第5話 がんばってね

 あたしは皆のアイドル、片桐朝茶子。あ、でもまだ誰にもアイドルっぽいところって見せてなかったかも。

 ということは、まだ誰のアイドルでもないんだね、きっと。これから頑張らないと。せめて、一人くらいお友達作ることが出来るようになるまでは、ね。


「へぇ。水木巫女子(みここ)ちゃんって言うんだ。可愛いお名前!」

「……朝茶子ちゃんも、可愛らしい名前だよ?」

「そっかなー。お茶とか渋々で苦手なんだけどねー。えへへ。でも可愛いっていうのは嬉しいなあ」


 そう思うと、目の前の同じアイドルらしい巫女子ちゃんと知り合えたのはとっても嬉しいことかもしれないよ。

 名前だけど可愛いって言ってもらえたし、なんともあたし、幸せだね。女の子同士、お友達に、なれるかなあ。

 あ、でもよく考えたらちょっと今扉の前に陣取って邪魔しちゃってるかな。いけないいけない。


「あ、そういえばトレーニングにここに来たんだよね、多分。話しかけて、邪魔だったかなー?」

「えっと。今、中で朝茶子ちゃんのマネージャーさんがトレーナーさんとお話してるんだよね。なら、わたしちょっとここで待ってるよ」

「わあ。ならよかったらあたしともちょっとお話しない?」

「……分かった」

「わあい!」


 この子もアイドルと聞いた時はあたしびっくりしちゃったけど、でも柔らかで優しい感じがなんともステキで愛らしいから、それも納得。

 むしろあたしなんかがアイドルしちゃっていいのかが、もっとよく分かんなくなっちゃった。あたしなんて何にもないのに選ばれちゃって、ズルだよねえ。

 だから、今日は頑張んなきゃって思うんだ。それに、ひょっとしたら巫女子ちゃんと一緒にトレーニング出来る可能性もあるよ。

 仲よくなりたいなあ。そう思いながら、あたしは彼女に話しかけるの。


「あのねあのね。巫女子ちゃんって、どこの子?」

「はは、ずいぶんざっくりな質問だね……えっと、生まれてからずっと都内住みなんだけど……うん、県境の近くだから、よくこっちまで来てレッスンしてるんだ」

「あー、東京から電車だとここ近くだもんねー。あたしなんて、その反対に向かって30分は電車で揺られなきゃなんないんだー」

「ええと、ということは県北あたり?」

「そこらかなー。あたしの町は田んぼと田んぼと田んぼが有名なところだよー」

「あは、随分と田んぼ押しなところに住んでるんだね。でも、田んぼがあるなら自然も多いところなのかな?」

「そうだねー。でっかいカエルさんとか、よく庭でゲコゲコしているよ!」

「うわー、ちょっと怖くて見たくないけど、なんか聞いただけで水が多いいい土地ってわかるかな」

「うん! それでねー……あ」


 やっぱり普通の子と離すのは楽しい。

 だからそのまま巫女子ちゃんに、あたしがよく家までタヌキさんがスイカを食べに来るっていうことを話そうとしたら、大げさな扉がぱかりと開かれたの。

 そこから、顔を出したのはまこさん。並んで話していたあたしたちを見て、彼女は言ったよ。


「あら。邪魔しちゃったかな? 何だか、仲良くしていたみたいね」

「えへへ、巫女子ちゃん、とってもいい子でした!」

「あ、こんにちは……朝茶子ちゃんのマネージャーさんですか?」

「うん……マネージャー兼プロデューサー兼……まあ、色々ね。兎に角、私はこの子の味方」

「そ、そうですか……」

「んぅ?」


 よく分かんないけど、二人会話と一緒に目を合わせたら、何だか巫女子ちゃんが萎縮しちゃったね。

 まあ、ちょっと分かるかなあ。大人ってかっちりしてるからちょっと見方次第で怖くも見えるよね。

 でも、そんなカチカチな格好いい人が自分の味方って言ってくれるんだからあたしったら幸せものだよ。

 ちょっと嬉しそうにしてると、扉の奥から声が聞こえてきたよ。なんだか、とっても綺麗な声の女の人が居るみたい。


「はい。あんたら、扉越しで話してないで、入ってきなさいよ」

「そうですね。それじゃ、二人こっち来て」

「はい」

「分かりましたー」


 言われて、あたしたちはレッスン場の中に入ったよ。ああ、なんだかスゴイね。とってもピカピカしてて鏡がいっぱい。

 まるでナルシスト向けの体育館って感じかな。あたしにとっては、どこみても苦手なあたしが見返してくるからちょっと嫌な場所かも。

 そう思いながら、キョロキョロしてたら、スポーティな女の人が真ん中に居たことに気づいたよ。

 遅れて、あたしは挨拶をしたんだ。


「こんにちは。えっと、あたしは片桐朝茶子です! 今日一日よろしくお願いします!」

「……あー……よろしく。アタシは与田瑠璃花だ」


 そしたら、何か呆けていたその人の名前が瑠璃花さんだっていうことを知れたよ。

 わあ、よく見たら割れんばかりのお腹のお肉の薄さだね。これは、すっごい運動頑張っているってよく分かっちゃう。

 この人って、運動のトレーナーさんなのかなあ。やっぱり、プロって一目見てなんか強そうだよね。


「あー、ちょっとタンマ」

「え?」


 と、そんな呑気なことを考えてたら、瑠璃花さんはどうしてだか端に控えていたまこさんのところに歩いてったよ。

 タンマ、タイムってことだよね。待ってなきゃだめかな。なんだか、話が違うとか、アイドルって、とか聴こえてくるけどまあそれはどうでもいいね。

 待ち時間は大人しくしてないと。でも暇だからには、目くらいは動かしてもいいよね。あたしは、隣の巫女子ちゃんをこそりと見たの。


 なんだか、どうしてだか痛みに沈んでいるかのような表情をしているけれど、それでも、いいやそれだからこそ全体が整っているってよく分かるね。

 まつ毛長いなあ。瞳が溢れんばかりなのに、それがバランスを崩していないって奇跡的だよね。オシャレなおかっぱボブを含めて、可愛い系っていうのかな、そんな見た目をしてる。

 それでいて、手足の長さはきっと、踊ったら映えるんだろうね。これはすごいアイドルさんなのかもしれないよ。

 あたしは、この人と最悪仕事を取り合うことになるかもしれないのか、と考えながら、またこういう子と友達になるにはどうしたらいいか考えてた。

 すると。


「朝茶子ちゃん」

「えっと? どうしたの、巫女子ちゃん?」

「ごめんね、もう耐えらんない」

「え?」


 何が、と思ったら途端に巫女子ちゃんは駆け出したよ。脱兎ってこんな感じなのかな。あたしなんて比べ物にならないくらいに、速いね。

 そんな風にぼけっとして現実逃避してたら、気づけば瑠璃花さんがあたしの隣に居たの。彼女は、言ったよ。


「あー……ヤバいな。並んだのがキツかったか、それともあの子には何かが見えたのか」

「えっと?」

「自覚がないっていうのはマジみたいだね……仕方ない。あんた、追っかけてみるかい?」

「あ、はい!」


 巫女子ちゃん。あの子が何に耐えられなかったのかなんて、あたしには分かんない。けれど、心配だよ。

 だって、あの子、まるで今にも死にたそうな顔してたもの。良くないよね。それだけは、分かるよ。

 だから、遅くともあたしは駆け出したんだ。手遅れに、ならないように。



 閉じてた扉をばんと開けて、そのまま足を前に前に。それはあたしだって得意なんだ。

 でも、ここはまるで知らないところで、一度だって地図をみつめたこともなかったよ。外にあの子が出ていったらどうしようもないし、とはいえこの大きな建物の中も不案内だった。


「えっと、どっちだろ?」


 だから、外への自動扉の前であたしは迷うよ。このまま外へ出るべきか、それとも中を虱潰しにするべきか。

 どっち。右とか左とかは分かるけれど、人の心は分からないあたしだよ。

 そんなあたしが考えるというのは無駄な時間かもしれないけれど、思ってみるんだ。


 きっとあの子は辛かった。なにかから逃げたかったんだ。なら、遠くへかな。

 いや、もしかしたら縋るかもしれないよ。自分の大切なものに、抱きつくかもしれない。なら。


「更衣室かな?」


 家族友達にすぐ繋がることのできる携帯電話がある場所。それは多分、着替えたところだよね。なんだかそこに向かうのが正しいような気がしてきたよ。

 急に駆けてちょっと疲れたけれど、あたしは戻ってスタジオ近くを探した。すると、女子更衣室の文字が見えたよ。

 あたしはそこに直ぐ、突貫したんだ。ばたんと、扉は開いたよ。


「……で……きゃっ!」

「巫女子ちゃん!」


 そしたら、案の定巫女子ちゃんは誰かと電話してたね。あたしったら名探偵になれるかもしれない。 

 そう考えていたら、あれ。壁に背をつけた彼女の瞳がどんどんと湿潤してきたよ。困った。これじゃ泣いちゃうかも。

 あたしは一歩寄るよ。すると、巫女子ちゃんは叫ぶように言ったの。


「来ないで!」

「えっと、巫女子ちゃん?」


 あたしは困ったよ。来ないで、と言われてもそれじゃ巫女子ちゃんの涙を拭えない。

 そんなの嫌だな。だってあたしは。


「友達に、なりたいのに」


 そう、言うよ。言い張るよ。だって、本当の気持ちだから。嘘は人を傷つけるものだから、だからそんなことは言わないんだ。

 でも、むしろそんなあたしに言葉に彼女は傷つけられたかのようで、また叫んだよ。

 

「ヤダ!」

「そんな……」


 嫌だなあ。好きなのに、嫌われちゃった。こんなのよくあることだけど、でも困っちゃうよね。

 ただ、嫌われているのはもうどうしようもないけど、震えているのはどうにかしてあげたい。ハンカチだって、渡してあげたいよ。

 だから嫌でも寄った。すると、どんどんと彼女は震えて仕方なかった。これは、風邪かな。心配だね。彼女はうわ言のように呟くの。


「わたしは誰かの引き立て役じゃない……わたしはきれいなの、格好いいの、一番なの、わたしは……死にたくない」

「うん。巫女子ちゃんは……」


 なんだか恐慌してる様子の彼女の言葉がどれだけ本気なのかどうかなんて、分かんない。でも、てきとうな言葉にだって、真剣になりたいよね。

 だって、この子はとっても。


「すっごく可愛いんだよ!」


 そう、可愛らしいんだから。ちっちゃくて。

 そう、あたしが満面の笑みで言ったら。


「ひひ、うひ」

「巫女子ちゃん?」


 変な笑い声をあげたよ。そうして巫女子ちゃんは。


「ああ、わたしは可愛くて、それで良いんですね、朝茶子様」

「えっと?」


 おかしいな。どうしてだか巫女子ちゃんは、あたしに様付けをはじめたよ。

 ああ、これってまるであの子と出会った最初みたいで。そう思ったら。


「もう、わたしは綺麗とかそういうのは諦めました」

「そう、なんだ……」


 どうしてだか、キレイなのに、そんな大事を放り出してしまったよ。よく分かんないね。

 巫女子ちゃんは、そうしてこう、言い切った。


「だから、わたしは可愛いだけのまま、生きてみます!」


 これまでの水木巫女子は死にました、と小さくこぼして、彼女はそう可憐に微笑んだんだ。


 やっぱり、よく分かんない。人の心って意味不明だね。でも。


「がんばってね」


 生きるからには可愛いから、応援したくなっちゃうよね。


 そう、あなたも頑張って。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る