第9話 好きですよ

 あたしは片桐朝茶子。高校2年生の女の子だよ。

 そんなあたしは朝早くからすいすいと車に乗っかったまま通学してる。学校向かうのは慣れたけれど、でも自分の足で通学出来ないってのは面白くないね。

 まあ、お父さんお母さんの方針ってやつだからこれも仕方がないよ。

 親の優しさっていうのかな。前にお父さんは、もしお前が盗まれたらと思うと、大切にしたくもなると言ってたね。

 だから、あたしは盗まれないように、今日も中年運転手さんに大げさな車で運ばれて学校に行くんだ。


「お嬢様、着きましたよ」

「ありがとー、佐々木さん!」

「いえ、これくらい……お気をつけて」

「うん!」


 最近替わった運転手さんは、とても優しいおじさん。なんだか失くしものの代わりのように、あたしを見るよ。あたしはあたしで、何にもなれないのにね。

 でも、あたしはこの人が落としちゃったものが、ちょっと気になるな。何時もどこか事務的に別れちゃうけど、今日くらいは聞いて良いかもね。

 そう、外は天気も良ければ風も強くなくて、あたしもよい心地だよ。なら、気の迷いくらい起こしたっていいはずじゃないかな。


「ねえ、ささ……」

「朝茶子様」

「あ、夕月ちゃん」


 そうして、あたしがルーチンから外れようとしたら、後ろから声がかかったよ。どこか甘いその声の主は、夕月ちゃんだった。

 彼女は、ガラス細工みたいに愛らしい子なんだ。脆くって、気になっちゃう。

 だから振り向いて、もう一度佐々木さんを気にしてみたら、既に車の中に入ってたよ。そうして、エンジンを掛けて帰っちゃうみたい。


「あー。運転手さんに聞けなかったな」

「何を、ですか?」

「うーん。ただ」

「ただ?」


 去りゆく黒塗りのぴかぴかを見送りながら、あたしは問われたって最後まで言わないんだ。


「なんでもないよ」


 思い出すのはバックミラー越しに見えた佐々木さんの渋い表情。流石にそんなの見せられたら馬鹿なあたしだって、察しがついたんだ。


「はぁ……」


 でも、この子は気づかないよ。父と子ってそういうものなのかな。思いって強いとすれ違って、当たり前なのかもね。


「面白いね」


 そう、あたしはあの人が前に落としたものは今あたしのものだと分かっちゃったんだ。




 あたしは、結構真面目だよ。たとえばサッカーをしながらオルゴールを聞きもしないし、オームの法則をミサイルで誤魔化すようなズルもしないんだ。

 なにせ、いちたすいちはに、っていうことは知っている私だから。足して足して、大人になろうとするのは当たり前のことなのかもしれないね。

 当然、他の子は漫ろな中でも授業はしっかり集中だよ。歴史とか、あたしの苦手な人の心ばかりが作用しているから理解し難いけれど、聞きはするんだ。

 覚えて、でも忘れて。そんなことを続けるとしても諦めることはないね。ダメでも試してみるのは、一度きりの人生だから悪くないと思うんだ。


 でも、そんな風に真面目ちゃんをしてたら、隣にべったりな夕月ちゃんから声がかかるよ。

 彼女は、ひどく認め難いものを見つけたように苦渋を浮かべて、言うんだ。


「朝茶子様」

「んぅ? ちゃんと授業は聞いてるよ?」

「いいえ、授業は関係ありません。そんなことより、風にて御髪の乱れが起きていることが、ワタシには気になります」

「えー。どこ?」

「直しましょう」

「ありがとー」


 そして、あたしを櫛でナデナデ。夕月ちゃんは、とっても気にしいだけど、優しいんだ。

 あたしなんて、ダメダメすら直してくれちゃう。甘い、というか甘ったるいんだよね。

 なんか、彼氏さんみたいな感じなのかな。好きって行動で示してくるよ。でも、そういや言葉で聞いたことがなかったね。

 だから、あたしはいい機会だと聞いてみる。ナデナデする手を優しくつかんで、あたしは言ったよ。


「ねえ、夕月ちゃんってあたしのこと、好きなの?」

「あ……えっと、あう……」

「あれ? 夕月ちゃん?」

「えっと……そんなの、ダメ、ですよ?」


 けれど、返ってきたのは指先だったんだ。

 真っ直ぐ指を向けて。ああたしかこういうの良くないんだよね。で、顔を真赤にして夕月ちゃんはこう言いはったの。

 つながったままの左手と右手をきゅっとしてから、彼女は笑んだ。


「そういうのは、朝茶子様にはまだ、早いです」


 意味分かんないね。でも、あたしには夕月ちゃんがあたしとの接触を嫌がってはいないことだけは分かったよ。

 まあ、ならそれで良いかな。色々周回遅れで、だからこそ命がどんなものかなんとなく分かってる私だけれど。この子にはあたしが純に見えているのかもしれないし。


「そうなんだー」


 だから、雄しべと雌しべの交合だって気にせず眺められちゃういやらしさんなあたしは、そうとぼけたんだ。




 あたしがアイドルやっているっていうのは、学校でも周知のことだよ。

 でも、だからって皆に囲まれてわいわい、っていうこともないんだ。ただ、夕月ちゃんが居てくれるおかげで一人ぼっちではないんだよね。


「ご飯美味しいね」

「はぁ……お米だけを召し上がられて、その感想というのはやはり朝茶子様は凄まじい方ですね」

「そっかな?」


 茶碗に山盛り一杯。今日もお米は美味しいよ。それだけだって、あたしは生きていけるんだ。

 勿論、もっと複雑な味を楽しむことだって出来るけど、こうして仲のいい人の前で無理はしないのがあたしの常でもあるんだよ。ロカボかな。

