第13話

 アイザックとゲルダ、そしてローガン・イワノフと数人のテレパシー能力者一家は、他の仲間とは袂を分かち、第7銀河の基地に第7銀河の人々と共に、到着した。

 ゲルダは、アイザックと気心の知れた仲間だけになり、返って不安なく新しい世界に踏み出した。アイザックさえいれば良いと思っていた。皆希望を持って到着したはずではあるが、ララの件で、ローガンだけは元気が無かった。

 アイザックこと龍昂は、

「君も、随分ララに御執心だったようだけど、他の同乗してきた女性だって、良い人ばかりの様じゃないか。彼女たちは趣味じゃあなかったのかな」

 と軽く話しかけた。

「それは分かっているけど、ララは偶然、俺の別れた恋人に雰囲気が似ていてね」

「へえ、偶然かな。そういう人に擬態していたんじゃあないか」

「今となっては、そう考えるべきだろうな」

 アイザックこと龍昂は、その事を聞いて、敵は地球で随分幅を利かせているのだと思った。残してきたリツの忘れ形見、レインの事が気がかりである。まだ残っている仲間を、早く此方に連れて来るべきだろう。だが、戦火の中、無事此処にたどり着けるかは分からない。戦争は別の所でやって欲しいものである。つまり、この辺りから敵を追い散らさねばならないと考えた。

 第7銀河の一画に第3銀河人は揃って生活を始める事となり、第16銀河の技術を頂戴し、生活環境は直ぐに整えられた。今まで味方として付き合っていた為、捕虜は丁重な待遇ではあるが、牢には入れられていた。龍昂は彼らが、かなり重要は情報を持っているだろうと思い、テレパシーで牢に近い位置から探ってみる事にした。

 すると案の定、今回裏切った事情と言うか、内部の構造が読み取れた。第16銀河はスパイ的役目で、こちらの味方に付いており、こちらの内部事情を探った後、又裏切る手筈を敵の元締めに、命令されていたのだった。敵は戦力強化の為に、次々に中立的な銀河に圧力をかけて仲間に加えている。龍昂は第7銀河基地司令官に分かった事を報告した。

 第7銀河基地の司令官は、龍昂を第3銀河代表として優遇してくれた。

 龍昂は、第3銀河人の連合軍入隊第1号と言う事になった。そして、一人でしかないが、トップと言う位置である。ローガン・イワノフは元気なく出遅れて、入隊は2番目となった。

 そういう事情ではあるが、しばらくして、

「司令官、俺は責任者より、実戦の方が性に合っているんです。第3銀河のトップは、ローガン・イワノフではいけませんかね」

 龍昂は第7銀河基地司令官にそう提案した。

「そんな事を言い出す奴は、君が最初で、おそらく最後だろうな。良いだろう、以前の戦いでは君一人で片付けた様なものだったらしいね、実戦が得意なのは分かっている。だが君の希望だからそうしてやるだけだ。実際は第3銀河司令官待遇だからな」

「ありがとうございます」

 とにかく、希望どおりの立ち位置となったアイザックこと龍昂は、基地での仕事はイワノフに任せ、ムールの居る母船に便乗してこの辺りの敵を排除する事にした。

 第7銀河の母船に乗船すると、ムールから、

「アイザックは、利口なのか愚か者なのか判断が付かないと、皆が噂しているぞ。知っているのか」

 と言われてしまったが、

「愚か者の方で構わない」

 と言っておいた。

 そんなある日、アイザックがゲルダの居る家に帰ってみると、驚いてしまうような良い知らせが待っていた。

「おかえりなさい、アイザック。素晴らしい知らせがあるのよ。分かったかしら。赤ちゃんよ。赤ちゃんだ出来たの。きっと、女の子よ。あなたに似た、美人さんが生まれて来るわ」

「良かったね、嬉しいよ。美人さんはゲルダだろう。ゲルダに似ていると良いな」

 アイザックこと龍昂は、嬉しいものの、誰に似るかはゲルダに言われて、気がかりな事になったと思えた。しかしそんな事は、ぜいたくな悩みだろう。

「イワノフは最近シャーリーと結婚して、もう彼女、妊娠しているんですって。出来ちゃった婚みたいだけど。幸せならそれも良いわね」

 ゲルダの話を聞き、

「そうだね」

 と答えた。彼もすっかり落ち着いて来たようだと思った。


 自分から、実戦が良いと言ったアイザックこと龍昂であるが、家族が増えてみると、実際自分は愚か者だったと言えるのが分かった。生まれてきた子は、誰に似たか等考える気にもならないほど、とにかく愛らしく、ゲルダはミアと名付け、それはそれは可愛がっていた。

