第8話 地獄の蓋

「はぁ、めんどいですけど、仕方ないですねぇ」


 日差しまだまだ暑いに足りない淡さの中。しかし天から降りてきたそれらが自分に沁みるのを嫌がる少女は、日傘を差す。

 それがふりふり黒レースと白いラインに覆われているのは彼女の趣味だろうか。暗がりの衣服もまた、ひらひらで実に昏い。化粧された頬ばかりが真っ白である。

 ゴシックロリィタ。しかし傘の先端に串刺し目玉を施すというパンクな遊び心を容れているあたり、どうにも少女は普通ではなさそうであった。


「ああ、ちょっと地獄力が足んねぇです」


 そして、実際その顔を見つめてみれば、その異常はひと目で理解できることだろう。

 なにせ、その愛らしいであるだろう顔の中央。そこは錠された革製の目隠しで覆われている。

 明らかに、そんな様で何かを見つめることは不可能であり、もっと言えば今行っているように、信号の色を伺いつつ街歩きなんてことが出来ていることが不可解だ。

 勿論、彼女が生まれつき目が見えずに、長く白杖に慣れていたということはない。むしろ視力で測れないほど嫌というくらい目が強くあれば、全ての視界を隠して歩くことなんて無理だった。

 つまり、どういうことかというと。


「えっと、キミ……」

「ん? ああ。この目隠しはイミテーション、お遊びです。隙間から見えてるんですよ」

「あ、そうなんだ。それなら……」

「はい。お優しい方。ご心配ありがとうですー」


 たまたますれ違いに誰かに心配をされた際に本人がネタバレした通り、その目隠しは小さく穴の空いたほぼほぼ無意味だったのだ。

 なんだ、これもファッションの内なのか、変わった子だなという感想を飲み込み、男性は去っていく。

 そしてそんな幸せに遠ざかることの出来たとても幸運な彼の背中を振り返ることもなく彼女、町田百合は。


「うんうん。奇矯にしてれば、異常も埋没する。ホント、いい世の中ですねぇ」


 とっとと、犯してぇくれぇです。そう言ってにやりと口元だけ笑むのだった。

 誰からも隠れた昏い日傘の下、赤く、赤く少女の口の端は歪んだ。




「失礼しますですよー、おししょー!」


 所変わって、いいやあえて歩いて道のりをゼロにして、百合はおししょーこと、アイドルトレーナー与田瑠璃花の家に訪れた。

 カツカツと大きな扉に近寄り、そして遠慮なく細腕でどんどん。閑静な住宅街に、少女のノックが無闇に大きく響く。

 だが、返事どころか豪華なつくりの家の中で何かが活きている様子もない。これに心配を覚えず、ただ無視にムカついた百合はもう一度騒ぎ出した。


「ししょーししょー、こしょー、さしょー、どっこいしょー!」


 そう。そも、叫ぶ必要もノックすら特に意味のある行為ではない。

 当然至極にこの家にだってチャイムもインターホンも完備されている。それを知っていて、百合はあえて叩くことを選んでいた。

 それは、無意味に音を立てる楽しさと、傷心の師匠をここぞとばかりにいじめてやるため。

 ほらほら早くしないと周囲に騒音がばらまかれるわ、来客に応答ひとつもしない人間だと思われるぞ。さあさあ怒って。


 元気になあれ。


 そんな少女の迂遠な優しさなんて、しかし届かずに。


「百合……あんたうっさいよ……」

「あれー……意外と元気そうで。おししょー、青筋立てて、楽しそうですぅ♪」

「これは、怒ってるんだよ! せっかくの休みにクソガキにノーアポで来られて騒がれたアタシの身になってみろっての!」

「おぅ……てっぺんグリグリはやめるですぅ。成長が止まっちまいます!」

「はん! こんなの成長期とっくに終えてるチビ助には丁度いいお仕置きだよ!」


 当然のように叱られた百合は、整えた髪の乗っかる頭のてっぺんを拳でぐりぐりされてしまう。

 弟子の無法に出てきた瑠璃花は怒り心頭。今ここで悪を正さんと発奮するのだった。

 最初はわざと受け容れていた百合だったが、途中から最早憂さ晴らしになってしまっていると気づく。しかし、小ささと相手の運動能力の高さ故に逃げられない彼女はまた叫んだ。


