第15話 穂高さんはお弁当を作る 2

 翌日の昼休み、僕と秋津さんは生徒会室に入った。すでに穂高さんは来ていた。

 ただ表情が浮かない。というか、机に突っ伏しているので見えなかった。カーテンが全て締まっており薄暗かったため、辛気くさい雰囲気だけが充満していた。

 僕はカーテンを開けた。


「もしもし、穂高さん?」


 穂高さんは起きない。額を机の上にくっつけたままだ。ときどきうめき声を上げるから、生きているのは間違いない。しかし美人生徒会長がうめき声って。


「穂高さん」


 肩を揺すろうとした。が、僕が手を触れる前に跳ね起きた。


「私の『近距離能島君探知機』作動した!」

「びっくりした。なんですか」

「君が触るくらい近くに来るとアラームを鳴らすんだ」

「聞こえませんでした」

「私にしか聞こえないが、男子に惚れた女子なら誰でも装備している」

「前のボディタッチのときも作動したんですか」

「してるはずだが、心臓の鼓動がうるさくて聞こえなかった」


 穂高さんは僕の方を向いた。


「ところで私の性格改良は順調に遅れている。だが君への愛情に変化はない。むしろ増している。夢の中で君が起こしに来るから目覚ましがいらないくらいだ」

「僕は最近夢を見ないですよ」

「私の夢に出張しているから当然だな」

「夢見てるわりには突っ伏してましたけど」

「実は……」


 大きくため息をついている。


「君のためにお弁当を作った」

「ありがとうございます」

「でも失敗した」


 いきなりオチが来た。


「気が進まなかったが、女子力強化として作らないわけいかない。だが失敗してしまったんだ……」

「料理下手って言ってましたもんね」

「冷凍食品も温められなかった……」

「あれ簡単ってレベルじゃないですよ」

「自分でも驚いた。料理なんてレシピ通りにやればできるはずだと……」

「そのはずです」

「だが失敗した。やはり自分なりのアレンジが良くなかったんだろうか……」

「なんでレシピ通りにしないんですか」

「時短になるかと思ったんだ」


 料理の専門サイトによると、こういう独自アレンジは、ありがちな失敗への道らしい。そういう人に限って味見をしないんだそうだ。


「最初からやり直します? 僕は待ちますけど」

「また同じ失敗をしそうな気がする。というか、する。ご飯はカチコチで岩みたいになるし、味噌汁は薄くて水みたいな味になる。全部解決するはずの冷凍食品は電子レンジで爆発するんだ」

