第4話 卑怯な戦い
※ここから3話程戦闘シーンは続きます。文字数もかーなーり多くなります。スミマセン……
夜6時30分。
夕食を済ませた俺と式乃だったが、彼女は刀型のステッキを手に、公園に向かおうとしていた。
理由は、今夜行われる羽河 薫子との戦いの為だ。
当然のことだが、俺もそれに同行するので準備をしていた。
動きやすい服に、履き慣れた靴、そして一応の薬。痛み止め程度だが、無いよりはマシだろう。
そう思いながら、リビングでお互いに準備を進めていると————
「先輩。今更ですが、先輩も行くんですか?」
式乃がそんなことを聞いてきた。
俺は当たり前だと思っていたので逆に聞き返す。
「そうだけど。逆に行かないと思ってたの?」
「いえ……でも危険ですよ。私はともかく先輩は生身。普通それで来ますか? それに先輩は前回のこと、本当に反省しているんですか?」
前回のこと。それは、あの黒い魔法少女と戦ったあの時のことだろう。
確かに、あの時は無茶をしすぎていた。そんなの分かってる。
俺はそれに答える。
「反省してる。今回はよっぽどのことがない限り無茶をするつもりはないよ」
「それは、よっぽどのことがあればするって捉えても?」
それを言われたら何も返せない。
だがハッキリと認めてしまったら、それはそれで止められるだろう。
式乃は一度ため息を吐き、続ける。
「いいですか先輩。そもそも先輩は、この殺し合いとは全く関係のない一般人なんですから来なくてもよくて、いえそれ以前に危ないので来ない方がいいんです。帰りの最中だったので仕方がなかったかも知れませんが、今回は状況が違います。まあ、下黒に察知されないように、窓から顔を出したりしなければですけど」
確かに式乃が言っていることはごもっともだ。俺がその安全な選択をとれば、命が落とすようなこともないし、彼女も伸び伸びと戦えるのかもしれない。
しかし、俺はそれでも譲ることはできないという面倒な性格の持ち主だ。故に首を横に振り、言葉を返す。
「……分かってる。けど、それでも行かせてほしい。自分の我儘だけど、俺は君らが一線を越えて、後戻りできなくなるのを何としてでも防ぎたいんだ。それが無意味なのだとしても、何もしないまま後悔するよりは、ずっといい」
自身の右手の平を眺め、握りしめる。その行動をすることで、自分自身と式乃に言い聞かせる。覚悟はできている、と。
「安心してほしい。基本は言いたいことを喋って、戦闘せざるを得なくなったら物陰に隠れてるから。けど、殺すまでに発展したら全力で止める。その時は多分、式乃さんとの約束は破ってしまうと思うけど、その時はごめん」
自分の行動内容を伝える。本当に、自分勝手な理想ではあるが、これが最低限にまで絞った俺の行動だ。
式乃はあまり良い顔をしていなかったが、諦めたのか、やがて一度頷いた。
「分かりました。反省していない上に同じことを繰り返そうとするのは解せませんけど、基本は自分の命のことをまず第一に考えるのなら私は止めません」
彼女はそう一言述べる。
そして俺に背を向けて、玄関の方へ進んでいく。
そこで俺はボソッと言った。
「————いや君もストーカー反省してなかったし、繰り返したじゃん」
式乃はその言葉に足を止める。
そして気まずそうな顔をしながら振り返り一言。
「あ……それは、その……すみませんでした」
あ、ヤバい。今ので空気というかペースというか、色々と崩れた。
俺は今のタイミングで言うべきではなかったというのを理解するのと同時に後悔した。
↓
丁度7時頃、俺達は例の公園に到着した。
パッと見だと誰もいないように見えたが、公園内に備え付けられたベンチには彼女が脚を組んで座っていた。
その少女、羽河 薫子は俺と式乃を視認すると立ち上がり、こちらに向かって歩みだしてきた。