「ししょーったらひでぇババァです! ぽっと出のガキにビビらされたこと認めたくなくって、かわいー愛弟子をいじめるなんて! さいてーですぅ!」

「はっ、ビビらされた、ってのは百歩譲って認めても良い。だが、あんたは決して可愛らしくなんてないよ!」

「なにおー!」


 ぽかすか、ぐりぐり。

 百合のぐるぐるパンチは、しかし岩の如き筋肉を持った瑠璃花には効果が今ひとつ。

 そのまましっばらく彼女はぐりぐりとされるのだった。

 だが、そんな愉快も、ふと気を取り戻せば一挙に落ち込みに戻ってしまったりもする。可愛い弟子のつむじから手を離して、師匠はそっと背中に隠していた扉を開けた。


「はぁ……入んな」

「この……って、やけにあっさりですねぇ。いいのですか?」

「いいよ」

「よっし、物色してやるですー! あれ?」


 良いと言われれれば、そこに付け込むのが悪ガキの考え。頭を押さえながら、百合は瑠璃花を追い抜くように扉を潜った。

 すると、当然のようにそこそこ手の入った様子のしかし綺麗な人家の様子が見て取れる。しかし、どこかガランとしたその姿に、百合はわざとらしく口をぽかんと開けた。


「ししょー。思っていたよりずっと、お家の中、キレイでいやがります……」

「……あんた、アタシがどんな場所で暮らしてると考えてたんだい」

「ゴミ屋敷ですぅ!」

「はぁ……これでコイツなりに元気づけてるつもりなのが、腹立つね」

「んー? 何か言ったです?」

「なんでもないよ。こっちに来な、茶の一つでも出してやるよ」

「玉露で頼むですぅ!」

「そういや出がらしもないから、水で良いね」

「シケたババァですー……あ、もうぐりぐりは簡便ですよぅ!」


 両腕ばってん印で頭を隠しながら、客間までちょこちょこ。そして、ソファを見つけるやいなやそこにぼふんと飛び込む。

 そんな愛弟子の無法な全てが、落ち込んでいた自分を励ますものであるということを、瑠璃花は情けないと思う。


「はぁ」


 思うが、しかし中々心は弾まない。水ではなく、しっかり上等の取っておきを淹れながら、瑠璃花は溜息を一つ吐く。

 それをじっと見る、いいやあるだろう目隠しの隙間から覗く百合。思わず彼女は、呼びかけた。


「ししょー」

「なんだい?」

「おししょーをそんなにまでやっつけたヤローって何もんです?」

「あー……アレは、やっつけられたというか、やっちまったっていうか……」

「ふぅん?」


 首を傾げる、黒い目隠し少女。どこに居たところで場違いな、そんな外行きに身を包んだ変わり者は、しかし真っ当に師匠の言葉を想ってみる。

 なるほど、師匠は本音を言っているようだ。やっつけられて、やっちまった。それを短絡的にくっつけてみると、なるほど。


「ムカつくからって人殺しはよくないですよー」


 百合の脳裏でそんな下らない嘘みたいなからかいになったので、軽々と口にしてみたが。


「ああ……確かにアタシは殺しかけちまったよ」

「えぇ?」


 返ってきたマジに、百合も隠した瞳を珍しく見開くのだった。



 内でちらり、と炎が舞う。


 ああ、そんなの百合だってしてみたいのに。





「なるほどー。その子はししょーが見惚れるくらいにありえないレベルの美人で、心臓のような不随意筋すら操れると……本当にそれ、人間ですぅ?」

「触れば、何だか硬質でもあったが確かに人だったよ。だが、明らかに人から一歩踏み外してる」

「はぁ。おっかしな奴が居るもんですねぇ。このお菓子みたいに美味しけりゃ悪くねぇですのに」


 仕事柄、いいや節制を好む本質から瑠璃花はあまり菓子類を摂らない。だが、客に出す分にと、面白そうなパッケージのものを時に買い込んでみたりする趣味があった。

 そのためにダースで持て余していた、エターナルチョコリングなる謎のチョコリングがつながった菓子を百合はひょいぱくと出来てしまう。

 こりゃ、明日自主レッスンですね、と思いながらも人の不幸と一緒に食べる菓子は彼女にとってどうにも美味い。

 もりもりと空箱を増やす百合を、そろそろ見かねた瑠璃花は注意する。そして。


「百合。お前だって分かるだろう。止まれと言って心臓を停めてしまうバカなんて、居ちゃいけないってことくらい」