 そう言う訳で、船の出航の日には、龍昂は後ろ髪を引かれる思いで出航する事となった。黙ってはいたが、ゲルダが不満に思っている事が伺えたが、黙っているとは賢い人である。

 それでも幸せな日々は続き、戦闘から帰ってくるたびに、可愛らしく育っているミアと過ごすのだった。

 可愛いだけではなく、利口なのが分かっていた龍昂は、一緒に居る間は、成長に合わせて、彼の知識を伝えておこうと思った。ミアは新人類のほとんどの能力を、父親であるアイザックこと龍昂と同じように持っていた。だが、それを使う事なく一生を終える方が、幸せだと思う龍昂だった。


 そして、10年の月日が流れた。


 10歳になるミアは、パパが戻って来るのが待ち遠しかった。もうすぐパパの誕生日だ。今年はパパの誕生日が休暇になる。去年はお仕事だったから一緒に祝えなかった。今年はママも盛大にパーティーをすると言っているし、パパにプレゼントを用意しているみたいだ。

 ミアも、プレゼントをあげたい。でも、何が良いだろう。大体、ミアが要るものは、パパが何処からか持ってくる。基地の何処かにきっとあるんだろうけど、まだ子供のミアにはそんな事できっこない。思案に暮れたミアはかなり名案と言えることを思いついた。パパの似顔絵のプレゼントである。一生懸命書いてみた。モデルが目の前にいる訳では無いから、難しかったが、思い出して出来るだけ似せた心算である。暫く出来上がりを眺めていたが、自分の記憶が段々あいまいに思えて来た。自信が無くなって来たミアは、ママに出来ばえを見てもらおうと思った。プレゼントは完璧でなくてはならない。

 台所で何やら御馳走を作っている最中のママに、こっそり見てもらう事にした。

「ママ、今日はパパが帰って来るんでしょう。ミア、パパのお誕生日には、パパの絵をプレゼントしようと思うの。パパの顔思い出しながら描いたけど、どう、似ているかしら」

 向うを向いていたママは、

「まあ、それは良い思い付きね。きっと良く描けているでしょうけど」

 と言いながら振り向きざまにミアの描いた絵を見ると、急に怖い顔になり、ちっとも心の籠った言い方じゃあなく、

「良く描けているわね」

 と、つまらなさそうよりも、もっと酷い言い様で、又後ろを向いたが、驚いたことに、サラダボールを流しにぶちまけた。大きく深呼吸を始めるし、ミアは怖くなって自分の部屋に隠れた。



 アイザック・メイソンこと龍昂が、何時ものようにわが家へ帰って来た。

 しかし、すでに妻ゲルダにはばれてしまっていることは、承知していた。一波乱も二波乱もある事は覚悟の帰還である。

「ただいま、ミア。まだ寝ていなかったのかい。どうしたの」

「パパ、ママが凄く怒っているの。どうしてか知らないけど」

「もう良いんだよ。早く寝ないと、寝る時間を過ぎているじゃあないか」

「パパにプレゼントがあったんだけど。お誕生日前だけどもうあげちゃう。ママに盗られないうちに。盗られたら、コピー渡そうと思って、コピーはしたんだけど。間に合った」

 ミアがくれた、アイザックの絵は良く描けていた。幸せな日々が終わる事となった絵ではあるが、

「ありがとう、ミア。パパの宝物だよ。さあ、部屋に行っていなさい」

「うん、パパお休みなさい」

「お休み、ミア」

 アイザックこと龍昂は、これが娘との別れになる事は分かっていた。

 リビングに行くと、ゲルダが形相を変えてソファに寄り掛かって座っていた。龍昂が入って来たのを知っているであろうが、目を合わせることは無かった。目を合わせると、操られると思っているのだろう。

「龍昂、今の今までよくも騙してくれたわね。お見事と言えるでしょうけど、あたしの意見は違うのよね」

「だろうね」

「あんた憶えてる、アイザックに化けたあんたの所に行った時あたしが言った事」

「憶えているよ」

「龍昂が殺されたんでしょ。やった奴らに仕返ししなきゃって。あんた、もう皆死んだって言ったよね。そして、船がダメージを負ったから今から忙しくなるって。あたしに手伝ってもらいたいことがあるって。利き手を怪我したからって。あの人サウスポーだったからね。あんた、きっと練習していなかったんだ。だからとっさに変わったんだと分かる」

