デレスが放つ殺気は甘い。これはジルバレン率いる長兄一派の間では有名である。

 ある将軍は表情を強張らせ、ある将軍は帯刀している剣に手を伸ばそうとするも、その手の震えは止まらず…、ある将軍は青褪め、身震いし硬直する。

 殺気に中てられた人間はその香りの濃淡で彼女の怒りのボルテージが推し量れる。今回は度を越した発言……と言える。


 彼女は別に王になって欲しくないわけではない。ジルバレンが他の女との逢瀬を許せない。関心を攫うのが許せない。自分だけを見ていて欲しい、その思いがあるから、王妃の座はただ一人と魔法契約を結んでほしいだけだ。その思いがあることを知っているからこそ、将軍の猛反発は強ち間違ってはいない。寧ろ正鵠を射てはいるが、失言をかましたのも事実。将軍位としての立場として聞いたが、それは妃としても立場を持つ彼女の一側面に過ぎない。

 本来であれば王太子であるジルバレンの次に尊い位の立場なのだから。たかだか一介の将軍位程度デレスにとっては吹けば飛ぶような存在なのだ。


(虎の尾を踏み抜いたか、ダレンモーラ…!!この馬鹿者が!)

 

 ジルバレンの目には、殺気立たせながら浮かべるデレスの蠱惑的な笑みが、何よりも恐ろしく感じた。

 この女傑デレスが王を望めば、自分はどれだけ愚鈍でも王になる。そう確信できる程の天賦の才をデレスは持っている。

 その彼女が自身の抱える思いとは裏腹に、全力で計略を巡らせて戦況は五分なのだ。

 

 戦況を五分にしている要因は二つ。

 一つ目が呪剣。これが厄介極まりない。

 そして二つ目。向こうの騎士のほうが練度しつが高い。

 武器と質の良い兵士がゲヘナレイン現国王の駒のように揃っていたならば、彼の女傑によって今頃西都は蹂躙され尽くしていただろうに。


 元々王都の兵と王太子達が持つ兵では意図的に一段下げた人材となる。王の兵こそ最強にして至高であると考えられているのもあるが、子同士での領で内乱にまで発展してしまった場合の仲裁を速やかに行う為だ。

 

 持っているカードが弱いのに、互角、拮抗、膠着状態に持ち込めているのは彼女の采配と智謀策謀戦略策略のお陰だ。


 それは将軍位に就く者ならだれもが身に染みて感じている事実。疑いようのない実力を示している女傑デレスが真価を発揮しているというのに勢い余ってダレンモーラ・リヒテヴァン将軍は口を滑らしてしまったのだ。このダレンモーラ将軍は若い将故に、血気盛んで勇猛なのだが、些か直情的過ぎるきらいがある。だが若さゆえの失言と多めにみる程、デレスは甘くない。


としての立場から進言しているつもりですよ。このまま互いの兵がすり潰れていく様を憂い、現状の打開策がないから、新たなカードを用意する必要がある、と申しているのです。」


 猛禽類のような獰猛な瞳に映るのはダレンモーラただ一人。視界の端には捉えられているのだろうが、彼女はその一切に見向きもしない。

 ダレンモーラの両隣の将軍は分かってはいるものの、冷や汗が止まらない。両隣の彼等もまた反発した内の一人なのだから。

 ダレンモーラ・リヒテヴァン将軍は血の気が引きすぎて青を通り越して白面となっている。

 それもそのはず、この女傑デレス・ランバルトは智将にして武将としてその駒の役をこなせてしまう実力がある。レベルは何と6。それは王族ジルバレンと同格。

 ステータス面で言えば、ジルバレンをも越える。

 ここにいる将軍はレベル5の中程、猛将が最上位。ジルバレンとデレスを除いて6に至る壁を乗り越えられない者達。


 上を目指すなら各レベルの段階で突き詰めてステータスを強化しなくてならない。そうしなければレベルというのは高次段階に進むほどランクアップ出来なくなるのだ。

 そして彼女は6に至る壁を越えた正真正銘の女傑である。


 たった一つ、されど高次段階に進むほど隔絶した高みとなって強さとして現れるのがレベル。

 シルフィアはレベル1差ならなんともないとか思っているが、これは彼女が特殊だからである。

 普通は1差が付けば、一対一サシで勝つのは至難。

 2も差が付けば大人と子どもくらいだ。


 