「ん。まあ、そうですねぇ。そんなクソバカ、勝手に死んじゃえば良いと思いますが、その時責任者みたいな位置に居たししょーは大変でしたねぇ」

「いや、流石に責任感じたよ……まさか、放っときゃ死ぬ生きもんだとは思わなかった」


 瑠璃花は思う。人は、いいや大概の生物は不断の鼓動で生きている。だがしかし、アレはそれをいともたやすく停めてしまう。

 木になれといって、本当に静物になった。瞬く間に、血の気を引かせて、何よりキレイな絵画と成ったのだ。

 その恐ろしさと言ったら、この馬鹿弟子を知らなかったら、きっと耐えられなかっただろうとつくづく彼女は考えるのだった。


「生きもんは、ほっといても数日くらいは勝手に生きますが、ソイツは生きる気を失くしたら直ぐ死んじまうんですね」

「随意不随意、あんまり意識したことはなかったが……いや、天才か天罰なのか。どっちにせよ、あいつは生きたいから生きているけれども、基本的には死んでいる存在だ」

「で、だから美しいって結論になるんですか?」

「いや……その程度じゃないんだ、アレは」


 確かに、静物でもある生物という特異な属性を思えば、なるほど片桐朝茶子の異常な美の理由もわずかに見えてくる。しかし、それどころでアレは留まるものか。

 そも、美という文字が人のフリして歩いているみたいなもの。アレは存在が美と同じ意味を持ってしまっている。呪いを越えた、祝福。


「言葉で表せるものでなければ、理屈で説明できるもんじゃない」

「なるほど、黄金比すら下らず、愛される理由を越えてしまったのですね、その子は。かーいそうですねぇ」

「ああ、可愛そうだ」

「だから、落ち込んだんですね、ししょーは。お優しい人ですぅ」

「……からかうな」


 だからこそ、そんなものが自分が育ててきた大切なものたちに這い寄ることが、恐ろしくってアレに我が子のようなあの子達が壊されるのが見たくなくって引きこもった。

 それも、しかし一週間でこうしてこじ開けられてしまったが。

 そう、どうしようもないこの、町田百合という新人アイドルでしかない少女のために、瑠璃花は再び前を向く。


「あんたなら……でも、大丈夫そうだね」


 そして。改めて自分の育てた一番を深く信じるのだった。


「んー……まあ、そいつの強みである視覚情報は邪魔になんないでしょうね。実質、百合は世界を見ていないですし」

「それだけじゃない。あんたは……」


 物理的に目を塞いでいる。ただそれで避けられるものではないが、しかし確かに百合は目をそもそも殆ど開けていない。そのうえで、隙間から覗いて察するばかり。

 ならば、美なんてこの上なく尖った代物だって刺さりきらないだろう。また、それだけでなく、百合には異常なほどの強みがあった。


 それは、心。心根が腐って崩れいて。でもそれを繋いで出来た代物は何度打たれたところで終わらない。

 最初は歩くことすら難儀して、でもひたすらそれを続けて踊りにつなげる。

 喉を震わすことすら痛みであっても、涙枯れる頃には綺麗な歌となった。


「んー?」


 町田百合は努力家。いや、努力どころか死力を尽くして彼女は成り上がろうとしている。

 その理由はただ一人、この世で与田瑠璃花ばかりが知っていた。


「一番になって、その時に世界を地獄に落とすんだろう?」


 何がどうやって、そうなるかなんて知らない。けれども、彼女はそうする自分を信じていて、それ以外は全て些事なのだ。孤独に間違っていて、しかし何より強く。

 だから、アタシだってそんな頼もしさを信じて支えにしたって良いだろう。そう彼女が思ったら。


「ええ。ですから、そんな天に愛された子になんて百合は、負けても決して負けないですよ」


 ニヤリ、とあくどく百合は嗤う。何より深く強くこの世に突き刺さりながらも、少女は両目を理解されるほどには決して開けることなく。


「むしろ、天使じみたバケモノなんて、この手で地獄に落として見せましょう」


 そう言って町田百合は地獄の蓋の上で微笑むのだった。

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