あの優しさを、探して

マクスウェルの仔猫

 あの優しさを、探して


 4歳の夏、私は。






 市民プールで溺れた。









 はしゃいで飛び込んだだろう、足のつかないプールの中で必死で飛び跳ねて、水面から顔を出し呼吸をしていた。




 子供を浮き輪に乗せて、通りがかる女性。


 年上の子供達。


 家族連れ。




 皆、私が遊んでいると思ったのだろう。助けて、と最後まで言えずに何度も浮いては沈む。


 必死に伸ばした手は、そっと振り払われ。注目されることもなく。そのうちに、プールの底を蹴る力も弱くなっていった。


 何故か、溺れている最中に脳裏をよぎったのは。子供がプールで溺れるという見出しの新聞記事だった。



 顔を充分に水面に出す事もできなくなった私を助けたのは、浮き輪を抱えて必死に手を伸ばしてくれた五才上の兄、怜二れいじだった。怜二は抱え上げた私に浮き輪を被せ、プールの中を進んでは何度も振り返った。



 不安そうな顔。

 安心した顔。


 じゃれついて、ため息。

 そして、笑う。



 私は不思議に泣く事も騒ぐ事もなく、怜二と何度も視線を合わせては安心し、浮き輪の上できらきらと輝く夏の太陽をぼんやりと見上げていた。



 プールから上がり、父と義母から『ウロチョロしない!』と怒られた私。


 怜二はというと、そんな私が溺れて自分が助けた事をおくびにも出さずに、ジュースを飲んでそっぽを向いていた。


 自分の過ちへの、苦い痛み。

 命を救ってくれた怜二への感謝。


 家族の笑顔。

 輝く太陽。


 今でも、昨日の事のように思い出せる。

 まばゆい記憶。


 苦しくて怖かった。

 嬉しくて誇らしい。



 


 遠い夏の、忘れられない記憶。 









 優しい怜二を探している。


 見つけてほしいと、きっと泣いている。








 これは私を貪りつくした怜二。


 これはお金の為に義父と母に手をかけた怜二。





 どこだろう。


 どこだろう。







 これは学校帰りの優奈を攫い自殺に追い込んだ怜二。


 これは復讐に囚われた雅樹を行方知れずにした怜二。





 見つからない。


 見つからない。







 でもね。


 必ず見つけてあげるから。





 パンドラの箱に残った、希望のように。


 だから、待っててね?



 




 も少し小さくしないと、見つからないのかも。


 ひとつひとつを、もっとしっかりと。





 よ、いしょっ、と。


 あ、このあたりかな?







 だるまさんが、こーろんだ。


 動かなかったね、うふふっ。





 佳奈は、ここだよ?


 いないいない、ばああああああああ。







 私だけなら、よかったのに、ね。


 私だけなら、よかったんだ、よ?








 でも今さら、ごめんなさい、は無し。


 佳奈はぷんぷんなの、あっかんべえええええ。





 ……あ。


 細かくしすぎて、私の中に移動したのか。





 ここかな?


 ここでしょ。







 あかいろ。


 いっぱい。





 だいじょうぶだよ?


 もうなんにもいたくない、きもちもからだも。







 えへへ、ふしぎだね。


 あ、ここ?




 

 じゃあ……ここ……?


 こ……






 


 











  

 れ
















 い
















 じ

















 


 

  

 お













 い















 で

















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 ゆ































 る

































 




























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