「全部やったんですか」

「三回繰り返した」


 私は生徒会長だから、失敗も人より多いんだと言っていた。

 穂高さんは本当に落ちこんでいた。青菜に塩ということわざがあるが、しおれるどころか青菜そのものがなくなったような有様だった。

 僕は慰めようと、ゆっくり喋った。


「すみません。その、無理言っちゃって」

「君のせいじゃない。無理を強いたわけではない」

「作ろうとした気持ちだけで嬉しいです。期待しますなんて言っちゃいましたから」

「期待に応えるのが彼女の役目だ。やはり私は君の彼女になるには、まただまだ実力不足だったんだ」


 止めどなく、ネガティブ意見が流れてくる。

 こうなるとなかなか戻りそうにもない。穂高さんは感情が一方に傾くと、そこで固定してしまうことがある。以前机の下に潜ったときも、出すのに苦労した。

 しかし僕としては、なんとかして立ち直らさなきゃならない。一応将来の彼氏であるわけだし。


「お弁当作りは繰り返しですよ。すぐにうまくなります」

「上達するころには、君は私の元から離れてしまうかもしれない」

「そんなことしません」

「そうやって喜ばせて、油断させる手だ。他の料理上手な女のところに行くんだろう。やはり私の料理は食べさせられない」


 これは重傷かもしれない。

 僕は途方に暮れて秋津さんを見た。彼女は僕ほど困っておらず、むしろわくわくしてた。


「安心してください。あたしが協力します」


 秋津さんの言葉に、穂高さんはゆっくり目を向けた。


「協力……?」

「あたしと一緒にお弁当を作りましょう!」

「私のできそこないを見て笑うつもりか」

「違います。おいしいのを作って、能島君をびっくりさせましょう」

「能島君がびっくりするような薬物を仕込むんだな。食べた瞬間に泡を吹くようなやつを。彼女候補として失格の私はそれくらいの罰を受けて当然か……」

「ネガティブは止めてくださいって。ただ手伝うだけです」

「……そうか」


 徐々に穂高さんの顔色が良くなっていった。


「君が作るのを見て、私は学べばいいんだな」

「そんな感じです」

「ありがとう。よっぽど料理に自信があるんだな」

「え? 下手ですけど」


 当然のように秋津さんは言っていた。


「両親からは、菜々瀬の料理を食べるのは罰ゲームだって言われてます。無理矢理食べさせたら悪夢を見たって言ってました」


 僕は仰天した。珍しいことに、穂高さんも。


「私の参考にならないだろう!」

「知ってますか。マイナスとマイナスをかけるとプラスになるんですよ」

「足したらマイナスが増えるだけじゃないか!」

「あたしに任せてください。今からやります。実習室を借りられますから」

「いや今は昼休み中で……」

「なんとかなります」


 秋津さんは穂高さんを連れ出そうとする。僕は慌てて追おうと、止められた。


「能島君はここで待ってて」

「いやでも食材とか」

「そこのコンビニで買ってくる。楽しみにしててね」


 僕は置いてけぼりを喰らった。一人残されたままなので、いつもの生徒会室がなんだか居心地の悪いものになっていた。

 そろそろ昼休み終りそうだというころになって、二人は帰ってきた。


「作ってきた!」


 元気なのは秋津さんである。穂高さんは顔色が優れない。


「はいこれ」


 小さめの弁当箱が差し出される。どことなく、禍々しいオーラが感じられた。


「……失敗しなかったんだよね」

「多分」

「多分って」

「トラブルはあったよ」


 穂高さんを向くと、僕の視線から目をそらしている。よく見ると全ての指に絆創膏を巻いていた。普通じゃない出来事があったのは間違いない。

 蓋を取る。弁当箱の半分がご飯でもう半分におかず。特に悪いところは見られない。だが冷凍食品の温めすら失敗する穂高さんと、それ以上に下手な秋津さんである。あっと驚く地雷が仕掛けられているかも知れなかった。


「……食べていい?」

「能島君のだよ」

「いただきます」


 箸をとり。恐る恐る口に運ぶ。


「…………」

「……ど、どうだ」


 上目遣いで穂高さんが訊く。僕はもう一口食べながら答えた。


「えーと、食べられます」

「まずかったか?」

「普通です。まずくないです。まあまあおいしいと思います」

「そ、そうか! よかった……」


 褒め言葉とはちょっと違っていたんだけど、穂高さんは心の底から安堵していた。


「ミートボールが爆発したときはどうしようかと思ったんだ。まさか冷凍食品に火薬が仕掛けられているなんて……」

「火薬はないと思いますけど、食べられます」

「女子力アップだ! スタートラインに立っただけだが、それでもアップだ!」


 穂高さんが両手を上げて喜んだ。暗いも雰囲気は吹き飛び、踊り出しそうだ。顔色も明るくなっていた。

 僕は小声で秋津さんを呼んだ。


「これ、秋津さんが作ったんじゃない?」


 秋津さんは少しだけ驚いた顔を見せた。


「よく分かったね」

「なんとなく」

「私が99%作ったかなあ」

「ほとんど秋津さんの料理だ」

「穂高さん筋はいいんだけど、なんか能島君のためだって力が入って空回りしちゃうんだよね。そこを直せばちゃんと上手になるよ」


 僕はゆっくり箸を動かす。秋津さんが言った。


「おいしくない?」

「そんなことない」

「正直に言って」

「……食べられるから平気」

「ごめんね。あたし料理が下手なんだ」


 秋津さんは苦笑した。穂高さんはまだ喜んでいた。

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