そして歩きながら口を開く。
「時間ギリギリね。私自称意識高い人間だから、1時間も前からここで待ってたんだよー?」
羽河は俺と式乃との間で一定の距離を保ち、対面する。
すると彼女は、俺の姿を以外そうな目でジロジロと凝視した。
「へぇ〜、その人連れてきたんだ。何? もしかして助っ人? 何かできるようには思えないけど」
小馬鹿にされたがそれにより怒りが湧くことはない。その程度なら事実として受け止められる。
俺は羽河に言うべきことを言う。
「羽河さん。俺みたいな部外者が口を出すべきじゃないってのは分かってるけど、それでも言わせてほしい」
「ふーん、枠の外から言ってくるのね。いいよ、話くらいなら聞いてあげる」
「そう……なら単刀直入に言わせてもらうよ。————この戦いを、やめて欲しい」
「……へぇー」
俺の言葉に薫子は一瞬だが驚いた様子だった。
「俺は、この殺し合いは間違ってると思ってる。個人的な願いの為に、他者を殺すなんて。それは、決して誉められるようなものじゃない。寧ろダメに決まってる。そんなので得られるものは悲しみだけだ。だから……だから君にも、この戦いを続けるのはやめて欲しいと思ってる。理想に縋りすぎだってのは自分でもよく分かってる。でも、それでもなんだ」
気がつくと、目の前にいる羽河の表情は真剣なものになっていた。
これは、もしかして真面目に検討してくれるのではないか。そういった期待が胸の中に現れてくる。
そして彼女は口を開く。しかし話し掛けるの対象は俺ではなく、式乃であった。
「……アナタもこんな話、されたの?」
「そうですね。直接は言われてませんが、その考えは知っています」
「でもその感じだと、賛同してないってところか。ふーん……まっ、無視してやろっか」
彼女はサラッとそう言い、俺に視線を戻すことはしなくなった。
相手にすらしてない、ってことか。
無理だと悟った俺は、下手にしつこくすることなく、身を引くことにした。
✳︎✳︎✳︎
先輩は私達から離れ、コンクリートで作られたトイレの壁の陰に身を寄せた。
事前の話通り、先輩は私の邪魔をしない為に気を遣ってくれたようだ。
目の前に立つ羽河は口を開く。
「結構しつこいかと思ってけど、案外潔いんだあの先輩。————それで? 早速やるの?」
「当然です。すぐに始めましょう」
私は刀を取り出し、抜刀の構えをとる。
それを見た羽河は掛けているメガネを外し、手に持つ。恐らくあのメガネが彼女のステッキなのだろう。
張り詰める空気。
流れる沈黙。
湧き出す殺意。
その雰囲気はまさしく異常。
そして互いにあの言葉を口にする。
「「魔法変身…… !!!」」
赤と黄の光が私達を包みこむ。
赤い光は私へ、黄色い光は羽河へ。
光の中、私の体には赤いドレスが全自動で装着され、それと同時に光が止んだ。
光が収まるのと同時に視界が開かれ、私と同様に光に包まれていた羽河の姿が目に映った。
そこには黄色と白がメインのドレスに身を包み、長く黒かった髪の色まで黄色に塗り替えられた羽川の姿があった。
彼女は両手に刃が大きくギザギザとした両刃の双剣を持ち、黄色い瞳で私を凝視する。
私もそれに対抗し、鋭い目線を向けた。
抜刀した刀を両手で持ち、その剣先を彼女へと向ける。
対して彼女も双剣を構え、殺意を私へ。
一触即発。今の状況はまさにその言葉が相応しい。
手汗が滲む。
心臓がバクバクする。
怖いわけでも、緊張しているわけでもない筈なのに……けど、殺る。殺らなくてはいけない。だってそう、決めたのだから……
————そして、私は地を蹴った。
踏み込んだ地面は割れ、駆け出すのと同時に砂埃が舞う。
私は赤い風となって彼女との距離を一気に縮める。
そして間合いが1メートルを切った瞬間、私は刀を振るった。
「フッ!」
ヒュンと。空を切る音が鳴った。
