第45話:内戦5

「じゃあ、取り敢えずは内戦が終わるまではロゼ達は此処で身を隠しておこうってこと?」


「そうですね。わたくしも一族とバルバス様を苦しめた元凶を討ちに行きとう気持ちはございますが、敵は強大です。わたくしの非力では仇を討つのは困難を極めます。なのでゲヘナシュタインらの処断はフィリア殿下らにお任せしようと思います。」


「気に食わんがな。ここに潜伏していれば守備は容易い。俺としてはロゼを二度と危険な目に遭わす訳には行かん。故にロゼの案を承諾した。」


 確かに。バルバスは戦闘狂でその強さは折り紙付きであるが、ロゼ様は達人の域とは程遠い。わたしが言うのもなんだけど。

 せめて使える魔法が【回復魔法】でなければねえ。一応水と火は覚えているっぽいけど、ロゼお嬢様は槍術の使い手らしい。

 結構な武闘派で、魔法は割と二の次でランクアップしてきたとのこと。


「それにシル様のお陰で、逃避行の算段が現実味を帯びてきましたらから。最初は貴族としての本懐に則って、御役目を果たそうかとも思いましたが、今のハミット家はもうわたくしの知るものではありません。無理やり小間使いとして尖兵として働かされているのなら、わたくしが一声上げるのも吝かではないのですけどね。」


 これまた確かに。バルバスが語られた情報しかないが、それを実際に確かめる術は内戦が起きてしまっている現在、難しい所だろう。ハミット家の正当後継者であるロゼ・ハミットに呼応する部下がいなければ「敵は北都、西都である!」と見定め宣言した所で戦況になんら影響を及ぼさない。意味もなく敵の注意を惹き付けるだけだ。


「でも身分証とかの解決には至ってませんが?」


「実は其方はわたくしに伝手がございます。貴族たるもの、身分違いで優秀な人材が取り込めない場合などに使われる手でございますが常套手段の一つとして持ち合わせているのです。」


「なるほど。」


 目の前にいるロゼが侯爵令嬢として、いや貴族として生きていくうえで厳しい教育を乗り越えた一人前の貴族としての片鱗いちめんに触れた気がして、思わず相槌の返しのみになってしまった。

 わたし、生粋の庶民ですから。


「というわけですので、実質の問題点はシル様が解決してくださいましたから、わたくし達も身分を捨て、自由に生きる選択肢が生まれたのです。」


 これは良い事したんだよね?

 王族がやばけりゃ、貴族もやばそうだし。

 うん、そういうことにしておこう。


「それじゃ、わたしも此処でのんびりしてようかなぁ。」


 また治癒師として頑張るのも面倒だしなぁ。

 もう少しのんびりしてようか画策しているとバルバスがわたしがひとりごちたのを聞き咎めた。


「いいのか?ミレーネ様が発狂してたぞ。」


「は?」


 唐突にミレーネ師匠の話題になった。

 攫われた時にミレーネ師匠と遭遇したのかい?


「逃げの一手に出た俺の腕を斬り落とせるのは後方支援組じゃ、ミレーネ様くらいだ。まともにやっても勝てないが、恐ろしいお方だ。」


「………。斬り落としたのって魔法?風魔法とかだよね?」

「いやレイピア……剣だぞ?」


 唖然としてしまった。

 レイピアって確か細剣のあれだよな?騎馬隊とか重鎧の敵とかにめっちゃ刺さる大ダメージ武器のあれだよな?

 いや必殺が出やすいだけだったか?自前の攻撃力あっての剣だったっけ?

 まさかの弟子の仇ぃ!!って感じで一本取ってたとは。剣術も出来るとかさすが師匠です。半端ないです。尊敬です。


 でも魔法で戦わなかったとかどういう事?


