第4話 マジカルゲーム
「えーと、そうですね。チーズハンバーグ、スパゲッティ、海鮮サラダ、以上で。佐々木先輩はどうします?」
ファミレスのテーブルで、普通の制服姿の式乃は目の前の俺に注文を促してくる。
「ああ、じゃあ俺はコーヒーとティラミスで」
「かしこまりました。ご注文確認させていただきます。チーズハンバーグが1つ(以下略)……以上でよろしかったでしょうか?」
「はい、それでお願いします」
店員は確認を終えると、店の奥の方へと戻っていった。
店内に人はあまりおらず、いるのは仕事帰りの数人くらいであった。
人がこれくらいなら問題ないだろう。こんな話、そんな大声で言えるものじゃないし。
「それで? 1から10まで説明して貰いたいんだけど」
俺はテーブルの上で腕を組みながら彼女に聞く。
「そ、そうですよね。いきなりあんなことになったら、そうなりますよね」
式乃はそれに対し苦笑いする。いや笑い事じゃねえって。
俺はコホンと一度喉を鳴らし、話に入った。
「それでまず、君は何者なの? なんか昼間はストーカーやってたと思ってたら、夜はドレス着て刀であのバケモノ倒してるって、色々な属性をお持ちのようだけど?」
「そんな言い方やめて下さいよー」
「でも事実じゃん」
「り、理由があるんです、私にも色々と」
式乃はプクッと口を少し膨らませる。
そして一呼吸置くと真面目な話へと入った。
「で、実際何者なの? 君。ここで誤魔化されたら流石の俺でも真面目に怒っちゃうから正直に話して欲しいんだけど」
「……はい。正直に話しますけど、信じてもらえない話だと思います」
「いいよそこら辺は。もうさっきので十分摩訶不思議だったから。ここまできたらなんでも信じるよ」
彼女はそれを聞くとホッとしたように息を吐き、軽く頭を下げる。
「ありがとうございます。では、話させて貰います。私が何者か、なんで先輩をスト……尾行していたのか、あのバケモノはなんなのか」
言い出す直前に、頼んでいたコーヒーが運ばれてきたので俺はそれを受け取り、軽く口に含む。
そして彼女は口を開いた。
「私は……私は、魔法少女なんです」
その瞬間、喉にコーヒーが引っかかった。
「ケホッ、ケホッ、ケホッ!」
「だ、大丈夫ですか?」
「うん、ケホッ、大丈夫。ちょっと驚いただけだから、ケホッ」
俺は再び喉を鳴らし、狂った喉を元に戻す。
大丈夫なのを確かめ、俺は聞き間違いではなかったのかどうか聞く。
「……えーと、魔法少女って、あの? 魔法使って問題解決! みたいなやつ?」
「はい、世間ではそういう認識で、というよりそれは漫画やアニメによる影響が強いですけどね。ですが私の場合は魔法を戦いに使うので、あんな風にキラキラしたものではないです」
「まあ俺からしたら十分キラキラしてたけど。でも言われてみれば魔法少女にしては結構ヤバい敵相手に戦ってたし、俺のイメージはメディアによるものだったからな」
確かに、日本のアニメや漫画による影響で魔法少女という概念そのものがその方向性を決定づけられてたから、実際とファンタジーが違うのは当然か。
式乃は続ける。
「それで、あの黒いバケモノの名前は
「え? 待って、あの事件ってあの下黒って奴の仕業だったの⁈」
「はい。しかも奴らはこの町に何体も存在していて、発見されたのはここ2週間で10人程ですけど、他はただ見つかっていないだけで、その被害は3桁を優に超えています」
「3桁……そんなに被害が」
とんでもないことを聞いてしまった。
まさか、裏ではそんなに被害が。それに下黒……こいつらがこの連続猟奇殺人事件の原因だったなんて。
「じゃあ、君はその下黒を倒すために魔法少女を? この町を平和にするために?」
彼女が魔法少女をやっている理由は恐らくそれであろうと、確信していた俺だったが、その確信は彼女によって否定された。
「いいえ。私は別にこの町がどうなろうと、誰が死のうと、どうでもいいんですけど」
「は?」
その言葉の意味が一瞬理解できず、俺は思わず笑い出した。
「フッ、ハハ。いやいや違うでしょ? じゃあ君は何のために魔法少女に? 下黒を倒す以外に目的とかあるの?」
「当然ありますよ。それも説明します。そもそも下黒という存在自体、ただのシステムの一部です。私、いえ私達にとっては魔力を補充する為のいわば魔力の溜まり場、分かりやすく言えばガソリンスタンドです」
「魔力のスタンドって……それじゃあ君は下黒達が人を食べて吸収した魔力をまた吸って、つまり、実質人の命を———」
「はい。利用しています」
言いにくく続かなかった俺の言葉を、式乃が引き継いで答える。
言えるかよ。そんな簡単に口に出せるものかよ。しかもその当事者があっさりと。
「続けます。では本題の私は何の為に魔法少女になったのか、について話させてもらいます。率直に言うと、今とあるゲームに参加しています」