切先は半円を描く軌道に乗り、羽河の首元へと向かう。
しかし彼女も魔法少女。黙っている訳がない。
彼女は私の斬撃を双剣の片方で受け止めた。
金属同士の接触により、鋭い音と火花が散る。
「ハッ!」
そしてもう片方の剣で反撃の一撃を喰らわせようと、その剣先を私の胸元へと突き出してきた。
私はその攻撃を見切り、剣先が胸に到達する前に後方へと飛び、間合いを作った。
後方へと飛んだ体にはまだ余力が残っており、一呼吸を置かなくても戦えると言っている。
故に私は着地と同時に、その後ろへの勢いを利用し、突撃の為の燃料にする。
チャージの為に流れる時間はコンマ秒程。その間に十分な溜めができた私は、彼女へ向けて脚に掛かるエネルギーを一気に解放し、突撃した。
再び縮まる距離。
「ハァァ!」
「テァッ!」
そして接触と同時に交差する3つの得物。
その得物達を使って繰り広げられる攻防戦は、もはや常人には対応不可能な領域であった。
彼女、羽河 薫子の戦い方は非常にトリッキーなものだった。
彼女の持つ双剣。これは私の使う刀よりも刀身が短く、リーチの大きいものとは言えないが、それ故に攻撃の速度が速く、回数も多かった。
だが何よりも驚いたのは、その双剣の機能だ。
それは、私が魔法により無数の剣を作り出し、射出した時だった。
なんとその時、彼女の持つ双剣の刀身が横にブロックずつで分かれていき、刃が付いた鞭モードへとモードチェンジしたのだ。
羽河はその両手に持つ2つの鞭で、降り掛かる無数の剣達を薙ぎ払った。
当然、私はそれに大層驚き、この戦いは一筋縄ではいかないのではと一瞬だけ考えた。
————しかし……
「へぇ、やっぱりやるじゃん」
何十撃も打ち合った後、双剣と刀の刀身が接触し、ジリジリと火花を散らしながら鍔迫り合いをする。
彼女は息を整えながら続ける。
「……結構やれるものだね、私も。これ、善戦してるって言っても過言じゃない?」
軽口のつもりか、それとも煽っているのか、どちらともなのか。定かではないが、余裕がある風に姿を見繕っている。
「フゥ、ねえ? 何とか言ったらどう? さっきから黙りっぱなしだけど」
「……」
「反応なしぃ? あ、もしかしてアナタ、限界来た?」
その言い方に正直私はイラッときた。
だが、私は既に分かっている。彼女はもうこれが限界なのだと。
その証拠に、彼女の額からは汗が流れ出し、呼吸も乱れてしまっている。
何より、撃ち合いを続ければ続けるほどその攻撃の威力が落ちている。
私は口を開く。
「いえ、貴方程じゃないですよ。まだまだいけます」
「何ですって?」
羽河は顔を歪ませる。
私はそれでも続けた。
「だから————そろそろ終わらせましょう」
その一言と共に、私は鍔迫り合いで拮抗していた彼女を、力で押し返し、無理矢理間合いを作らせる。
「ウアッ⁈」
羽河は押し返され、勢いのあまり双剣を持つ両手を跳ね上げてしまう。
だが彼女はすぐに切り替えて体勢を整えようとした。
————けれど、私がその一瞬の隙を見逃す訳がない。
私は下がる彼女を追い込み、追撃の一太刀を与える。
その攻撃を彼女はどうにか双剣で受けたが、既に力が入らないのに加え、いきなりすぎて反応が遅れたのが原因で腕が再び跳ねる。
「————クッ!」
もはや直す暇がなくなった険しい表情。
「セアッ!」
そんなものお構いなし。
私はそんな状態の彼女に2撃、3撃と続けて技を繰り出す。
「ウッ、クゥ、アア⁈」
彼女は体勢を整える間も無く、私からの攻撃を受け続ける。
その攻撃はまさに嵐の如く。
休む間を与えないそれは、彼女からすれば鬼畜以外の何者でもないだろう。
そして、連撃を受け続ける彼女の両手から双剣を弾き飛ばし、引き剥がすことができた。
彼女は手から得物が無くなったことに気がつくと、すぐに背後に飛んで私との間合いを作った。