「そうかい」

「だけどね、あたし、前々から言っていたよね。あんたの父親の考え方は甘いって。あんたが父親に言われて、仕返しは止めたって言う意見に反対したわ。だって、アイザックが死んでしまったら、もう、彼の子も孫も子孫は存在しないんだよ。あんないい人の遺伝子がこの世界から無くなってしまったんだ。殺されるって事はそういう事だろ。だから、まあ、あんたの父親が殺された時には、あんたが居たからまだ良いけど、あんたが死んだと聞いた時、水神家全滅じゃないかって思った。だから、仕返ししなけりゃって思ったんだよ」

「俺はね、ゲルダにそんな事をさせたくは無かった。あなたを修羅にはしたくは無かった。親父に、お前は妙な奴になったなと言われて、反省した。殺戮は止めようと思った。正当防衛は良いが、人殺しはいけない。ゲルダ、他人の敵討ちなどするべきではないんだ。あなたにそんな事はさせられなかった」

「何を言い出すのよ。あんた、あたしの人生をどうこう言う権利が、何処にあるって言うの。恋人、いえもう婚約者と言えたわ。その人の敵を打つ機会をあたしから奪えるほどの、そんな権利を持っているほど、あんたは上等の人間だというの。鏡見た事あるの」

「止める権利はあるさ、愛していたんだ。お前にそんな事はさせたくなかった。人を殺して、変わって欲しくなかった、あいつだって同意見だった」

「そんな事、分る筈ない。あの人だってブロックぐらいできる。あたしに、自分はそれほど大層な人間じゃあないって言った事もあるし。とにかくあんたがした事には、我慢できないね。ミアは居るけど、もうこれっきりよ。あの人の無念が晴らせなかった。それを考えたら、悲しくて、苦しくて、よくもよくも、あたしの人生を崩してくれたわね」

 ゲルダは終いには、大声で叫んだ。

「崩さないようにしたつもりだ。大声をそんなに出さないでくれないか。ミアが怯える」

「何言ってるのよ。ええ、ええ、大声はこれっきり二度と出さないけどね。これだけは言わせてもらうわ。その後はもう絶対しゃべらない。皆、ぺらぺらろくでもない事しゃべって考えて、ろくでもない事しかしない人達なんて大っ嫌い。あたしはアイザックの無念を晴らしたかったよ。あんなところで死んでしまうような、そんな一生になってはいけなかったのよ。あの人のDNAは滅んではいけない筈だったのに」

「生きているゲルダが変わってしまうのを、止めるのが俺の役目だと思ってね。死んだあいつだって同意見だ。これは確信がある。俺にテレパシーでそう言ったんだよ」

「それはあんたたちの勝手な思い込みよ。あたしの人生、あたしの生きざまはあたしが決めるの。でも、もう過去には戻れない。どうしようもないの。あんたなんか、もう、どこかに消えてよ。さっさと」

「その望みは叶えられるよ。さっさと消える事にしよう」

 そう言って龍昂は立ち去り、作り上げていたまやかしの幸せな家族と分れたのだった。


 龍昂が出て行ってしまった後。彼の支配力から抜け出たゲルダは、ギョッとした。自分は何を言ってしまったのだろう。龍昂に出ていけと言ってしまった。ひょっとして、もう戻って来ないのかしら。そうよね、そんな感じになってしまった。

 大声を出すなと言われたのに、忠告よね。思わず逆らったけれど。

 ゲルダの心の奥底にあった気持ちが表に出て来た。あの頃、アイザックより龍昂に心惹かれ始めていたというのに。龍昂は知らなかったでしょうね。だからアイザックを愛するように支配していたんだわ。しゃべらなければよかった。あたしだって、ぺらぺらろくでもない事をしゃべってしまった。後悔しても遅い。ゲルダは心底、二度としゃべるまいと決心してしまった。

 その後、彼に再会する機会など、無かったのだけれど。



 龍昂の波乱万丈の人生はまだこれからも続きますが、愛と憎しみの日々はこの辺でお終いとさせていただきます。

 「未来・家族」では龍昂と別れてからのゲルダの行いを、崋山に散々な酷評をされたゲルダでしたが、その2部では名誉挽回の登場となります。

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龍昂~愛と憎しみの日々(未来家族) 龍冶 @ryouya2021

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