とある上映会での悪夢

DITinoue(上楽竜文)

ある悪夢

 今日、ピアスを買った。これ、あなたにあげるつもりで買ってきたの。ねえ、私の家に来ない? 来たら、ダイヤ、あげる。


 これは、一体誰の声なのだ。

 確か、私がマネージャーを務める女優の新作映画の上映会にいたはずなのに。

 気付けば、私はどこかの高架下にいた。

「ねえ、あなた、城東さんでしょう? 私、日野。覚えていない? 周藤高校で一緒だったじゃない」

 ああ、そう言えば。確かに自分は周藤高校にいて、日野という子と女子バスケで一緒だった。

「ダイヤ、欲しい」

「じゃあ、車に乗って」

 私は、ピアス目的で、彼女の車に乗り込んだ。




 これは、私の見間違いだろうか。みんな、せっかくの上映会なのに寝てない?


 私の映画、「それから逃げろ」の上映会。

 この映画は、ある人物に監禁状態から、脱走することから始まる。その人物は殺人が趣味で、捕まれば即死。主人公は様々な交通機関を駆使して、逃げ続ける――というものだ。


 この映画が怖くて、みんな目を閉じているのだろうか。そうでなければ一体?

 というところで、私の視界がぐらついた。




 今日、ピアスを買った。これ、あなたにあげるつもりで買ってきたの。ねえ、私の家に来ない? 来たら、そのダイヤ、あげる。


 誰の声かと思えば、それは俺の友達だった。そして、元カノだった。

 くれるのか。

 自分は宝石に目がない。ダイヤモンドが付いたもの、欲しい。


 俺は彼女の車に乗り込み、宝石に胸を躍らされた。そこで、何かのスプレーをかけられ、倒れた。

 ――もうすぐ、楽にさせてあげるから。

 そんな声が聞こえた気がする。




 出演者が所属するアイドルグループのメンバーだった俺はこの上映会を見に来た。元々ホラー好きだったし、とても興味深い内容の作品だと聞いて、駆け付けてきた。

 のだが、何やら状況が違う。

 一体何が起こっているのだろう。

 車に乗って、眠らされ、そして起きれば薄暗い檻の中だった。

 中にいるのは、俺だけじゃないのか。


 なぜ、こんなところに。

 これ、夢?

 どこだよ、ここ。

 ここから出せ!

 ダイヤのピアスは?


 軽く三十人はいる。その中には、メンバーと一緒に映画を撮影していた俳優もいた。

 この状況、異常だ。




 取り合えず、この檻の中から脱出せねばならない。

 私は、絶望でうなっている人の中、一人檻の中を探る。

 案外簡単に出口は見つかった。

 ――これくらいなら、通れる。

 かなりの痩せ形である私は間隔が広めの鉄格子を抜け出した。


 少し歩くと光が差してきた。

 山手線が見えるところだ。

「ねえ、どこに行く気なの? ねえ、私の餌食になるハズでしょう? ねえ――」

 と、そこには日野が立っていた。

 その目はぎらついていて、不敵な笑みを浮かべていた。




 一人が檻を脱出した。

 間隔が広めの鉄格子を見つけ、そこから細身の人間は次々に脱出する。

 十人ほどが外へ出た。

「あ、見つけた。あの女だけじゃなかった。そんなに私の手から逃れたい? 私の趣味に付き合ってくれる人が欲しいだけなのだけど。ねえ、一人でも、あなたの首を私の手に任せてくれる人、いない?」

 俺は、生命の危機を感じ、逃げだした。

 京成線の改札に駆け、すぐに電車に飛び乗った。




 僕は衣装デザインばかりしている運動不足だから、当然デブだ。

 そのせいで、檻から脱出することができなかった。

「あら、残っててくれたのね。嬉しい」

 日野がやってきた。その太い手を僕の首にかけた。

「え、ちょ、おやめくだ――グ、グァァッ!!」

 間もなく、体中の体液が絞り出されてきた。

 僕が最期に分かったのは、檻の鉄格子と日野の低い笑い声だった。




 京浜東北線に飛び乗って間一髪で日野から逃れた、と思ったがそれは違った。

 日野は山手線に乗って、京浜東北線を追尾してくる。

 私が山手線を気にして窓を見ていると、山手線の窓に、不気味な長髪の女が写った。

「許さないから」

 山手線の中で一人、二人と乗客が絞殺されていった。




 はあ、はあ、はあ。

 他の脱走者は鉄道で逃げたが、私は走りで逃げた。

 これでも、昔は陸上部で、足には自信があった。

 だが、あの太い足ながら、日野は驚くほど早かった。




 ついに、京浜東北線に乗り移ってきた。

 もうダメだ、逃げられない。




 どういうわけか、あいつは京成に乗ってきた。

「やっと、見つけた」

 終わった。

 観念して、俺は目を閉じた。




 主演女優は、やっと目を覚ました。

 気づけば、もう映画はエンディングへ向かっていた。


 夢にうなされていた。

 不思議なほどに恐ろしい夢。女に追いつかれて、ものすごい顔を見たその時、目を覚ましたのだ。


 他の客も目を覚ましてきたようだ。

 客は皆、怯えている。そう、みんな。

 誰かが叫び、スクリーンを指さす。


「——みぃつけた」


 長髪の女がラストでそう言い放った。

 いや――。

 スクリーンの前に長髪の女が立っている。

 ククククク、と笑っている。


「ねえ、こっちおいで」


 客はポップコーンを倒しながら逃げている。

 何人かが首をられ、倒れていく。

 劇場には、雪じゃなくてポップコーンが降り積もった。

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