「はぁ、はぁ、はぁ」
息を整えようとしながらも、腕は落ち着かないのかプルプルと震えている。
恐らく腕の筋力が限界を超えて痛みと疲労のあまり痙攣を起こしているのだろう。
対して私だが……まだ全然動く。疲労はあるものの、この程度は下黒退治してる時と然程変わらない。
私は羽河に言う。
「勝敗は決しました。このゲームから降りて悔しくも生き残るか、私にここで殺されて惨めに転がるか、どっちがいいですか?」
彼女に突きつける選択。
そのどちらも嫌な選択ではあるが、先輩のことを考えると前者の方がいいのかもしれないと、私は思った。
彼女は私をキッと睨みつける。その瞳には殺意以外には何もなかった。
そして口を開く。
「……どっちも嫌に決まってるでしょ、馬鹿にしてる? ホントマジで腹立つ」
どちらとも拒否される。
なら仕方ない。我儘を何でも通していたら埒が開かないから、彼女を……殺そう。
そう思った私は、ゆっくり、確実に。彼女へ向かって歩みだした。
「……アナタ、何? 勝ったつもり? ハハ、自分勝手だなー。ちょっとはこっちの意見くらい————聞けや」
声のトーンが変わる。
だがそんなこと私には関係ない。殺せるなら、殺せるうちに、殺してしまおう。
私は進みを止めることはしない。
「ああ、じゃあ、いっか。ほら————」
すると、彼女は片手を肩の高さまで上げ、指を鳴らす形をとる。
そして————
「————出番だ、クズ共……!」
パチンと、指を鳴らした。
乾いた音色だったが、その音はこの公園内へと響き渡る。
それを見ていた私は、こんなことを思った。
何をしだすかと思えば。たかが指鳴らしに何ができるのか。
そうだ、確かにそうだ。指を鳴らしたところで状況は変わらない。変わる訳がない。
しかし、しかしだ。何なんだろう、この胸騒ぎ……
だがそう思ったのもほんの一瞬。すぐにその結論は脳内で浮かんできた。
結論が出るのと、私は走りだす。
そうだ。私はまだ見ていない、知れていない。彼女の、羽河さんの魔法を、一度も……!
全速力で疾走したが、時既に遅し。
それは、起こった……!
彼女と接触しようとした瞬間、どこからともなく何かが私に向けて投擲された。
「————ッ!」
私はその攻撃にどうにか反応し、投げられた物を刀で弾く。
キィィンと響く金属音。その音は、投げられた物が刃物であるということを知らせた。
その一瞬の間に、羽河は私と距離をとる。
彼女は公園の中心にある噴水の前に立つ。
すると、公園の周りから複数の足音が聞こえてきた。
ザ、ザザ、ザザ、ザ、ザザザザ……
足音はどんどん大きくなっていく。どうやらこちらに近づいてきているらしい。
そして、その足音の持ち主達は公園内にぞろぞろと足を踏み入れ、羽川の周りに密集した。
数にして20人はいるだろう。
夜で顔や服装がはっきりと見えないので、少し目を凝らしてみる。
「なっ—————」
その正体が分かった瞬間、私は息を呑んだ。
見覚えがあったのだ。というか、今日既にあの姿を見ている。
今の私は恐らく、困惑の表情で顔を固めていることだろう。
「何で……何で貴方達がここに⁈」
思わず声を上げる。
それも仕方がないだろう。何せ、目の前にいるのは学校の制服を着た羽川のクラスメート達だったからだ。
クラスメートの内の2人はさっき弾き飛ばした羽河の双剣を回収し、走って彼女へと渡した。
羽河はそれを無言で受け取ると、驚く私の反応を見てニヤニヤと不気味な笑みを浮かべる。
そして口を開く。
「じゃあ……第二ラウンド、やろっか」
羽河を取り囲むように並ぶ生徒達の顔は、どれも恐怖で染まっていた。今にも逃げ出したい、帰りたい、死にたくない。そんな顔だ。
その表情から察するに、恐らく強制的にこの場に連れて来られたのだろう。
だが、私はそうだったとしても分からなかった。