「はぁ、そこまでにしてやれ。我が寵愛せしデレス妃よ。我がデレスが抜かりなく指揮を執り策を巡らせ、敵兵力を削ってくれていることを知っている。虐殺された西都の民の生き残りの保護もしてくれているのを知っている。そのデレスが我が妹フィリアに助けを求めろと云うておるのだ。」


「ジルバレン様、現状維持だけならばフィリア様の助けは無用ですわよ?打開せよ、と仰るから少し手勢をお借りしたいだけと申しているだけなのです。」


 さっきまで濃密に膨れ上がっていた殺気は何処へ行ったのやら。先程まで纏っていた常在戦場の将軍のとは程遠い、淑女が纏う御淑やかなとしたものに変わっている。


 どうやら機嫌が戻ったようだ。彼女の目にはジルバレンしか映し出されていない。戻ったというよりかは少し上機嫌になっているかもしれない。

 《寵愛している我妻よ》の一言が彼女には効果抜群だったようだ。しっかり女の顔をしている。るんるんと鼻歌でも歌いだしそうな勢いだ。


 ジルバレンの助けもあって、この場の将軍達は5歳老け込む程度で済んだ。

 ダレンモーラもこれ以上の失言はしたくないのか、口を堅く引き結び、だんまりを決め込むようだ。

 将軍としてずっとそれでは困るが、今はそれで良しと判断しジルバレンが話を引き継ぐ。


「では、現状維持のまま敵が何らかの致命的ミスが出るのを待つか、フィリアに一手カードを寄こしてもらうか。決を採る!」


『はっ!!』


 恭しく頭を垂れ、首肯する将軍達。


 —―結果は、フィリアに助成を頼む。が一票差で現状維持を上回った。

 この決議案のせいでシルは前線に駆り出されることになる。



―――――――――――――――――――――――――――――



「—――《再生》……?!」


 シルは休憩も終わり、再び負傷者達の治療に励み始めたが、何故か嫌な予感がした。


 だが、何も異常がないことから首を捻る。

 気のせいかと思い込むことにした。


 彼女の奮闘で再び東都軍、フィリアの兵士達は前線復帰率が上がる。一度は死にかけた兵士のステータス強化は著しい。

 二度、三度と重なる毎に重傷者のスタータスは短い期間での死線の連続を越えたという判定が下されたのだ。

 シルフィアの【経験値五倍】とは言わずとも二倍程度には上がっている。


 図らずしも神が認める程の試練となったわけだ。


 レベルを考慮せず、平均の伸び――本来なら5とか瀕死の重傷が10とか、重傷+致命的欠損で20とかの耐久が上がるのだが、それが倍。つまり、低くても毎日10は耐久が上がっている。戦争から三週は経つ彼等の耐久は低く見積もっても100は超える上がりっぷりなのだ。通常、耐久100は破格過ぎる上がりである。


 一日毎に兵士の質が上がっているフィリア軍に全面攻勢に打って出たゲヘナシュタイン北都軍は確実にすり潰されている―—―この事実に気づき始めた末端兵士は少しずつ士気が下がっていくことになる。


 

「死傷率が大幅に減っているわね。全体で見ても1%を切ってるわ。」


 救護班班長同士の合議—―この場合、負担の分散による重傷者の受け入れ割合の取り決めを班長がデータに基づいて話し合う場が設けられているのだが、そこで話題に上がったらしい。

 シシリアは十中八九、シルの魔法技能であると確信している。だが、死者(仮)まで復活させているとは思いもしていない。

 

「シルちゃんの【回復魔法】の才能はワタシより上。当たり前よ。」

 と胸を張って主張するミレーネの意見が重く受け止められているのもあり、純粋な高度な魔法技能に依る成果だと思っている。

 少なくとも《死者蘇生》が可能だと思っている班長はいない――常識人ゆうしゅうの集まりである。



 ただこれを聞かされた張本人シルは背中で汗をかいた。

 やりすぎたかな?とも考えるが死者は減って良い事しかないと自重することはしない。

 なんてったって、ささっとこの内戦を終わらせるために衛生兵やってんだから。






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