闇聖女はもう本性を隠さない

桜ノ宮天音

第1話「とりあえず乳でけえ奴はぶっ殺す」

「聖女レナ。お前との婚約は破棄だ」


「……一応聞いておきましょう。どうしてでしょうか?」


「そんなの君が一番分かっているんじゃないか? 君が僕の婚約者として……そしてこの国を守護する聖女としてふさわしくないからだ」


 アルタイル王国を魔物の脅威から守護するために大きな結界を張り、その結界を維持するために日々尽力していた聖女レナは、王太子で婚約者でもあるヒュースに呼び出され婚約破棄を言い渡された。

 レナは今回の要件について薄々感づいていたのか眉一つ動かさず理由を尋ねる。


 ヒュースはレナが婚約者としてふさわしくない。そしてアルタイル大国を守護する聖女は彼女には務まらないと暗に告げている。

 黙って聞いているレナは理由がそれだけでないことも知っていた。


「この大国を覆う君の結界は貧弱で心もとない。これまでに何度も魔物を通し討伐に赴かねばならん時があったそうじゃないか。だが、彼女……クリスは君よりも大きく丈夫な結界を張れるだろう。だから君との婚約は破棄し、真の聖女である彼女と婚約を結びなおすことにする!」


 いつの間にかヒュースの隣に現れた少女クリス。

 ヒュースは彼女の肩を抱き寄せ、レナに見せ付けるように振る舞った。


 それを見てレナは呆れたように頬を引きつらせた。

 王太子であるヒュースの愛が自分に向いておらず、好色な性格もあってかたくさんの女性に手を出していることもレナは知っていた。

 ヒュースの隣で厭らしい笑みでレナを見下しているクリスも、その魔の手にかかった者の一人だろう。


 レナもクリスの事は聞き及んでいる。

 公爵令嬢という地位をすでに持っている彼女だが、王太子であるヒュースに取り入られたとなればその地位はさらに盤石なものとなる。


 何とかして取り入ろうとする際に目についたのが本来の婚約者であるレナだ。

 クリスにとって彼女は邪魔者でしかない。

 しかし、ヒュースに自身のレナに対する優位性を示すのは簡単だった。


 それが聖女としての役割。

 レナが王太子であるヒュースと婚約を結べているのは、聖女という国にとって重要な役割があったから。

 そう考えたクリスはこうも思う。

 ならばその役割聖女を奪ってしまえば、その立ち位置はそっくりそのまま自分のものになるのではないか。


 自身の才能と美貌を駆使してヒュースにアピールした結果、その考えは簡単に実現された。

 そうやって立場を奪われたレナを見下してほくそ笑んでいるのだ。


「私が何を申し上げても、ヒュース様の意見は変わることもなく、私の話も聞き入れて頂けないでしょう」


「当たり前だ。この婚約破棄は決定事項だ。もはや君に口をはさむ余地はない」


「婚約破棄と聖女剥奪の件、分かりました……ですが婚約を破棄され、聖女としての役割を失った私はどうなるのでしょう?」


「ふむ、そうだな。大した力もなく偽聖女としてだが、多少なりともこの国に貢献してきたのも事実か……。こうして最後に駄々をこね僕の手を煩わせるということもなかったことだ。その潔さに免じて国外追放で勘弁してやろう!」


