第44話:内戦4—―ロゼ視点—―
わたくしは病に身体を蝕まれ続けていました。
それはあまりにも長く、苦しみが永遠であるかのような日々を送っていたのです。
ですが、気が付くと何もかもが悪夢であったかのようにすっきりとした目覚めを得ることが出来ました。
そこに移るのは小さな少女。わたくしが目覚めて安堵したのかそのあどけない表情は年相応に可愛さがありました。
そしてすぐに目に飛び込んできたのは、愛しい婚約者の彼――バルバスです。彼は実力を見込まれ、我がハミット侯爵家の婿養子として選ばれた殿方です。
ハミット家は代々中立派閥に属しているので、婿養子の場合は貴族籍でない方から選出されます。
彼は若いころから任務に実直で、あらゆる危険な任務もこなす次代のエリート軍人です。
強く逞しく覇気のある風貌にはわたくしも演習でお見掛けした際、その凛々しさに胸がときめいたものです。
そんな彼をお父様とお母様にお願いして婚約の話を持ち掛けて貰ったのも懐かしい思い出です。
ですが、わたくしが悪夢から覚めた今、目の前に見える彼は、わたくしには弱り切った子犬のようでした。
何かの病に冒されていたのを、シル様という可憐な少女が助けてくれたのだそうです。
お水からご飯の用意からしてくれたのもシル様のようです。
ただひとつ、どうやらバルバスはわたくしの病を治す為に彼女を無理やり連れてきたのでしょう。シル様のお命を保証とかなんとか、不穏な発言をされて出て行かれたのを聞き咎めたわたくしはバルバスに詰問しますが、彼は答えてはくれません。
無理やり何かする人ではないのを知っているので、手段を選んではいられない状況だったことは分かりますが。
とりあえずシル様を交えて、どうしてそう言う事をしたのか話して下さいと、お願いすると聞き入れてもらえたので、話は一旦保留とし、用意された御飯を頂くことにしました。
初めてみる料理でしたが、大変美味しく感じました。
優しい味わいで、久しぶりに御飯を堪能した気分です。
バルバスは少し肉気が足りないと愚痴を零していましたが、何だかんだお代わりして鍋に合った《重湯》という食べ物を完食してしまったのよね。
もちろんわたくしがもう食べられないから遠慮せず食べてって言った後にね。
夕方です。
御飯の用意をして持ってきてくださったシル様を交えてお話する機会がやってきました。
毒見と称して、一人前分盛り付けて食べ始めるシル様の可愛らしい事。どうやって話を切り出そうかと思案していると、シル様が「戦争中だもんね。」とわたくしが知らない外の情報を教えてくださいました。
それに乗じて、話を聞くことになります。
ゲヘナシュタイン殿下ら次兄一派にハミット侯爵家は事実上、乗っ取られてしまったこと。お父様もお母様も非業の死を遂げたようです。
それだけでも十二分に絶望出来ましたが、事の発端はわたくしの病が、彼等によって引き起こされたものらしく、寝込んでいた5年もの間、彼は私の延命治療の為、地獄のような働きを強いられていたという事でした。
自分のせいで、ハミット家も婚約者ではあるものの結婚はまだしていなかったというに、わたくしに献身を捧げ続けてくれたバルバス様には頭が上がりません。
貴族令嬢ですが、涙を止める術はありませんでした。
自制心を強く持て、と仰っていたお父様の言葉を守れない出来の悪い娘でごめんなさい。
釣られて涙するシル様は感受性が豊かのようです。
自身は腕を斬り飛ばされたとかで思わずバルバスに、
「このような年端もいかぬ少女になんたる暴虐を!!!」
と、ついカッとなってしまいましたが、バルバスも「申し訳なかった。」と深く頭を下げ反省しているようで、且つシル様も許すそうなので、それ以上わたくしが咎めるのは野暮というもの。
まあそのような凶行に走らせていたのも全てはわたくしが奴等の罠に早々に嵌まっていたせいです。
わたくしはバルバス様にもシル様にも返し切れない恩を作ってしまったようです。
今いる所はハミット家に仕えていた忠臣のセルバンテス様という騎士様が私邸にしている場所なのだとか。
内戦中という事だそうですけれど北都と東都の領境、末端の奥地。山中にあるそうで、ある程度隔離されている場所なので安全は確保されているらしいです。
現にフィリア殿下の軍もゲヘナシュタイン殿下の軍も押し入っては来ていません。
平穏の中、わたくしは歩いて屋敷を見て回ります。
長らく身体を使っていなかった割には、すこぶる調子が良いです。これもシル様の魔法のお陰ですね。
暫くして、シル様から問われます。
これからどうするのか、と。
バルバスは殺気を上手くしまい込んでいるようですが、わたくしには分かります。
私怨に駆られた者の目をしていたからです。
そのような激情を抱え込んで戦場に赴けば死ぬ事でしょう。
