第2話 ストーカーの再来

「んじゃーなー帰宅部の佐々木君。さっさと帰って家の鍵を閉めやがれっ」


 帰りの挨拶を終え、加えて帰宅準備も終えた俺に、玉野は煽りか怒りか分からない声感情で言ってくる。

 その言い方にムカっと一瞬なったが、ここは冷静に。何せ俺はこんな男よりも一回りも二回りも大人で寛大な心を持ち合わせているのだから。

 故に、俺は地味にカッコをつけながら冷静に言い返す。


「心遣い感謝しますよ玉野君。部活で放課後の時間を割いてヘトヘトになる君に対して、わたくしは帰宅部の身でありますので、言われた通り潔く速やかに帰宅して玄関の門を施錠させて頂きます。ご心配ご無用」


 加えて若干のドヤ顔。

 流石の玉野も、俺のこの言い方にイラッとしたり羨ましいと思ったりしたのか、苦笑いをする。


「この野郎ォ」


「先に仕掛けたのはそっちだろうが」


 玉野は苦笑いに疲れたのかガックリと表情と肩を緩め、真面目な顔になる。


「急にどうした気持ち悪い」


「いやいや真面目な話、さっさと帰れよ」


「帰るよ。何回も言わせないでくれ」


「いやだって一応友人なんだし、心配じゃん? 最近何かと物騒なんだし」


「マジでどうしたの? 珍しくて冗談で言った気持ち悪いが現実味帯びてきたんだけど。まあでも、分かってるよそれくらい。心配してくれるのは正直嬉しい限りだけど、何せ死亡推定時刻夜間だろ? それに深夜の。じゃあ大丈夫でしょ」


 俺はバッグを肩に担ぐ。


「分かってんならいいんだけどよ、勘弁してくれよ? 友人が翌日死体になってたなんて、冗談でもごめんだからな」


「分かってる分かってる。深夜で歩かなきゃいい話だから、大丈夫だって。じゃあ、お前は部活頑張れよ。後、お前もお前でな」


 人のことを言えないが注意を仕返し、俺は教室を出ていった。




 ↓




 空はほんのり赤く染まっていた。

 秋の終わりだからなのだろう。地味に風も冷たい。首に巻いているマフラーがなければ耐えるのはさぞ厳しかっただろう。


「はー。寒いなぁ」


 冷たい両手に少し吐息を当て、熱を蘇らせる。温度に変化が生じた為、乾いていた手の平が少し湿る。

 この帰路を歩くのは俺くらいなので、周りには同じ学校の生徒はいない。というかそれ以前に人通りの少ない道を選んでいるので、人とすれ違ったり並列しながら歩いたりとかはあまりない。


