第5話 教室の乱入者
赤い少女が宙を花のように舞う。
その斬り込む速度は疾風の如く。
重力を無視するようなその身軽さや、空気抵抗を感じさせないその速さが、動きの遅い下黒達を翻弄していく。
「フッ————」
3体いた下黒は1体、また1体と溶けて消滅していき、とうとう残り1体に。
式乃は残った敵を凝視する。
「————展開《オープン》」
そして空間に幾つもの赤い魔法陣を展開し、その中から、無数の剣を生成する。
その剣の形状は彼女の持っている刀とは違い、東洋ではなく西洋のものであった。
生成された切先は、全て下黒1体に向けられ、そこで待機する。
「アレは、あの時の」
コンクリート塀に身を隠しながらその光景を見ていた俺は、作られた剣を見て思い出す。
式乃は刀に付いた下黒の泥を振り払い、そこから流れるように剣線を前方の下黒へ。
「————発射《ディスチャージ》
瞬間、空間の魔法陣で待機していた剣が一斉に射出された。
まさしくそれは剣の雨。
躱すことを許さないその剣雨は、一直線に下黒の全身に吸い込まれていき、突き刺さる。
恐らくそれは牽制程度のものだったのだろう。次の瞬間には式乃が動いていた。
赤い閃光は剣雨を浴びる下黒に一気に接近し、ある程度間合いが詰まったところで剣雨を止ませる。
一触即発の間合い。
彼女は懐に入り込むのと同時に下黒の胴体を切り上げ、自身を宙へと浮かせる。
「セアッ!」
そのまま落下を利用して斬りつけた箇所にもう一撃、さらに深い斬撃を喰らわせた。
下黒は斬られたところで血液を吐き出すことはないが、活動不能だと認識した場合、体を泥として消滅させる。
故に、下黒達の亡骸が残ることはない。
案の定、下黒の体はドロドロになり、地面に泥溜りを作り出し、やがてその色すらも消滅した。
誰もいなくなった世界で、魔法少女は佇む。
そして「ふう」と息を吐き、刀の刃を鞘に入れて変身を解く。どうやらあの動作が変身のオンオフを切り替えているようだ。
「先輩、終わりましたよ」
振り向きながら、笑顔で伝えてくる式乃。
俺はその笑顔に安心し、震えの余韻が残る脚をどうにか動かした。
彼女に近づき、気になったことを聞いてみる。
「変身、解いちゃうのか? もう家のすぐ近くだけど、もしかしたらまた出くわす可能性があると思うけど」
「魔力も無尽蔵ではないですし、変身維持だけでも相当使ってると思うので、私は小まめに解除しています」
「ああそう。ん? ならわざわざあんな魔法使わなくていいんじゃなかった? あれも結構使うでしょ?」
「まあそうですけど。私の使える魔法はあの剣を作るだけのものですし、何より……」
「何より?」
聞き返す。
すると彼女は力強い眼差しで言ってきた。
「カッコいいところ、見せたいじゃないですか」
↓
式乃に護衛された俺は、その後下黒に遭遇することなく、安全に佐々木邸へと帰ることができた。
「結構遭遇しませんでしたね。それはそれでいいんですけど」
式乃にとっては、魔力の補充ができない理由で心から喜べないようだ。
だがこちらからしては、もうあんなのと遭遇するのは本当に勘弁してほしい。利用してるあっちと助けてほしい俺では、違いがあって当然ではあるんだが。
「こっちとしてはよかったよかった。もうあんなのに会うのは御免被りたいよ」
俺は家の扉を開けて玄関に入る。
玄関には靴が1足なかったので、まだ姉は仕事から帰ってきていないのが分かる。
扉を開けたまま振り返り、玄関前の式乃と対峙する。
「じゃあ今日はありがと、と言いたいところだけどストーカーはなんだかんだでされてたわけだしとうとう家の前まで来ちゃったし、感謝の言葉を述べるべきか分かんないなぁ」
「うっ。そ、それはそう、ですね。迷惑、でしたよね」
式乃は俺から目を逸らす。
俺は少し唸りながら悩んだが、やがて結論を出した。
「……助けられたんだし、ここまで引きずるのも面倒だし、まあいっか。それじゃあありがとう、式乃さん。君のお陰で助かったよ」
感謝の言葉を述べると、式乃は一瞬目を丸くし驚いた様子になったが、やがて優しい笑みに変わった。
「はい。利用し合う者同士ですもん。これくらい当然です」
ハッキリ言い切る式乃。