羽河が圧倒的な力を所有しているのだとしても、この公園に来るのを拒み、来るのを止めることだってできた筈だ。
にも関わらず、彼ら20人近くの生徒達は、抵抗することなく潔くこの場に来ている。
謎。そして明らかに不可解だ。
私は口を開き、羽河に聞く。
「羽河さん。貴方のクラスメート達が何故この場に来たのか、説明してもらえますか? 彼らはここに来ることを拒むことができた筈なのに、どうして? そして何故、彼らを呼んだのか。私はそれが、貴方の使う魔法が原因なのではと思うんです」
質問を聞いた羽河は、それに対してフッと鼻で笑い、答えた。
「ええ、いいわよ。私をここまで追い込んだんだから、特別に教えてあげる。まあ、はっきり言っちゃうとアナタの予想は正解。私の魔法が理由で、このクズ共はここまで来た。じゃあ、どうやって来たのか? 私の魔法は、どういったのもなのか? 残念だけど、派手で分かりやすいアナタのような魔法なんかとは違って、私のは地味なものよ」
彼女は「例えば」と言いながら、側にいる1人に目を向ける。
そして君に決めたと言わんばかりに目を細め、すぐにその顔をこっちに向け直す。
「じゃあまず簡単に見せると、私の魔法はこれ」
すると————不思議なことが起こった。
なんと、彼女の長く黄色い髪の一部がひとりでにくねくねと、まるで触手のように動き出した。
「ッ! 髪が……⁉︎」
私はその光景に目を見開く。あまりにも驚いたので声も漏れた。
「そう。これが私の魔法。髪の毛1本までを自在に操ることができる、地味なもの。でもね、結構使い勝手が良くて、手まで細かくはこなせないけど、これくらいはね」
髪は動くだけではなく伸縮もするようで、その動く一部の髪の束は1人の女子生徒の首元まで先端を伸ばし、絡みつく。
女子生徒は恐怖で表情を固めるものの、何故か抵抗することなくそれを受け入れた。
そして髪は、女子生徒の首を力強く締め出した。
「あ゛あ゛っ! ク、アッ————」
女子生徒は苦しみの声を漏らしながらもがく。
口元からは締め付けの影響で唾液が溢れ、目は眼球が飛び出しそうなくらいに見開かれ、涙を流す。
顔の色は一瞬で赤く染まり、今にも破裂するのではないかと思う程だ。
「やめてっ!」
咄嗟に私は叫んでしまう。
それを聞いた羽河は、潔く首から髪を解き、女子生徒を解放した。
女子生徒はゲホゲホと咳き込みながら地面に座りこみ、飲み込めない唾液を地面に垂らす。
そんな彼女をまるでゴミを見るような目で眺める羽河は、冷たい声で命令する。
「座ってんなよ。立て」
だが、女子生徒は「ちょっど、待っでぇ」と声を絞り出し、首を横に振り拒否する。
彼女の命令拒否に羽河は目を細め、今度は声に圧を掛けて言った。
「立て……!」
すると、先程まで呼吸すらままならなかった女子生徒は、まるで何かに刺激されたかのようにすぐ立ち上がり、背筋を伸ばして先程のようにグチャグチャの顔をこちらに向けた。
何? 今の……? まだ、そんなことができる体じゃ……
その光景を見て困惑の表情を見せる私に、羽河は説明をしだした。
「ああ今の? これも私の魔法、いや、その応用ってところね。私のこの髪の毛、実は切り離しても操作可能なの。だから、こいつらの体内に埋め込んでロボットみたいに操ってるって訳」
得意げに話す羽河。
私はその説明を聞いた途端、背筋が震えた。
「操ってる? 人を?」
聞き間違えかと思ったので、声に出して確認する。
だって、人を操るなんて、それは……