「俺がそちらさんのお仲間近くで何時でも盾に出来るように立ち回ってたからな。どれだけ魔法が優れてても味方に誤爆するわけにはいかないだろ?仮にも今は救護テントで指揮してたみたいだしな。」

 

 やることがえげつないな。

 まあ前世のスナイパーライフルみたいな魔法とかミサイルレベルの遠距離魔法があるぽいから……これはシシリアさんに聞いた《戦略級魔法》って言葉から察してる。

 近距離職は立ち回り上手くないとすぐ逝くか。


「それで、近距離先頭に切り替えた師匠に剣で一本取られたと。」


「しょうがないな。相手が悪い。ミレーネロレーネ姉妹は死神ジョーカーのようなものだからな。」


 そんな風に言われてるのか。


「でもそれだけ危険視されてるならウチの師匠と先生がフィリア様に味方してるんだし喧嘩売るのって可笑しくないです?」


「そうでもない。自ら首を取りに行くのは無謀だが、内戦ではあの二人は『積極的な攻勢には出てはならない』とランバルト海洋王国の内戦規約に記されている。つまり守備にしか配置は出来ないんだよ。それも片方が守備に就いていた場合、もう一人は支援と不文律で決まってる。」


 え、結構ミレーネ師匠とロレーネ先生は制限があるのかな。

 でもどうして?


「あの二人が関わるとそれだけで内戦は一方的な殺戮と蹂躙に変わる。となればミレーネロレーネ姉妹が王を推薦してしまう事も可能という訳だ。王族の誰もがミレーネロレーネ姉妹に尻尾を振り、顔色を窺うしかなくなる。もし二人が何かしらの組織に洗脳でもされれば王国の腐敗は一瞬で全土に広がる。それを避けるためにも内戦や政治そのものには極力関わらせないようにってなったんだよ。」


「でもまあその制約のお陰で俺のような囮部隊がまさかの後方支援拠点まで潜り込めたわけだ。今頃本隊である奇襲作戦組は一人も生きてないだろうよ。クハハ」


 相当気分が良いんだろうな。饒舌だし。

 バルバスは邪悪な笑みを浮かべている。

 まあ捨て駒にされたらなぁ?

 人の命を何だと思ってんだって話だよ。

 わたしもバルバス程の剣術もレベルもあって捨て駒配置されたらブチ切れるわ。

 上官命令無視して、国を捨てます。


 そう思うとバルバスって偉いな。

 自棄になってただけかもしれないけど、命令を守りつつ活路を見出して自分でつかみ取ったんだもの。わたしと言う名の回復のプロフェッショナルを。

 やだ、自分の事プロフェッショナルとか恥ずかしい。


「あ、因みになんですけどロゼ様。身分証みたいなのってわたしの分も用意してもらえたり出来ますか?」

 

「え?まあできるとは思いますけど、シル様はフィリア殿下側に付かれているいるのでしょう?先の本作戦で致命的な被害を被ったと思われるゲヘナシュタインらが勝つことはないでしょうし、勝ちが決まった頃合いを見て戻られても良いのではないでしょうか。わざわざ偽造しなくても………あ、フィリア殿下が許してくれるかは分かりませんね。シル様お一人分で宜しいですか?」


「あ、アマンダとケルンの分も用意してほしいです。」


「失礼ながら伺っても?その方々はどういったご関係で?」


「ああ、わたしと一緒に保護されたシア王国の民なのです。魔法の勉強もして、それなりに仲を深めてきた友なのです。ですから出来たら連れて帰りたいなと。」


 わたしが正直に答えると、ロゼ様とバルバスは思案気にして顔を見合わせている。

 なんだどうしたというのだ。


「そう言う事なら一度シル様だけで様子を見た方が宜しいかと。」


 ロゼ様は丁寧な口調のまま、アマンダとケルンは置いていけと言う。それはどうしてだろうか。


「シア王国はガルガンティア帝国と戦争中だそうですよ。シア王国とはお互いの湾港で通商条約に基づき取引がされておりますが、凡そ一月前の情報です。今向こうに行けばどんな危険が待っているのか分かったものではありません。」


 ああ、戦争か。勝ってるか負けてるか分からんもんなぁ。


「戦争している事は知ってましたが……。わたしが面倒を見続けるわけにもいかないですし…、そうですね。安全確認が取れてからでも遅くはないですか、ね。取り敢えず本人たちの意思確認だけはしておきます。」