「ゲーム……?」
「そう、ゲーム。一般人から搾取した魔力の塊である下黒を倒し、吸収した魔力を使って計5人の魔法少女が願いを賭けて殺し合うゲーム。その名も"マジカルゲーム"。己が欲望の為に他人を利用し、蹴落とし、殺す、死のゲームです」
「……」
意味が、分からない。
他人を殺して生き残るゲーム? なんだよそれ、意味分かんねぇよ。
「そんな、悪魔みたいなゲーム……それに式乃さんが……ッ! じゃあ、さっきのは何なんだよ! 何で俺を助けた⁉︎ 魔力を補充するなら俺が食われた後で十分だろ!」
俺は勢いよく席を立ち上がり、前のめりになって彼女に顔を寄せる。
「せ、先輩、声声」
思わず叫んでしまった俺に式乃は人差し指を唇に当てて知らせる。
周りを見てみると、テーブルに座っている客達が一斉にその視線を俺に向けていた。
俺は「あ」と思わず声を漏らし、黙って席に座った。
式乃はハハハと苦笑いで誤魔化し、ある程度落ち着くと話を再開した。
「……先輩を助けたのには、ちゃんと理由があるんです。先輩は気づいていないと思うんですけど、実は先輩は、下黒に狙われやすい体質なんです」
「え、俺が?」
俺は自身に指を刺し首を傾げる。
「はい。狙われやすいということは、自然とその周りには下黒が集まってくる。奴らの活動時間は夜の8時から3時、最も活発になるのは深夜0時から2時まで。その間に先輩が外を出歩けば遭遇するのは当然なんです。奴らは近くの人を察知して一番狙いやすい且つ、引き寄せられる人を探すので、他に誰かが近くにいたとしても最優先になります」
「なんだよそれ……」
事実に悲しく思った俺は、頭を抱えてテーブルに顔を伏せた。
しかしその間も、式乃は話を進めた。
「なので、私は佐々木先輩のことを助けたんです。先輩、今の話を聞いて不思議に思いませんでしたか? 狙われやすいのになんで今まで一度も襲われなかったのかって」
「……言われてみれば」
そうだ。狙われやすいのなら、家にいる時だってあの怪力で家の壁を破壊して押し入ってくる筈だ。
でも、だとしたらおかしい。連続猟奇殺人事件の始まりは確か2週間前、少なくとも2週間前から奴らは活動していた筈。
でも、一度も俺は襲われていない。3桁の犠牲があるにも関わらずだ。
「いや、でもそれだと色々とおかしい……ッ! まさか、ああそういうことか」
理解できた。
俺が襲われなかった理由。加えて、彼女が俺をストーカーしていた理由が。
「式乃さん……君、俺も利用してるでしょ?」
「……」
「引き寄せやすくて狙われやすい。つまり俺の周りには自然と下黒が集まってくる。君にとって下黒は餌。わざわざ探さなくても勝手に集まってくる俺の周りは宝の山だ」
「……」
彼女は黙ったままで何も言わない。
罪の意識を感じている、というものではなさそうだ。自分に不利な話になったので言い返せないといったところだろう。
「そうなると、今までのストーカー行為にも説明がつく。俺をストーカーすればいずれ近くに下黒どもが現れるからな。まだ明るい時間にストーカーしてた理由は分かんないけど、ほとんどそんな理由でしょ?」
「……はい」
式乃はポツリと返事する。
「迷惑で、とても酷いことなのは分かっていましたが、生き残るためにはどうしても必要なことだったんです」
「必要なことって、利用してストーカーすることが?」
「はい。でもその……怒ってますよね?」
恐る恐る確認してくるが、俺はため息まじりの答える。
「……はあ、当然でしょ。でもまあ利用されたはされたけど、それに助けられたことも事実だから結果としては命の恩人ってなるわけだし。物は言いようだけど。ああーでもどうだろ? 怒り通り越してる気がするから、まあどうでもいっか」
「私としてはどうでもよくはないんですけどね?」
式乃がガックリしていると、注文していた品がゾロゾロと運ばれてきた。
式乃は俺のティラミスに比べてかなり量が多く、チーズハンバーグにスパゲッティ、海鮮サラダを注文していた。にしても、多すぎやしないかこれ。
「君、こんなに食えるのか?」
「はい、問題ないです。いやー今日ほとんど何も食べていなかったのでお腹ペッコペコで。先輩も遠慮せず頼んで下さい。今朝の約束をここで果たします」
「それはいいけど、だからと言って食い切れないとかやめてくれよ」
式乃は「はい!」と笑顔で返してくる。そして彼女は並べられた料理達にかぶりついた。
「……」
その光景をコーヒーとティラミスを苦い顔で頂きながら眺める。
それはそれは無邪気な顔だったので、少し思うところがあったのだ。
悪意を感じない……純粋に笑えていられるというのか。さっきは暗い顔をしていた筈なのに、切り替えが早いというか、気にしていないというか。
割り切っているわけでもなさそうだし、そうなると考えてすらいないのか、犠牲というものを。