「そう。髪の毛1本でいい。飲み込ませて、胃に流れる前に神経に纏わり付かせる。神経は体を動かす回路みたいなもの。その回路に脳からの信号という電力を送ることで体は動く。————なら、その前に勝手に動かしちゃえばいい。私の髪の毛は、脳からの信号なんていう弱いものなんかじゃない。もっと物理的で力強いものよ。まあ、ほんの少しは命令に抵抗できるでしょうけれど、結局は無理矢理従わされる。ウザい奴だったら、神経に刺激を与えて痛みにで分からせればいいし。つまり————絶対に服従せざるを得ない。そうしなきゃ、死ぬことも許されない無限の痛みに苦しむことになるから。ま、自業自得だけど」
自業自得。そう吐き捨てる羽河。
話を続ける彼女の表情は、後半になるにつれて余裕が薄れていき、気がつくと笑ってすらいなかった。当然理由は分からない。
私は、その話を聞いて何も思わなかった。
……そう、何も思わなかった。
前に先輩と話した時に私は言った。この町の人々はどうなってもいいと。全ては自分の願いの為。だから最優先も自分の願い。他人を考えるなんてただの邪魔。無駄な行為だと。
けど、何故だろう? 何も思っていない筈なのに、私は刀の柄を力強く握りしめている。
「それで、彼らを呼んだ理由は?」
気がつけば私の声のトーンも変わっており、何故か気にならない程度ではあるが、震えていた。
彼女は質問に答える。
「理由? そんなの、使い捨ての盾程度にはなるからに決まってるでしょ? どうせ私は技術的にも経験的にも劣ってるんだし、だったら使えるものは使わなきゃ」
リサイクルするかのように言う彼女に、私は「ハァ」と溜息を吐く。
一呼吸置き、言葉を放つ。
「そうですか、なら分かりました。早急に貴方を————殺します」
言った瞬間、私は考えるのを放棄した。
雑念は捨てよう。目標は唯1つ。羽河 薫子を殺すこと。
心に刻み込んだその目的を果たすべく、再び踏み込む……!
「————散開、攻撃開始!」
動き出すのと同時に、羽河は周りに命令する。
すると、周りで並んでいた生徒達は一斉に動き出し、間隔をとる。
そして懐に隠していた鉄パイプや包丁、金属バット等を手に持ち、迫る私に逆に向かってきた。
その表情は全てが恐怖色だった。
助けの声も制限され、死の覚悟もできない。が、どうしようもない。
故に悪魔の命令に身を委ね、攻撃する。今にも逃げ出したいだろうに。
「—————ッ!」
私はその攻撃を全て刀と体捌きで回避する。
殺しはしない。だが一定時間は動かないでいてもらう必要があるので、軽い手足の攻撃で彼らの体を倒す。再起不能とまではいかないが、これである程度は時間を稼げる。
私はその方法で少しずつ羽河に迫っていく。
そして彼女との距離をある程度詰めたところで、私は地を蹴って密集している生徒達を飛び越えた。
風が肌に衝突する。
だが寒さなど、とっくのとうに忘れている。
超えた先の着地ポイントに設定したのは羽川の目の前。着地と同時に、この刀の先を彼女に突き刺す。
これで————終わらせる!
空中で刀を両手で持ち、腰に寄せることで照準を固定する。
これならば、正確に彼女の胸元を貫くことが可能だ。たとえズレたとしても、決定打にならなくても、戦況は有利になる。
「……」
彼女は双剣を構えていない。
それは余裕なのか、それとも諦めなのか。表情も動いていないので定かではないが、そんなのは別に問題ない。今から備えたところで既に手遅れだ。動いたとしても、私の一撃の方が1歩先だ。
地面が近づく。
標的は動かない。
構えは完璧。
確実に、殺せる。
「ハァァ!」
地に足が着く。
同時に腕に力を込めその胸元に、この剣先を……
—————だがその時、私の前に1人の生徒が立ちふさがった。
「—————ッ⁈」
武器は持っていない。
隠しているようにも見えない。
ただ両手を広げているだけ。
つまりそう、盾になっているのだ。
「クッ、ゥ————」
腕に微かなブレが生じる。
動き出してしまった剣先は、もう止まることを知らない。
このままでは目の前の生徒も巻き添いになってしまう。
ダメ、殺すのは、ダメ!