「はい。そうですね、子どもとはいえシル様の御友人とあらばその危険性を加味して判断なさることが出来るでしょう。お作りすることは出来ますから、作っておきますね。」


「お願いします。」


「それとわたくし達もシア王国に移住しようかと思います。よければシル様の御実家の村にでもお世話になりたいのですが。」


「ええ?!いやわたしの所は開拓村ですから。手続きとかちゃんとしないといけないそうですし、ロゼ様とバルバス次第っていうかなんというか……。そもそも攻め込まれてて王国がどうなっているのかタルク村が残ってるのか家族が生きてるかすら分からないですから。危険だと判断したなら土地は捨てるでしょうし。」


 実際間違ったことは言っていない。シア王国は開拓民自体そう易々となれるものではないと聞いた。厳正な書類審査がある。性格破綻者や人付き合いに難がある人はなれないと言っていた。

 まあそれもシア王国が存在していたらの話なんだけどね。

 敗戦国の民は奴隷にされたり従属国家として重い税を取られたりするだろうし。そんな土地にわざわざ移り住むとか本気で言っているのだろうか。


 わたしがシア王国に戻るのは家族がいるからだ。

 その家族が生活できるように生活必需品等を行商人に依頼する事でわざわざ経由してくれるよう図らってくれたのが国だからだ。少なくない恩があるからどんな状況になっていようとも行こうと思うのだけれど。


 もしわたしがいるから随伴しようとしているなら止めた方が良いかもしれない。


「わざわざ戦争中の所へ行かずとも。他に行ってみたい国はないのですか?」


「一応通商条約を結んでいる大国はシア王国含めガルガンティア帝国とブリトリッヒ協商連合国、マゼス魔公国とも交易は行われているそうですよ。マゼス魔公国は直接的な関りではなかったような気がしますが。五年も前の話なので今は分かりかねます。」


 ロゼがそこまで言うとバルバスを見て、そこんとこどうなの?と視線で問う。なにやら気まずそうな顔をしながらバルバスは答えた。


「いや、俺は殺しが専門だ。政治は疎い。」


 要は知らないという事だ。

 

「まあ、聞いた話じゃ帝国にも協商連合国にも行けるみたいですし。選択肢として一考してみてもいいのではないでしょうか。」


「ガルガンティア帝国はあり得ませんわ。シル様おんじんの敵対国へ行くなど言語道断。そうでなくてもあそこは自国民すら平気で《奴隷堕ち》させて人身売買する国です。汚らわしい。ブリトリッヒ協商連合国は数多くの《小国》が《州》と名乗り、貿易関税を取っ払って経済大国に成り上がった国ですが、《州》独自の法があります。かつての国法が州法となっているのですが、これまた一癖も二癖もあるのです。自身に合う《州》を見つけるのは大変でしょうね。ですが、シル様がご迷惑なら…仕方ありませんね。」


 ロゼ様は最後の一言で物凄く分かりやすく落ち込んでしまった。そして此方もわかりやすく、あわあわと取り乱してしまう。シア王国は帝国のように奴隷を認めておらず、協商連合は土地に寄りけりと。てことはシア王国って一番オーソドックスな国だったのかな。神様はそこんとこまで配慮してくれたのだろうか。

 

 

「ま、まあそういう事なら。ぜひわたしの所へ案内しますね。」


「では、わたくしは身分証の手配をしてまいりますね。出発は内戦の行く末を見守ったのち、となるでしょうが船の用意もしておきます。」


 本当はアマンダとケルンを一緒に連れて帰るつもりだったが、危険性を指摘された。本人たちの意見もちゃんと聞くことにしようということで該当保留。思いも寄らぬ形でランバルト海洋王国からの脱出の目途が立ったのはいいが、もしこの計画でシア王国に行くとしたら人数は最大五人となるわけだ。大人の護衛がいるに越したことはないが大人数で動くのはリスクにもなる。

 いやどうなんだ?客観的に考えようか。

 子ども三人のパターン。大人一組が随伴するパターン。

 うむむ。でもバルバスはロゼ様の騎士しかやらなさそうなんだよな。でもバルバス強いんだよな。ロゼ様もちゃっかりわたし達よか一段階上の位階ランクだし。最悪子連れに見えなくもないか?髪色とか違うけど。養子設定で行くか?孤児院から三人引き取ったよって?まあロゼ様は癒しみたいな人だから何とかなるか。少々小柄で胸とか慎ましいけど、鼻梁の通った美しい顔立ちだ。理知的に見える彼女が説明したら何となくそれっぽくなりそうではある。

 

 問題は早過ぎる事だ。そもそも夏に内戦予定だったのに春にもなってない段階で事が起きちゃったしなぁ。

 そのせいで計画通りには強くなれていない。

 この内戦中、魔力枯渇しないようにと寧ろ気を遣っていたまである。夏までにレベル2上位かあわよくばレベル3まで狙っていたのに。

 ぶっちゃけ負けるとは思えないけど、状況を知らないと不安だし、そろそろ加勢しに戻るか?