冷徹に戦況を見定め、動けるものが生き残れるのですから。
ですが、どうやら彼はわたくしの事がひどく心配なようで。
行きたい気持ちとは裏腹にわたくしから離れることは出来ないでしょう。
それが分かったので、安心してシル様の「守ります。」との発言に乗っからせて頂きました。
もちろん、シル様がいれば心強いのは間違いありません。
本心から告げたのですが、シル様はわたくしの言葉には反応を示してくれませんでした。
わたくしの発言から思いが透けてしまっていたのでしょうか。少しばかり恥じていると、提案をしてくださいます。
その話はとても魅力的でした。
ハミット家は事実上、とうに中立派閥の貴族として機能しておりませんし。全てを捨ててバルバス様と自由を謳歌しては、と。
少しだけ夢想していると、バルバスが現実的な問題点を
そしてその問題点がとてもハードルの高いものだとも分かります。バルバスは
。これにはわたくしも納得です。
ところが、シル様は突飛なことをおっしゃいます。
「魔法鞄、作れますよ。」
こんな台詞は誰が聞いても信じません。魔法鞄はダンジョンにある宝箱などから得られるものだと、それが常識だからです。
ですが、荒唐無稽な発言もシル様が言うと真っ向から否定するのは躊躇われます。
そうやって、二の句が継げないでいるわたくし達を一瞥したシル様は魔法鞄作りの実演をされてしまいました。
「—――【
この一言で、ただの小さい布袋は魔法鞄になってしまいました。バルバスから手渡された魔法鞄の真偽を確かめるための作業は今にして思えば失礼にあたりそうでしたが。
それは間違いなく魔法鞄でした。
そして、またわたくし達を驚かせる発言をなさいます。
さらっと、差し上げると。
こんな簡単に凄い物を作り、簡単にあげると言える。
シル様は別に価値が分かっていないわけではないようです。
しっかりと口止めも受けましたしね。
どうやら魔法具の問題は片付いたかもしれません。
試して確認してほしいとの事でしたが、わたくしは試す前からそのような直感を感じ取りました。
「では、バルバス様。性能を確かめに行きましょうか。」
「……ああ。」
どうやら彼も度肝を抜かれて、未だ夢現の中なのかもしれません。これはわたくしがしっかりと把握しなくてはなりませんね。
「これは……もうなんと言っていいのか。」
「うむ……。」
旅と言えば、着替え。
先ずは服という服を詰め込んでみます。
忠臣のセルバンテスの私邸ということでしたが、わたくしの私物が多々ありました。
これは、思い出の物品だけでも移してくれていたのでしょうね。騎士セルバンテスには感謝しかありません。
取り敢えず、服は一通り入りました。
クローゼットの中はすっからかんです。
内容量を確認して、とのことだったので思い切って鏡台を入れてみる事にします。
あっさりと入ってしまいました。
ベッドも入れてみます。
これもまたあっさり。
丸テーブルの上には大鍋に食器があります。
これらも全て入れてみます。
……入りました。
部屋にあるものは、入ってしまいました。
それでもまだ余裕がありそうでした。
ので、わたくし達は調理場へ向かいます。
旅に大切なのは食事です。
いつでも町があるわけではありませんから。
というわけで、食糧庫に入っている大量の食材袋を一つ、また一つと魔法鞄に入れてみます。
食材の日持ちの関係もありますが、夏まで優にもつであろう食材全てが入り切ってしまいました。
調理器具、食器、薪なども入れてみます。
まだまだ入ってしまいます。
結局、シル様が使っている部屋を除いた私邸にあるもの全てが入り切ってしまいました。
容量の確認をするはずだけの簡単なお仕事だった筈でしたが、出来ませんでした。
これにはバルバスも困惑を隠しきれないようで、眉根を寄せています。
「これは……もうなんと言っていいのか。」
「うむ……。」
「これだけいれてまだ入る様子ですし、もしかしたら国宝級クラスなんでしょうか?」
「その可能性は高いかもな。オークションに出したら国が出張ってくるレベルに違いない。」
「となると…。」
「万が一でも、売りには出せないな。」
「まあ、旅のお供に申し分のない魔法鞄を頂けたという事で……宜しいのでしょうか?」
「ああ。第一級冒険者でも、一握りしか持ってない品だろうしな。」
わたくし達が困り果てていると、シル様が起きてきたみたいです。家にあった調度品が何から何までないことに驚いているようでした。
わたくしはバルバスとその様子をみて、笑い合いました。
シル様は家内の調度品がなくなったのを見ていた時以上にバルバスが笑ったことに対して、驚きを見せていたのは可笑しくて仕方ありませんでしたね。
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