でも……にしては何か、笑顔の裏に隠しているような……
「? どうしたんです?」
ジロジロ見ている俺に気がついた式乃は、口元を紙で拭きながら首を傾げる。
「いや、少し。君が俺を利用するっていうのなら、帰りも護衛についてくれるんじゃないかって思って」
「はい、そのつもりですよ。お互い利用し合いましょう。助け合い助け合い」
「君さぁ、これを助け合いだって本気で言ってんの?」
やはりこのストーカー後輩はストーカー行為を除いたとしてもどこかズレているようだ。
↓
「そういえば、君が持ってるそれってあの時の刀、なのかな?」
ファミレスを出た後の夜の帰路を進みながら、俺は式乃の担いでいる竹刀袋を指して聞いてみる。
俺が遭遇したあの下黒を倒して変身を解いた時に、トドメに使った刀だけは消滅しなかったので単純に気になったのだ。
「はい。これは所謂、魔法少女になるための変身アイテム。通称“ステッキ”です」
式乃は刀の入った袋を掲げる。
「ステッキ、って。めっちゃ刀だけど?」
「いえ、渡された時にこれが君のステッキだと言われたので、恐らくステッキというので合っているかと」
俺がツッコミを入れてみたが、式乃はステッキなのだと言い張る。よく違和感なく言い切れるな。
「まあいいんだけど、そもそもそんなの誰に貰ったの? まあ聞いたところでなんだけど」
式乃は袋を肩に担ぎ直しながら、俺の質問に答える。
「これはこのゲームの主催者、つまりゲームマスターを名乗る男の人に貰ったんです。その時にゲームの説明も全部してもらいました」
「ゲームマスター……やっぱり主催者的存在がいて、これを運営してるって感じなのか」
「はい。まああちらから何か私に干渉してくるとかはないですし、ただゲームを運営しているだけだと思いますけど」
「運営してるだけで、干渉はしてこない、か。ちょっと怪しくない? それ」
「怪しくてもいいんです。願いが叶うなら、それで」
「本当に叶うなんて確証がなくても?」
俺の言葉に、式乃は顔を暗くする。やがて足の進みを遅くしていき、そして止まる。やはりこのゲームに対して何かしらの不安があるのか。
「そうですね……確かにこのゲームには不明な要素が多すぎます。他の魔法少女を殺す必要が本当にあるのか、何故一般人まで巻き込むのか、そもそも願いは本当に叶うのか。分からないことだらけで、正直不安です。でも……」
「でも?」
俺が聞き返すと、銀髪赤眼の少女は顔を上げ、顔を覆っていた闇を祓う。
そして口を開ける。
「私は、その不確定要素に縋るしかないんです。それも全て、私の願いを叶えるために。私の命に変えても、この願いだけは譲れないんです」
そうハッキリと言い切ると、彼女は俺の前に出て、担いでいた竹刀袋を下ろす。
その行動がどういう意味を持つのか。考えるまでもなかった。
瞬間、あの足音が響いてきた。
「ッ! 来た⁈」
耳に響くのと同時に、足が震え出す。呼吸が荒くなる。鳥肌が全身に広がる。
ダメだ。やはり覚悟していても恐怖を殺せない。あの下黒《死》に、体はまだ慣れない。
足も固まって動きを忘れている。今にも逃げ出したい気持ちに対し、現実は逆へと向かってしまっている。このままでは、殺されてしまう……
……だが、それは俺1人だけだった場合、だ。
「下がっていてください、と言いたいところなんですけど、その状態ではちょっと無理そうですね。じゃあゆっくりでいいです。少しでも遠くへ」
今は彼女、神崎 式乃がいる。
足のすくんでしまっている俺とは違い、彼女はこの状況でも従容としてた姿勢をとっている。
式乃は袋から白と赤が絡み合う柄を持つ刀を取り出した。
その間に俺は彼女の指示に従い、動かない足に力を込めて後ずさる。
俺がある程度下がったのを確認すると、彼女は刀の柄と鞘に手を掛け、腰を落として抜刀の姿勢をとった。
「よし……では、参らせていただきます」
正面からは、先程と同サイズの下黒がなんと3体も迫ってきていた。
その光景を見た俺はさらに顔を青くしたが、彼女は寧ろその瞳を鋭くし、攻撃的な視線を向けた。
そして……
「魔法変身」
彼女は刀を鞘から引き抜き、同時に魔法少女への変身を開始した。
光が式乃の全身を覆う。
その光は彼女の服装を順番に変化させていき、制服は赤いドレスへ。靴下は黒タイツへ。スニーカーはヒールブーツへ。おまけに顔は軽く化粧をされ、最後に後ろ腰にリボンが装着される。そして変身は完了した。
赤き魔法少女は瞳を閉じたまま、手に持った刀の先を下黒達へと向ける。
そして瞼を開けその赤い眼差しを露わにする。
……少女は口を開く。
「変身 完了———
魔力 浸透———
魔法陣 展開可能———
戦闘———開始します!」
そして、少女の戦いが始まった。
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