 アマンダとケルンにも聞かないといけないしなぁ。

 事情説明するのもロレーネ先生が前線から離れて合流出来ない事には話も出来ないし。

 

「色々考えたんですけど、取り敢えずこの内戦が片付かないと話が進められそうにないのでわたしは後方支援拠点に戻ろうと思います。」


「そうだな。手を貸したいのは山々だが、俺は此処で戦況を見守るとしよう。」


「わかりしました、わたくし達は此方に居ますので。その間手配の程はお任せください。」


 だらだら過ごすのも悪くはないと思ってもいた。

 けどみんなやることやるぞ!ってな感じだからしょうがなく現場に戻ることに決める。


 どちらの方向に進めばいいのかだけバルバスに確認を取ってから三種の隠密セットを駆使して現場に急行する。

 善は急げとも言うだろう?

 我ながらぐだらずに直ぐに出発したのは偉いと思う。


 森という森を大回りに迂回しつつ、飛んで通行する。

 

 上空から見渡していると、森向こうに見慣れた救護テントがうっすら見えてきた。

 

 割と距離はあるものの、今の所誰にも攻撃をされずにこれている。ツイているのか、上空の警護が疎かなのか。

 魔法使いを奇襲に使うだけのまとまった戦力がないのか。

 此方も防衛するだけの戦力がないのか。

 

 なんにせよ、無事にたどり着くことが出来た。


 隠密セットを解いて、上空から警護している騎士に声を掛ける。


「攫われた第五救護班隊員シル!ただいま帰還しました!」

 

 空から声が聞こえてきたのに驚いたのか、上空を見つめる顔は少しだけ引き攣っているようにみえた。

 

「取り敢えず、降ります!攻撃とかしないでくださいね。」


 姿形の見えない状態で地上に降り立ったら条件反射で斬りかかられそうだったから、わざわざ上空から声を掛けたのだ。


 わたしが地上に降り立つと本人確認のため、第五救護班テントまでは騎士付きで移送された。

 

「シルちゃん?!」


 事情説明に入って行ったテント内から飛び出してきた救護班班長シシリアが飛び出してきて、わたしをみるなり再開を喜び抱擁してきた。

 【生活魔法】をモノにした筈の彼女の体臭はちょっとばかしキツかった。恐らく抜けた穴の補充はされなかったのだろう。

 魔法で身なりを綺麗にする余裕もなかったと考えられる。

 わたしは、抱きしめられついでに無詠唱という少しばかり燃費が悪くなる魔法技術ほうほうで彼女を綺麗にしてあげた。


「ただいま戻りました。本人確認を済ませたのち速やかに第五救護班テント内の負傷者の治療に当たりたいと思っています。」


「どこも怪我はしてないわね?シルちゃんで間違いないわ。護衛騎士様達は持ち場に戻っていただいて構いません。」


「そうですか。いくぞ」


 シシリアと騎士のやり取りも無事終わり、天幕に入る。


「再開を喜びたいけれど、負傷者の数が多いから一息吐くまでは馬車馬のように働いてもらうわよ。」


「ええ、そのほうがよさそうです。《広範囲清掃クリーン》、《広範囲清浄クリーン》《広範囲消臭デオドラント》」


 取り敢えず空気の入れ替えがてら魔法で環境を整える。

 これだけで感染症予防にもなるしね。

 空気の入れ替えも大事だろう?決して臭かったとかではない。


 わたしは再び戦場ちりょうに舞い戻った。

 激戦区に割り当てられたが、それはいつものことだ。

 丁寧且つ迅速に負傷兵を癒しに回る。


 

 

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