「ヒュース様の寛大なお心に感謝することね。きゃはははは!」


「……お話は以上ですね。それでは失礼します」


 レナは何もしていないのにもかかわらず、国外追放を言い渡されてしまう。

 これに対してもはや何を言っても無駄と判断したのか、これ以上話すことはないとそそくさと踵を返した。

 そんな彼女をすべてを失い逃げ帰る惨めな者の背中だと、ヒュースとクリスは高笑いを上げていた。






 レナが聖女を剥奪され三日が経った。

 レナはもう結界の維持に携わることなく、その任はクリスへと引き継がれていた。


 クリスの張る結界は大きく見るからに丈夫そうで、多くの人々に安心を与えた。

 レナはその結界を外から冷めた目で眺めていた。


「さて、これでこの国ともおさらばですか。あんなお猿さんが未来の国を担うのでは、この国も終わりでしょうね」


 一度は婚約を結んだ関係だが、愛を受けたことはなく、愛を向けたこともない。

 ヒュースの激しい女遊びには、レナも心底うんざりしていた。


 だが、何も言わなかった。

 彼が好きという訳ではないから、好き放題遊ばせて放置していた。

 その結果がこれ国外追放だ。


「ああ、もう取り繕うのはやめましょう……やはり私に聖女らしい振る舞いは似合いません。ええ、似合いませんとも」


 レナはそう呟いて大きく息を吸う。

 これまで聖女として演じてきた仮面を粉々にたたき割り、素の自分をさらけ出した。


「クソ、あの猿も猿だが、牛女もムカつくな! ちょっと成長期が遅い貧相な身体の私への当てつけかよ。やっぱあの猿も身体目当てか! でけえ乳に鼻伸ばしやがって……!」


 あふれ出る暴言。

 乱雑な口調。

 これはレナが聖女らしく振舞うために、押し殺して仮面の中にしまい込んだ本当の姿。

 しかし彼女はもう聖女でなくなり、国も追い出された。

 もう取り繕う必要はないため、レナは狂暴な顔でこれでもかというほどヒュースとクリスに向けた暴言を吐き捨てる。

 レナはペタペタと己の起伏の乏しい身体を触りながら、聖女の座を奪ったクリスへの個人的な憎しみを募らせる。


「ちっ、胸糞悪いな。しかもあの猿、なんつった? 百歩譲って婚約破棄だけならまだしも、この私に向けてだと? ふざけた事ぬかしやがってダボが!」


 レナが心底腹を立てている事。

 それはヒュースに偽聖女と呼ばれたことだ。


「確かに私の結界はあの牛女のより劣る。それは認めてやるが、聖女としての働きをなかったことにしやがったのは許せねえ……!」


 光の結界で魔の力を弾く。

 光属性に関する素養ではレナはクリスに劣っているのだろう。

 では、なぜレナに聖女が務まっていたのか。


「こうして私が直々に出向いて魔物を間引いてやってからこの国は平穏だったんだろがボケ! 馬鹿正直にでけえ結界で護るだけが聖女だと思ったら大間違いなんだよクソカスがよぉ!」


 レナの怒りに呼応して背後に立ち上る漆黒のオーラ。

 聖女としては似つかわしくもない闇の力。

 それがレナの得意とする力だった。


「来い、悪魔ども。そして行け、魔物ども。ついでにそこらへんにいる魔物どもも洗脳して私の軍勢に加えてやる。適当に暴れ散らかしてめちゃくちゃにしてこい」


 悪魔召喚、これでもかというほどの漆黒の魔物の顕現。

 挙句の果てには周囲にいる魔物をすべて支配下に置いて味方に引き入れる。

 レナは聖女として光の結界で守護する傍ら、結界と通り抜けられる強力な魔物は闇の力で支配下に置いてきた。

 護るだけでなく、襲撃者の数を減らす。

 これがレナの聖女としての在り方だった。


「ちっ、私の軍勢が素通りできねえ。曲がりなりにも聖女としては本物なのか乳女……だが、こんな貧弱な結界、いくつ重ねても私の前では! 無意味! なんだよなッ!」


 レナは己の拳にありったけの闇を集めて禍々しい腕へと変貌を遂げさせると、邪魔な結界へと叩き付けた。

 ガラスが割れるような甲高い音が響き渡り、足止めを喰らっていたレナの軍勢が一気に押し寄せる。


「けっ、貧弱な結界だなぁ。こんな吹けば飛ぶような生ぬるいゴミみたいな結界じゃ護れるもんも護れねぇぞ。よし……ついでに結界の再構築の妨害もしておくか。ダークナイトゾーン」


 レナがそう呟くと彼女の足元から闇が広がりだし、ものすごいスピードでアルタイル王国を飲み込み、全体を夜に変えた。

 本来なら見えるはずもない偽物の月が怪しく輝いている。


「じゃあな、ゴミども。てめえらを守護するなんざ、こっちから願い下げだ、カスが。恨むなら無能な猿共を恨みやがれ」


 そう吐き捨ててレナは中指を立てながらアルタイル王国を離れた。

 やがてレナの放った悪魔や魔物の軍勢の侵攻による破壊音や人々の悲鳴が木霊したが、そんなこと気にも留めず隣国を目指して歩く。


「あー、ムカついた。とりあえず乳でけえ奴ぶっ殺すか」


 不機嫌そうに巨乳への私怨を抱きながら。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

闇聖女 レナ

口癖は「あー、ムカついた」と「ぶっ殺す」

口が悪い。とにかく悪い。歩く暴言製造機。巨乳が嫌い。


クリスの聖女の力がA、レナの聖女の力がBとするならば、レナの闇聖女の力はAAA

ついでにバストサイズもAAA

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