第16話 穂高さんはセラピーを受ける 2

 今日の秋津さんはテニス部に顔を出すらしい。なので僕は一人で生徒会室へと向かった。

 扉を開ける。穂高さんは椅子に座っておらず、いきなり告げた。


「よく来てくれた。行くぞ」


 顔を合わせるなり穂高さんは言った。バッグを肩にかけるところだった。


「いきなりなんですか」

「呼びに行こうと思っていた。保健室に行く」

「カップルセラピーじゃないですよね」

「もちろんそうだ。すでに見抜いていたとは、さすが私の未来の彼氏だ」

「相談事ありましたっけ」

「たくさんある。どうして私は能島君に告白できないのか、能島君に愛を告げられないのか、能島君に好きと言えないのかなどだ」

「全部同じですね」

「同じものが大量にあるんだから問題だ。君は保健室に行きたくないのか」

「何度も行くところじゃないでしょう」

「組糸先生は綺麗だぞ。男子生徒なんだから、先生目当てでもおかしくはない」

「穂高さんの方が綺麗だと思ってます」

「……君は女を褒めるのが上手だな」


 穂高さんは赤くしつつ、僕をうながした。

 なんとなく僕が先頭で保健室へと向かった。到着してから扉をノック。しかし返事がない。

 首を傾げながらもう一度ノックする。

 やはり返ってこない。だけど人がいる気配はするので戸を開けた。

 中では養護教諭の組糸先生が、窓に嵌まっている格子を力一杯揺すっているところだった。


「……なにしてるんですか?」

「学校の一階はね、こないだから不審者対策で窓から出入りできないようにしているの」


 組糸先生は、いつもの穏やかな顔立ちに、かなりの絶望感を滲ませながら自分の椅子に座り直した。


「おかげで逃げられなくなったわー」


 つまり僕たちから逃げだそうとしていたってことだ。

 僕は半分同情し、秋津さんは横を向いて笑うのを堪えていた。穂高さんは組糸先生の心中を察していただろうが、自分の希望を優先している。


「つまり私たちの訪問は変えられない宿命ということです」

「宗教にすがりたくなるわー」


 組糸先生が僕たちに席を勧めてくれた。


「なんの用かしら。先生はもう帰りたくなってきたのだけれど」


 真っ先に着席した穂高さんが答えた。


「この間の続きです」

「続きがあるような話だったかしらー……」

「恋の相談に終わりはありません」

「炭鉱で働かされている奴隷もこんな気持ちだったのねー……」

「ぜひ悩みを聞いて下さい」


 組糸先生は全てを諦めたようになった。


「……今度はどんなトラブルなのかしら」

「私と能島君の仲がいっこうに進んでいません」


 穂高さんはやたら真剣な表情で言った。


「カップルになるための相談をしたいのです」

「それだけだとまともな相談に聞こえるのよねー」

「私はいつだってまともです。変人と呼ばれることを否定しませんが、能島君への想いは正常です」

「もう混乱してきたわー……」

「好きな人に好きと言うための努力は欠かしてないのですが、前進してる気がしません」

「ただ言えばいいんじゃないかしらー……」

「言えたらここにはいません」

「会長さんでしょう」

「地位は関係ありません。先生たるもの、肩書きで判断するのはどうかと思います」

「反論できなくなってきたわー……」


 組糸先生は早くも憔悴しつつあった。そのまま朽ち果ててしまいそうだ。


「カップルになってから相談に来て欲しかったんだけど……」

「あまり意味がないと思い至りました。カップルになった瞬間、私は幸福に包まれるので相談そのものが発生しません」

「すぐそうなってくれないかしら」

「ならないから相談してるのです」

「今告白すれば……?」

「無理です。告白を機に、私と能島君の関係は一歩先に進み、明るい未来となります。だからこそ慎重に進めたいのです」

「大仰だけど正しいのよねー」

「たげど私に告白する資格がないのです。セラピーが必要です」

「セラピーが必要なのは私よー……」


 組糸先生は反論を諦め、僕に視線を向けた。


「能島君はどう思っているのかしら」

「早く告白して欲しいと思っています」

「なら問題ないんじゃない……?」

「そうなんですけど」

「……だったらこの場で能島君が告白すればいいんじゃない?」


 いかにも名案と思ったようで、組糸先生の表情が見たことないくらい明るくなった。


「そうよ、そうだわ! 先生が見ててあげるから、ここで告白して!」


 僕はわずかに戸惑った。


「でもそれは……」

「するの! 女の子が自分から告白するのって勇気がいるのよ! 男の子からするべき!」

「うーん……」

「嫌なの?」

「そうじゃないんですけど」

「じゃあやって」

「やるのは抵抗ないんですよ。でもオチが読めるんです」

「変なこと言わないで! さっさとカップルになってこういう状態を終らせましょう!」

「止めた方がいいと思うけどなあ」

「先生は自分の身が可愛いの!」


 養護教諭とは思えない発言だった。気持ちは分かるんだけど。

 僕がなにか言うまえに、穂高さんが叫んだ。


「待ってください先生、私が告白することに意味があるのです。これは私の主義に反します」

「主義なんか関係ないの!」


 組糸先生の目が異様な光を放っている。さすがの穂高さんもたじろいだ。


「先生の魂がかかってるのよ! 生きるか死ぬかなんだから、生徒の哲学なんかどうだっていいわ!」

「しかしこれは私と能島君の問題で」

「問題を保健室に持ち込むのが悪いのよ!」


 矛盾した言葉を叫ぶと、組糸先生は僕を急かし、穂高さん側に身体を向けさせた。


「早く早く、早く告白して!」


 仕方ない、僕は軽く唇を湿らせた。


「えーと穂高さん」

「な……なんだ」

「僕はあなたのことが好きです。付き……」

「…………」

「穂高さん? 僕と付き合……」

「…………」

「穂高さん?」


 返事はない。穂高さんは椅子に座ったまま、気を失っていた。

 僕は驚かなかった。組糸先生に言う。


「こうなります」

「気絶してるの……?」

「ええ。しばらくすれば目を覚ましますけど」

「どうして……」

「なんか頭がシャットダウンするんですよね。僕から告白されたらショックで心臓が止まるって言ってましたから、防衛反応かもしれません」

「聞いたことないわ……」

「穂高さんはこうなんです」


 組糸先生は恐る恐る穂高さんに触れる。穂高さんは目を回しているだけで、特に問題なさそうだ。


「能島君が告白したことは覚えているのかしらー……」

「多分覚えてません」

「はかない幸せだったわー……」


 組糸先生の顔面は、土気色というのが相応しくなっていた。

 僕は穂高さんの座っている椅子の背を持つ。キャスターが付いているので、自由に動かせた。


「ベッドに寝かせましょう」

「まだ保健室に置いておくの……」

「だってそのためのベッドでしょう」


 組糸先生は全てを諦め、ベッドに寝かせた。僕は穂高さんが目覚めるまで、その場についていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

恋する穂高さんはなんだかおかしい 築地俊彦 @t_k_t

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