「……」


 会話する相手もいないので、ポツリと呟くとすぐに黙る。俺は独り言が結構出てしまう痛い人間だが、自分の声でこの静寂が害されるのは嫌いだ。

 故に、俺の歩む道はやかましくなく静かだ。風の吹く音、鳥の鳴き声、周りの住宅から聞こえてくる生活音。聞こえてくるのはせいぜいそのくらいだ。



 ザ、ザ、ザ……



 なので、背後から確実に近づいてきてるであろう謎の足跡も丸聞こえなのだ。


「……」


 足を止め、鼻から空気を吐き出す。そして一呼吸置き、気持ちを整える。

 そして、思い切り背後を振り返った。


「ッ!」


 振り返った先には誰もおらず、あるのは今自分が歩いてきた道だけだった。それ以外には何もない。

 だが今明らかに足音がした。これだけは絶対だ。聞き間違えてはいない筈。


「……気のせいか?」


 ポツリと呟き、再び正面を向く。そして何事もなかったかのように再び歩き出す。

 歩き出してから数十秒の間は、特に何も起こらず、背後からの足音も聞こえることはなかった。

 そう、数十秒間だけは。



 ザ、ザ、ザ……



 少し経つと、また後ろから音が聞こえた。

 再び足を止める。もう一度振り返って確認だ。


 だがその時、決定的な音を耳で拾った。


 それは、タッタッタッという連続した小刻みな音だった。

 俺が足を止めた瞬間に、足音の持ち主はどうやらどこか身を隠すためにダッシュで逃げだす性質を持っている様だ。

 これでは何度やっても埒が開かない。であるならばだ。


「……よし、フェイント掛けるか」


 もう既に追跡者は俺から一定の距離をとってとっている筈なので、ここで俺が独り言を呟こうが何も問題はない。

 俺は考えを実行する為、止めていた足を再び動かした。



 ……



 やはり、最初はしばらく距離を置いているようだ。だが、時間が経つと?



 ザ、ザ、ザ……



 ほら来た。でも、脚を止めちゃいけない。歩き続けるんだ。

 俺は心の中でドキドキしながらも、自分の考えた案が通用するのではないかとワクワクもしてしまっていた。Mなのか、それとも脳がやはり末期なのかを疑わざるを得ない。



         ザ、ザ、ザ……



 歩きながらタイミングを待つ。

 早すぎても、遅すぎてもダメだ。振り返るのは、ギリギリまで粘って……ここだ!


「ッ!」


 俺は歩きながら脚を止めることなく、そのまま勢いよく振り返った。


 ……そして、


「やっぱり君か、神崎さん」


 そこにいたのは、体を縮こませながら、ビクッと体を震わせながら、大きく目を見開いてしまっている神崎 式乃の姿があった。


「あ、え、っとその……」


 驚きなのか、恐怖なのか、羞恥なのか。

 認識できないその顔のまま、式乃はパクパクと口を震わせていた。加えて涙目でなんかエロいなーと少し思ってしまった俺は多分バカだ。それにしても、

 だが今はそんなこと置いておいて、


「うーん、懲りないんじゃないかなーって失礼ながら少し予想してはいたんだけど、まさかマジで当たるなんてなー」


 俺も少々驚いてしまい、故に心の整理が間に合わず、とりあえず頭をポリポリと掻いた。

 そして、ある程度思考がまとまったと思うと、俺は固まる彼女に聞いた。


「俺、ブチギレて怒鳴り散らしたりする気とかないし、そもそもしたくないんだけどさ、とりあえず君今がっつりストーカーしてたよね? いいよ、今頃嘘はいいからさ」


 というか、今頃言い逃れできるものならやって欲しい。

 煽るように心の中で思いながら、少女の回答を待つ。

 やがて、式乃はその重々しい口を開いた。


「す、すみませんでしたっ!!!」


 開かれた口から発せられたのは、そんな叫びのような謝罪の声だった。

 さらに言うのと同時に式乃は俺に背を向けて流れるようにダッシュで去って行ってしまった。おいマジかよ。


「お、おい、ちょっと!」


 引き止めようとして、彼女に手を伸ばす。

 しかし彼女は意外と足が速いようで、俺はその速度に追いつくのは無理だと判断する。なので、追い掛けようとするのは止めた。


「……マジか」


 1人残された道路で、片手で頭を抱える。

 別に彼女に対して失望したとか、怒りが湧いてきたとかそんなのではなく、ただ単純に何故ここまで執拗にストーカーしてくるのか、その理由が知りたかった。

 ストーカーの考えることを理解するなんて不可能な話だと思うし、正直知ってみたいという冒険心の様なものは、この年齢になっても未だに根付いているのだ。

 だがたとえ知ることができないのだとしても、これで今日は彼女が来ることはないだろう。


「まあでも、これでようやく1人か」


 がっつり邪魔されたとは思ってないが、得体の知れない恐怖は消えた。

 ので、これでようやく俺は安心して家に帰ることが可能になったわけだ。


「……帰ろ」


 詳しいことは明日聞けばいっか。絶対甘くてダメな考えだとは思うけど、悪い子にはどうしても思えないしな。

 激甘な考えをした俺は、また友人の妹を利用してしまうという罪悪感を抱えながら、家に帰ることを選んだ。

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