奥歯に力を込め、歯を食いしばる。
出してしまった勢いを、それよりも何倍も大きな力で反対方向へと引っ張り、ブレーキを掛ける。
ここで突き刺してしまったら、私は……私は……!
そして、私の手は止まった。
剣先は生徒の首元でギリギリ止まり、首は無傷だ。数ミリでもズレていたら、ただでは済まなかっただろう。
瞬間、私の中に安心、後悔、困惑が生まれる。
よかった……でも、惜しかった……でも、なんで……⁈
理解できない矛盾。
解くことのできない疑問。
私は、どうして……覚悟なんて、最初からあった筈なのに…… !
その時————
「今! 全員総攻撃!」
「ッ!」
羽河から発せられる声。
私は自身の置かれている状況を素早く理解する。
今のほんの数秒。止まっていた時間の間に、私は複数の生徒に包囲されてしまっていた。
「クッ!」
私は後方に高く跳んで下がり、どうにかその危機から脱する。
しかし、着地地点には操られた生徒達が既に凶器を手に待っていた。
ウゥ、キリがない。それにさっきできなかったなら、今の私では何度やっても変わらない。
……どうにか、この公園から生徒達を出す方法は……ッ!
落下する私の目に、公園の外に並ぶ住宅の列が見えた。
覚えてる。確か小さい頃、こんな住宅街の迷路みたいな道で鬼ごっことかしたりしてた。もう全く話さなくなった友達だった子達と、一緒に。最後に1人の残った私が、皆んなに最後追いかけ回されてたりしたっけ? あの頃は楽しかったな……ッ、住宅……迷路……でも、それだと……けど、もうこれしか。
閃く。
しかしそれは苦渋の決断でもあった。
それは、今この公園で唯一なんの影響も受けずに隠れている先輩を危険な目に晒すかもしれないからだ。
先輩には戦闘能力、技術等は無い。あの人にあるのは無茶と、理想だけ。
要は、唯の一般人だ。
そんな人を置いて、ここを離れる訳には……
……でも、あの人なら。あの理想主義者なら。もしかして……正直、望みは薄い。けど、信じてみよう……! 自分勝手で、申し訳ないけど。
私は着地をすると、待ち伏せしていた生徒達の攻撃を後退しながらかわす。
そして追撃に向かってくる残りの生徒達がここに到達するギリギリまで待つ。
「先輩!」
その間に、物陰に隠れている先輩に叫ぶ。
彼は私の声を聞くと、「何⁈」と返してくる。
「ごめんなさい! 先輩に、ちょっとこの場をお願いさせて貰えますか⁈」
最低だ。
私の今の言葉は、要するに死ねと言っているようなものだ。
先輩は私の言葉を聞くと、「は⁈」と声を上げ、意味不明だという顔をしだす。
無理もないし、当然だ。けど、こういうしかない。
言っているうちに、敵の集団が私の元へと到達する。
私はそれと同時に彼らに背を向ける。
そして、走りだした。
走る速度は変身による脚の強化を考えて、速すぎず、追いつかれるか追いつかれないかをキープする。見失われてこの公園へと戻ってくるのを防ぐ為だ。
そんな中、後ろから微かに声が聞こえた。
「へぇー! 逃げ出すんだー! アナタの先輩を置いて! 人1人殺せないなんて、覚悟できてないんだねぇー!」
あームカッてくる! 言ってろー!
私は心の中でそう叫びながら、生徒達を引き連れて公園を出て行った。
✳︎✳︎✳︎
式乃は行ってしまった。
そうなると、この公園に残るのは、俺と彼女、羽河 薫子だけだ。
物陰に身を隠す俺に、羽河は言う。
「ねえ先輩。そんな所に隠れてないでさ、出てきたらどう? 暇だしなんか話しません?」
話す? 何を?