彼女のその反応と顔を見て心にグッと来たものがあったが、それはどうにか理性で抑える。このタイミングで可愛いと口に出そうになった俺をぶん殴りたい。
「それじゃあ、私はこれで失礼します」
式乃は頭をペコリと下げ別れの挨拶をする。
「……1人で?」
俺は心配に思い確認する。
確かに彼女は強い。そんなことは分かっている。
だとしても、こんな時間に女の子1人で外を歩くなんてのは歳上として、男として心配にならざるを得ない。
彼女は問いに対して頷き、答える。
「はい、1人です。でも心配しなくても私は大丈夫です。怪しい大人に声かけられたりしても、これでブッ込みます」
式乃は担いでいる刀の入った袋を指し、自信があるのを強調してくる。
「自信あるのは結構だけど、何かあってじゃ遅いから。そうだ、一応連絡先の交換を……っていきなり言われたら嫌だよね、キモいよね」
「い、いえいえそんなことは———」
「いやいいんだよ。でも一応何かあったら怖いからさ、ちょっと待って。今紙に俺の番号だけ書くから」
俺は玄関の棚に置いてあった紙にスマホの電話番号を書き記す。
別に大丈夫だと言う式乃だったが、それを無理矢理押し切り、彼女に紙を渡した。
「汚い字で申し訳ないんだけど、これ俺の番号。なんかあったら連絡して」
「別に私は交換してもよかったんですけど」
「いやいや、最近は他人にスマホの中覗かれて連絡先で関係疑われていじめに遭うとか、多いんだよ。俺なんかと関係疑われたら、君からしたら迷惑でしょ?」
「ですから、そんなの私は気にしませんよ」
「いいからいいから。あと、学校では俺と関わりあるなんて言いふらさないでよ? 俺の被害ならまだしも、君にも被害出ちゃうから。俺的には、自分のせいで他人に迷惑かけたりするそっちの方がメンタルにくるから」
「先輩、被害妄想が過ぎると思います」
後輩にツッコまれた俺は、考えすぎてしまった自分をどうにか制し、コホンと喉を鳴らした。
そして改めて……
「……まあとにかく、もう夜も遅いから俺は中に入るよ。君も気をつけてね」
「はい、先輩もお疲れ様でした。おやすみなさい」
「うん、おやすみー」
互いに別れの言葉を告げると、俺は外へと通ずる扉を倒し、パタンと閉じた。
✳︎✳︎✳︎
翌日。
いつも通り学校に登校した俺は、昨晩の疲れと背中の痛みが取れず、机に上体を倒していた。
「あぁぁぁ」
その光景を、雪次が前の席から身を捻って眺めていた。
「佐々木 紘さんさー。どういんですかその態勢は?」
その言葉に対し、俺は鬱陶しそうに返す。
「……昨日は疲れたんだ。まだ体のだるさと疲れと痛みが抜けてないだけ。だからこうしてる」
「疲れたって。お前さん帰宅部だろ? 何に疲れるんだ?」
「帰宅部だからこそ疲れたんだ。いや、あれは誰であってもこうなる、きっと」
「そんなヤバいことを⁈ ……何してたんだよ昨日」
珍しく雪次は声を張り上げ、割と、いや多分大袈裟なリアクションだろう。だが、心配に思ってくれてはいるようだ。半分以上馬鹿にしてるのはあると思うけど。
俺はそれに対し自然に、そしてテキトーに言う。
「追っかけられて、追っかけられて、刀出てきた」
「あーなるほど。分かったお前、お姉様怒らせて追っかけ回されたんだろ?」
「……まあそんな感じ」
いい感じに間違っててくれた。
「いやーそれは災難だったなー。てか、刀持ち出されたのかよお前」
「怖かった、マジで怖かった」
「だろうな。銃刀法違反だぜ? どうやって沈めたんだ?」
「ファミレス」
「弱いなお姉様⁈」
そんな風にテキトーに雪次のことを相手していた時だった。
ガラガラガラ
教室の扉が開いた。
開くこと自体には何もないのだが、開いたのと同時に何故か教室内が静まり返った。
しかし、俺にはそんなことなどお構いなし。今は少しでも疲れる体を癒さなくてはいけなかった。
そして、透き通った聞き覚えのある声が響いた。
「すみません。佐々木 紘先輩はいますか?」
「……ん?」
親はその声に体を起こし、働かない頭を開いた扉の方へと向ける。
そこには雪次の中2の妹、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます