ふたりボヤージュ
王生らてぃ
本文
「終わった?」
扉の前で、朋子が腕組みして待ち構えている。無重力なのをいいことに、わざわざ逆さまに浮いて、じっと目をみひらいて。
「手伝ってよ、あなたも」
「終わったかどうか聞いてるんだけど?」
「終わったよ。終わらないのに出てくるわけないでしょ」
「そう」
興味なさそうに吐き捨てると、朋子は廊下をすいと飛んでいき、自分の部屋に入っていく。私も制御室の扉を閉め、鍵をかけて、ブリッジへと向かう。
小さいながらも、デブリの衝突は、やがて大きなトラブルの原因になりかねない。一円玉くらいの大きさだとしても、宇宙速で船体に衝突したデブリが生じさせる傷が原因となって、宇宙の藻屑と化す船は数知れない。それでも、やすやすと回避できないのが、デブリの怖いところだ。
今日もまた一つ、船体にちいさなデブリがぶつかった。
今日の当番は私。ロボットアームを操作して船体の点検、デブリの除去と回収、そして分析の用意、すべてやるのに五十分くらい。あとはコンピュータがデブリの構成材質を分析するのを待つだけだ。
ブリッジの隅に設置した無重力対応コーヒーメーカーにセットしていた
「朋子」
たまりかねて、私は朋子の部屋のドアを叩いた。彼女はスーツを脱いで、下着姿で部屋を漂いながら、骨伝導イヤホンで音楽を聴いていた。
「何よ」
「コーヒー。あんた、また勝手に飲んだでしょ」
「それが?」
「高いから少しずつ飲んでって言ったじゃない。砂糖とミルクも。地球からの関税、また高くなったの知ってるでしょ」
「うるさいなあ。じゃあブリッジにコーヒーメーカーなんか置かないでよ。自分の部屋で飲めばいいじゃない」
「コーヒーメーカーが欲しいって言ったのはあんたの方でしょ?」
「じゃあ文句もつけないでよ。面倒くさい」
それきり朋子は私を無視し続け、私はついに諦めて部屋を出た。そして自動航行プログラムをチェックし、ブリッジの操艦席のベルトをしめ、仮眠に入った。
もともとこの船にはもっと沢山の人間が乗っていた。十九人いたクルーは、いろいろな理由でこの船を降り、離れていき、よりによって私と、私の大嫌いな朋子のふたりだけが残って航海を続けている。次にステーションとドッキングするのは一八六時間後。それまでずっと、このいけすかない女とのふたりきりの旅。
もともと優秀なエンジニアだと言うことは知っていたし、どんなに相性が悪くても、仕事だけはきちんとこなす奴だったから、まだなんとかやっていられた。でも、ふたりでこの船の全てをやりくりするのは、どんな優秀なプログラムに協力してもらっても無理だった。
「交代」
次の日、ちょっと着崩した制服の朋子が、ブリッジから体を起こしたばかりの私にぶっきらぼうにそう言った。暗に、どけ、と、言われているのが分かった。
「事故なんか起こすんじゃないわよ」
「ウザ」
ウザ、とか。こいつ、私より六つも年下のくせに、言葉遣いが古くさい。そういうところも、鼻につく。
「昨日のデブリ」
「え?」
「ただの金属片だった。アルミニウムの」
「あっそ。一円玉でも飛んでたんじゃないの」
「え? びっくりするほどつまんない。黙っててくれない?」
言われなくてもそのつもりだ。私は窮屈な制服のファスナーを開いて楽にすると、ブリッジを後にし、反対側にあるエンジン室の点検に向かう。
「操艦よろしくね」
「早くエンジン行ってよ。ちゃんとメンテしてよね」
それから私たちは、一度も会話を交わすことなく、次の交代までの時間を過ごす。何事もなければ、あいつとも口を利かなくて済む。
ムカつく生意気なやつだけど、腕だけは確か。そこだけは信頼してる。こいつとのふたり旅が何事もなく終わることを願うばかりだ。
ふたりボヤージュ 王生らてぃ @lathi_ikurumi
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