いやまあ、言ってやりたいことはあるにはあるけど。
呼吸は震えている。怖いものは怖い、当然だ。
先程までの戦闘を終始見ていたんだ。圧倒されるに決まっている。
でも、式乃は俺に強制的とはいえこの場を託した。
恐らく何か手があってのことだろう。なら、それに応える必要が俺にはある。
「……」
脚を動かそうとするだけで精一杯。
だが動くには動く。十分だ。
物陰から身を動かし、彼女の前に姿を晒す。
自殺に等しい行動だが、これも時間稼ぎの為だ。
幸運にも、彼女は俺との会話に乗り気らしい。
「お、勇気出したようね。そうこなくっちゃ。それにその顔だと、私に何か言いたそうね」
敵意の無い言葉。いや、敵として見るまでもないというところか。
それは好都合だ。なら、思う存分言ってやれる。
「ああ、言いたいさ。さっきの話、人を道具として扱うようなあんなやり方。あんなの聞いたら、思わずにはいられない」
「へえ、流石。神崎 式乃をいじめから庇ったり、無謀にも魔法少女同士の戦いに体を張って割り込んで戦いを止めたり。ヒーロー体質、いやこの場合はバカなだかしら?」
彼女は俺を嘲笑う。
なんとでも言え。バカにされても別に思うことはない。
そんなことよりも、今は大事なことがある。
「……どうして、どうしてあんなことをするんだ? 彼らは、本当に何も巻き込まれていない、唯の一般人だ。俺は自分から首を突っ込むバカだけど、あれは違う。巻き込まれたくない、そう思う普通の人達だ。そんな、関係無い人を巻き込むなんて、間違ってる!」
ハッキリと、強い言葉で彼女を否定する。
するとどうだろう。羽河はウンウンとまるで理解するかのように頷いた。
「あー、そうよね。アナタから見れば、あいつらは被害者で、私は加害者。悪者は圧倒的に私、あいつらには罪なんて無い。まあ客観的に見れば、誰でもそう思って当然。でもそれは、私の身になったことがない、他人だからこそ言えるもの。主観的になったら、その意見も変わるわ。そんなこと、できる筈がないけど」
「なんだよ、それ。君の立場になれば、これを肯定できるっていうのか?」
「さあ? 人それぞれじゃない? だとしても、自分のことを1番肯定できるのは自分だし、それ以前の理解を得ることすら期待してないわ」
既に諦めているような言い方だった。
当然だが、俺は彼女のことを肯定することはできない。たとえどんな理由があったとしても、認めることは絶対にしない。
けれど、聞いておく必要はある。その行動の理由、彼女の過去、そして願いを。
「……一体、君の過去に何があったの? マジカルゲームが始まったのが約2週間前。以前の君に、一体……」
その質問に羽河は一度瞼を閉じると、沈黙する。
数秒程の時間が流れたが、やがて彼女は瞳を開き、話だした。
「アナタ————人を、殺したいほど憎んだことってある?」
「……なんだって?」
「簡単な質問よ。比喩でもなんでもない。文字通り、殺してしまいたくなるほどの殺意を抱いたことがあるってこと」
「殺してしまいたいって……そんなこと、ある訳ない」
首を横に振る。そんなことある訳ない。
人生の中で何度か人に対してイラッとしたことはあるけど、それ程までに至ったことはない。
「そっか。それはよかったわね。思わないだけ幸せよ、アナタ」
「思わないだけ幸せ……? じゃあ、君は? 人を殺してしまいたい程、恨んだことがあるの?」
逆に聞き返す。
彼女は当然のように「ええ」と答え、続けて話す。
「私はこの人生、一瞬たりとも恨みを忘れたことはなかったわ。いつもいつも他人を憎み、親を憎み、世界を憎んでいた。アナタ、以前の私を知りたいって言ったわね。いいわ、教えてあげる。私の、絶望で彩られた人生を」
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