 それにしても、何時も学校に行ったら側でお話してくれて、お世話だってしてくれるなんて、夕月ちゃんってあたしとただならぬ関係だよね。

 これって、何に似てるんだろう。さっき、好きと聞いたらダメって言われちゃったけど、でもこの関係性をなにかに例えるくらいはいいよね。


「あたし達ってお友達?」

「もう、朝茶子様……」


 だから、久しぶりにそう聞いてみたよ。もし、お友達だったら嬉しいね。はじめてのお友達って特別だって聞くよ。

 きっとゆくゆくは結婚だってしちゃうんじゃないかな。楽しみだね。

 でも、溜息一つ。彼女はどうしてもそれを認められないみたいで、こんなことを言ったんだ。


「そんな、虫酸が走ることは言わないで下さい」

「そっかー」


 やっぱり、そんな都合の良いことはないね。友達っていうのはやっぱりレアだよ。そうそう手に入れられるもんじゃなかったかな。

 あたしは、でも少し残念に思うよ。だって、このステキな可愛い子と友達になれたらどれだけ嬉しいかっていうくらいは分かるから。

 そうでなくったって、今あたしになくてはならない子だよ。夕月ちゃんがいなかったらきっと、学校の中で壊されちゃうんじゃないかなってすら思うから。


「で、出来れば……あの、こ。ここ……」

「殺したい?」

「そうじゃありません!」

「あれ?」


 また、外しちゃった。ダメだね、あたしは。

 けれども、またまた顔を紅くして、情緒不安定にしちゃってるきっと病気な夕月ちゃんは、それでもあたしから目を背けないよ。

 本当にいい子だね、と思っていると彼女は。


「こ、こい……鯉のぼりってステキですよね」

「うん! 出来れば生の鯉で見てみたいよねー。その方が迫力出ると思うよ!」

「はぁ……本当に、残念な方ですね、朝茶子様って」


 三度外して、もう一球しちゃったらフォアボールだね。ストライクゾーンで勝負できないって、ダメピッチだよ。

 ああ、そういえばゆうちゃん社長は言っていたね。あたしの最初の仕事は始球式にて飾りたいとか。

 そう考えると、あたしはもうちょっと真剣にならないとダメかな。次こそ決めるよ。よし。


「ごちそうさまでした」


 今度は間違いないね。いただきますをしたら、ごちそうさまが決まり。

 手を合わせて、空っぽお椀にあたしの身体の一部になってくれたお米さんありがとうと思うんだ。


「はぁ……朝茶子様、口の端にお弁当ついてますよ?」

「あれ、どっち?」

「はい」


 そして、ちゅっと唇があたしの口の端に触れて、そのまま最後のお米さんは持ってかれちゃったの。

 ぺろりとそれを軽く平らげて、夕月ちゃんは。


「ごちそうさまでした」


 赤く赤く、にこりとしたよ。



「うーん……」

「なんですか、この写真の数は……って、全部女性? 浮気者ですね……」

「ええと、違うんだ。これって真夜さんが覚えておくべきアイドルはこれくらいってくれたんだ」

「朝茶子様が気にするべきレベル。それでダース単位になるあたり、今がアイドル全盛期と呼ばれるだけはありますね……と」

「どうしたの?」


 あたしは、放課後皆の部活動遠くに響く中、帰りの車が来るまでと、アイドルの復習をしてた。

 それを夕月ちゃんは見とがめたんだ。どうしたの、って感じで。

 お家にテレビがないあたしはどうしたって、芸能事情に疎い。とはいえ、何時までも分かんないじゃ進歩がないから真夜さん伝に学んでるんだ。

 真夜さんがプリントしてきた多く。その中の一枚をどうしてか夕月ちゃんは気にしたよ。

 あたしは首を傾げてその故を聞いてみたんだ。


「こいつ……」

「ん? 誰かな。この、目隠ししてる子」

「……こんな飛沫を、覚えろとあの方はわざわざ朝茶子様に言ったのですか」

「んー。よく分かんないけど、多分この子強いよ?」

「そう、ですか……」


 夕月ちゃんはひと目見ただけでイライラとしているようだけれど、よく見たらこの写真の子はちょっとヤバそうだね。

 何か、怖いよ。もえあがれーって感じ。よく分かんないけど、あたしじゃ勝てないかもしれないね。

 でも、そんな感想が夕月ちゃんには理解しがたいものだったみたいで、彼女はなお言い張るんだ。


「町田百合は。この子はそんなじゃなかった筈なんです……きっと」

「そうなの?」

「ええ。昔から諦めの悪いだけで……それだけで?」

「夕月ちゃん?」


 そうして、どうしてだか自分の言葉にハッとしたよ。

 またまたよく分かんないけど、でも一つ理解できることもあるね。それは。


「夕月ちゃんって、その子のことが好きなんだね」

「それは……」


 悩むくらいに、悪口を吐けるくらいに気になっちゃう子。きっと百合ちゃんっていう子はお友達なんだろうね。

 彼女のことを飛沫とか呼んでいたけれど、飛沫って例えようのないくらいに綺麗なものでもあるのだから。

 だからあたしはにっこりとして、でも夕月ちゃんはうむむ。どうしてかな、と思ってたらしばらく経って一転。


「好きですよ。決まってます」


 にっこりと、彼女は自分の心を決めつけたんだ。


 あれ。なんだか胸のあたりがちくちくするよ。うん。これって。ちょっと気持ちいいね。


「そうなんだー」


 良かった。

 あたしは呑気に、そんなことを思うだけだったよ。


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