第14話 穂高さんはお弁当を作る 1
「女子力を高めたい」
「こないだちょろい女になりたいって言ってませんでしたか」
「私は十分ちょろい。君が言ってたとおりだった」
いつもの放課後。生徒会室。今日も秋津さんはいない。陸上部の大会はよほど重大なようだ。
穂高さんは腕組みをし、うんうんうなずいていた。
「鋭い指摘に感心した。私はまた能島浩也に惚れてしまった」
「それでなんです」
「思うに私は、一般的な女子のスキルが圧倒的に不足している」
僕は目をぱちくりさせた。
「そうなんですか?」
「だって私は変人だぞ」
穂高さんはそう言ってから、
「まず私たちの状況を整理しよう」
備えつけのホワイトボードを引っ張ってくる。ここは生徒会室なので、わりとなんでもある。
穂高さんは、ホワイトボードの最上部に自分の名前を書いた。
「私は現在片想い中だ」
僕は手を上げる。
「質問」
「はい能島君」
「それって片想い相手に堂々と伝えるものなんでしょうか」
「なにを言ってる。告白の可能性は伝えたが、実行したわけじゃないんだ。付き合っているわけでもなければフラれたわけでもない。片想いだろう」
呆れたように言われてしまった。
理屈は通っているけど、会話としてはなんかおかしい。この人、クラスでもこうなんだろうかと思った。
「もう一度質問です」
「どうