閑話 最強と


 〇〇〇〇は目立つことが好きだ。それは、以前までそうあることが通常だったからだったかもしれない。

 だが、荷物運びで際立つことに慣れて、そして駆けっこで一番を続けることにも飽いて、やがて彼女は当たり前の勝利をつまらなく思うようになる。

 なにせ、もう何もかもが壇上の自分を見上げもしない。その身体能力の異常を盛んに気にする学者等は何時か現れたが、それだけ。


 そして、最後に眩いばかりの注目の後に彼女は無視をされた。居ないことになり、それに黙っていると、その間に理解すら滅んで今や〇〇は世界の何処にも存在しない幻想とまでされている。


 何人たりとて届かない天辺。それは、過去から数度のビッグバンを経て再び人の世になるまで時を重ねた今もまだ、観測されていない。


「私は強く、なりすぎた」


 〇〇は、元より弱者と比較するまでもなく明らかに強者だった。努めずとも負けず、頑張ったらそれこそ弱さを、そして世界を敷いて潰してしまう。


 それは個体差すら無意味になるほどの、スケール違い。

 神話のバケモノをヒトガタに収めたらこのようなモノになるのだろう。

 力任せに逃げる車輪を本体ごと逆さにして強盗犯を捕らえた後。何時かどこかにて彼女をよく知る識者はそう評したとか。


 一度の過度な善行によって、世に暴露された少女の強靭さ。それを特別とされた〇〇は競技者として並ぶことをすら許されなくなる。

 曰く、最強の少女。呆れと調査ばかりが重ねられ、しかし悪目立ちもそこそこ治まってからは、彼女の口癖は一つ増えるようになった。


「私は、愛されたい」


 そう、いくら最強であろうとも、それがこれの普通と飽きられてしまっては花としては無意味。

 それを感じ俯く〇〇。しかし、湿潤すら果たせず、とうに涙は枯れていた。

 だが、枯れない花はしかし、とうの昔にそんな懊悩を終えてしまって、終幕に至ってもいたのだ。


 無量の過去から今現在まで〇〇を覆っているのは、白い棺。

 中の恐ろしいものに触れさせないためにと他の生き物寄せ付けない潔癖なまでのま白く狭い空間の中には手慰みに歪めた角ばっていたはずの金属達が足もとにころりころりと丸く転がっていた。

 この全ては、最強による変形。どんな硬さも、最早〇〇の前には無同然だった。たとえば今も戯れに白魚のような指先が軽く突いただけで、鉄より硬い永遠を持つ鉱物は二つに割けて分かれた。

 膿んだ少女の力。それは人体が持つべきものどころか、天体が持つものすら越えかねない程。明らかに、最大出力を間違えている彼女は、自分をこう理解していた。


「桁外れ、か」


 そう、〇〇は人の持つべき力量の桁を軽く超えてしまっている。そして、それを一人として収めてしまえている不条理。

 そこに整合性など何処にもなく、故に、学によって測ることすら無理。それが、さじを投げたと同じような、彼女を見つめた全てのつけた結論だった。

 どうしようもない。現行の知識の累積程度では測れないというのが、〇〇〇〇という存在。


 これはいくらやっても複製も利用流用も不可能な唯一品。そんな不良少女は故にずうっと前に多くに飽かれて封ざれ忘れられ、そうして孤独に残った今がある。


「寂しいな」


 だから、本当の親が存在しない理由や、特別故に何とも番えない現実だってどうでもよく、結局のところ、〇〇が思うのはそればかり。

 そしてそれに明かし続けて少女の血は冷たく凝る。


「また、目立ちたいな」


 呟いてから一度、〇〇は全てから目を瞑る。まるで、これまで向けられた輝きを忘れるためのように、強くしっかり瞳を閉ざした。

 白はどこにもなく、あるのは暗いばかりの真っ黒視界。だがそんな黒板に何一つ夢を浮かべることの出来ない、万年少女のままのバケモノは、どうしようもなく孤独。

 でも、心は何時だって暖かなあの日々の輝きを、愛されることを求めていてそのまま夢幻にも固定されてしまった。


 だが〇〇が一人ばかりを感じるその間もくるりくるりと世界は周る。

 毎日が重なりすぎて、大人しくしてねと言われて頷いてから無限をも数えた少女の日々は今日になって、唐突に終わりを告げる。

 世界の終末何度越えて、そうして不滅のアイコンとして崇められることすらあった少女入りのその完全無欠だった棺にも経年劣化で罅が入り、役割を終えた。


 ぱきり、と空が開く。孤独の開闢に、少女の瞳は輝いた。


「光?」


 白く卵のように丸いそれが割れれば、出てくるものは嘴の切先であってもおかしくない。

 だが、実際〇〇が吐き出したのは疑問。しかしそんな小さな言葉も青に呑まれて。久方ぶりの、棺の内部発光以外の天然自然の光りを帯びた彼女の前に現れたのは。

 いや、更なる上から覗き込んだのは。


「貴女は?」

「うふふ」


 少女が出迎えたのは、何より上等な一筋の弧線。口元に優しげに貼り付けられたそれは、しかし何よりその生き物が持つ美の邪魔である。

 笑顔ですら、それを損ねる悪であり、きっと愛すら受け容れられないくらいにそれは際立ち過ぎていていて。


 ああ、まるで私のようだと思う〇〇に、彼女は笑って言った。


「私は、●●。アイドルをやってるの」


 まるで嘘のような崇拝されるべき偶像。

 それは、太陽のようにぎらぎらとした、美の化身だった。


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