修羅場

藤間伊織

観察

みなさん、修羅場って見たことありますか?


私はあります。


その日はとてもいい天気で誘われるように外に行きました。ああ、もうすっかり春だな、なんて思って歩いていてある橋を通りかかりました。

そこにはカップルが一組いて、私はなんとも気まずい思いをしました。ラブラブな空気に気圧されて、というわけではなく怒鳴りあいの真っ最中だったので。


「お前!誰に向かって口きいてるんだ!」

「なによ、今日も遅刻した癖に!開き直らないでよ!」


まあ、こんな感じでまさにテンプレートな修羅場ですね。

私は最初、橋を渡った先にあるカフェにいこうと思っていたんですが二人のあまりの剣幕に、通るに通れませんでした。本当は私が気を遣う必要なんてこれっぽっちもないんですけどね。

そうこうしているうちに喧嘩はどんどんヒートアップしていきます。


「もうとっくにお前には冷めてるんだよ!さっさとくたばれ!」

「は⁈最低ね。そっちこそ死んじまえ!」


どうも痴話喧嘩というには物騒になってきました。気の弱い性分の私はもう気が気ではなくて立ち去るという選択肢はすっかり頭から消え失せていました。


「あんたの口癖、嫌いだった。『口答えするな』って。いいわ、最後にあんたの言うこと聞いてあげる。もううんざりなの。あたしが死んだら呪ってやるわ」

そう言って女性の方が橋の欄干に身を乗り出して、その上に立とうとしました。デートにでも行く予定だったのでしょう、真っ赤なハイヒールでした。足を滑らせた彼女はそのまま川に落ちました。

落ちる直前、彼女の背中に走り寄った男は手を伸ばしました。しかしその手は彼女に触れることなく見事空を切りました。


ばちゃん!という水音で私ははっと我に返りました。人が落ちた、大変だ、と。すぐに警察と救急車を呼んでから、男の様子を見ることにしました。男は相変わらず橋の欄干にもたれかかったままでした。とにかく声をかけようとそちらに一歩踏み出した瞬間、男の体が浮いたかと思うとそのまま川に落ちてしまいました。突然のことで声も出ませんでした。


その後すぐに駆けつけてくれた警察に事情を説明すると、連絡先だけ聞かれ家に帰されました。後日連絡をもらいましたが、どうやらあのカップルは見つからなかったようでした。しかし赤いハイヒールや男のものであろう財布などは見つかったため、私の話がでたらめということにもなりませんでした。何度か話を聞かれ、テレビでも報道されているのを耳にしましたが、時がたつにつれ事故はすっかり世間から忘れられました。



実は私は言わなければならないことがあるのです。警察のように真面目でまともな大人達には到底信じてもらえないでしょう。しかし私は見たのです。女性の方に伸ばした男性の手は彼女を助けようとしたものではなく、背中から突き落とそうとしていたことを。それは男の動きや殺せなかった勢いを見れば明らかでした。

それともうひとつ、男性の体が浮きあがった時、彼は足払いをされていました。赤いハイヒールの足に。そして腕を引っ張られて落ちていったのです。

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修羅場 藤間伊織 @idks

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