第2話「C以上はひとまず死刑で。B? 五分の四殺しってとこだな」

 レナは酒場のカウンター席にてちびちびと果実酒の入ったグラスを煽る。

 酒場は情報収集にもってこいと言われるが、確かにそうであるとレナも実感しているところだった。


 酔いが回ると人の口は軽くなる。おしゃべり好きの酔っ払いなら聞いてもいないのにぺらぺらと話してくれる。

 レナは一人弱い酒を舐めるように味わいながら周囲の声に耳を立てる。

 特に知りたいことはないが、面白そうな話なら何でもよかった。


「そういや聞いたか? アルタイルの結界が破られて魔物の大群に攻め入られたらしいぞ」


「それマジかよ? あの国って聖女が聖属性の結界で魔物を入れないようにしてるんだろ? なんだってそんなことに」


「本当かどうかは知らんが聖女が交代したって話は聞いたな。その交代した聖女の結界が弱かったとかじゃないのか?」


「へー、そりゃ国民も災難だったな」


 二人組で飲んでいた男性がふと聞き覚えのある国の名を上げた。

 アルタイル王国。レナが少し前まで聖女として守護していた国だった。


(あらあら、ざまあないですわね)


 無能な聖女を国外追放にして、優れた聖女を任命したと思われたすぐ後に起きた不幸。

 たとえそれが仕組まれたものであったとしても、国民を危険に晒した事実への追及は免れない。

 結界を叩き割って魔物を送り込んだ張本人であるレナは心の内でほくそ笑んだ。


「しかし、数千以上の魔物が押し寄せたのに死者は一人も出ていないとか」


「それは不幸中の幸いというべきかなんというべきか……」


(けっ、それも全部私の一存だっての。むやみな殺生はナンセンス……ですからね♡)


 レナの本性は彼女の扱う闇属性の力と同じで真っ黒に染まっている。

 猫を被るのは長年聖女を努めてきただけあって得意だが、隠された腹の内は溝のように濁っており、口を開けば暴言が飛び出るのは日常茶飯事。そんな彼女の口癖の一つになっているとあるワード。『殺す』『ぶっ殺す』など殺害を示唆する言葉。


 これらはレナの機嫌が下降段階にある時に頻繁に口にされる言葉だが、そのままの意味ではない。実際に実行することは稀で、もはや質の悪い挨拶の一種と捉えた方がいいのかもしれない。


 アルタイル王国に魔物の軍勢を解き放った際もそのようなことを口走っていたが、実際に支配下にある魔物たちに与えたオーダーは人に危害を加えないというもの。それさえ守っていればあとは好き勝手暴れても構わないという指示の元送り込んだ群は無事に役目をはたしてくれたようでレナの口は怪しく弧を描いた。


 ひとまず自身を追放した馬鹿共に対する大掛かりな仕返しで幾分か溜飲が下がったレナはやや上機嫌になる。

 空になったグラスを下げてもらうのと同時にもう一杯同じものを頼む。


 そうしてすぐに提供されたものを再度口に含んでゆっくり舌先で転がしていると、不意に隣に飲み物のグラスが置かれた。

 顔を上げると一人の綺麗な女性がレナをにこにことした表情で見ていた。


「麗しいお嬢さん。私の名前はアイリス。今一人なら私に付き合ってもらえないかしら?」


 酒の席は出会いの場。男と女だけでなく、女性同士で飲むということもざらにある。こういったナンパじみたことをしてくるのは酔っ払いの男だろうと高を括っていたレナは驚いたように彼女を見上げる。


 今は機嫌がいい。だから酒の一杯や二杯付き合ってあげてもよかった――――――――のだが、上昇した機嫌が急激に冷え込んでいくのを感じたレナは低い声で言い放った。


「……無理。チェンジで」


「えっ、チェンジ? チェンジって何?」


 まさか断られるとは思ってもみなかったのだろう。レナの一刀両断に困惑の表情を浮かべる。

 理由は分からない。しかし、レナの鋭く睨みつけるような眼光がレナをナンパした彼女――――アイリスを射貫く。厳密にいうのならば彼女の豊満で動くたびに揺れる強調された胸部を。


「あんた、でけえからひとまず死刑な」


「死刑っ!? ちょっと、いったい私が何をしたっていうのよ?」


「あ? 乳がでけえ分際で私に話しかけてきただけじゃなく、その男でも誘ってるようなえろい服で谷間を強調しやがったんだ。死刑だろ、普通」


「ええ、そんなの横暴じゃない」


「うっせえな。その乳捥ぎ取るぞコラ」


「ああん、ちょっと……。んっ、そんなに乱暴に揉まないでっ。こんなっ……はぁん、人目のあるところで…………えっ?」


 上機嫌から一転、不機嫌のどん底へと叩き落されたレナは目の前に現れた敵――――アイリスの豊満な胸、目算Eカップを人目もはばからず揉みしだいた。急なことに抵抗もできずに嬌声を上げることしかできないアイリスだったが、自身の身体に起きている異変に気付いた。


「む、胸が縮んでる……?」


 自慢のバストが見る見るうちに小さくなっていく。

 それに伴って身体と服や下着のサイズが合わなくなっていき、ダボついた胸元はまるで露出を目的とした痴女のようでアイリスは手で覆うようにするがレナの力が強くて思うように隠せない。

 その変化はレナの揉みしだきに呼応しているかのようだったが、ある程度まで縮んだ後変化が見られなくなった。


「ちっ、元がでかかったからこんなもんか。んー、Bくらいか。よし、半殺し……いや、五分の四殺しで勘弁してやる」


「割合が増えてるっ!?」


 そう言ってレナはアイリスの目元を自身の手で覆った。

 その手が黒く輝くと、アイリスは急にがくりと崩れ落ちた。


「ほい、一丁上がりー。おい、勘定だ!」


 倒れ込んだアイリスを受け止めるとレナは勘定を要求する。

 酒場の店主は大人しく飲んでいた少女の豹変ぶりに驚きを隠せない様子だったが、目の前で行われていた女同士の濃厚な絡みに目を奪われていたため特に咎めることはしなかった。


「ごっそさん。騒いで悪かったな」


「いえ、こちらこそごちそうさまでした!」


「あん? ちっ、猿かよ」


 アイリスのサービスシーンにレナの責め。頭の中がピンクのお花畑でいっぱいな男達にとって彼女達の絡みはご褒美だった。

 何故か店主と周りの客からお礼を言われたレナは、その邪な視線から察して舌打ちを零す。これ以上留まっていると思わず魔物を召喚してしまいそうだったため、アイリスを担いでそそくさと店を後にした。

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闇聖女はもう本性を隠さない 桜ノ宮天音 @skrnmyamn11

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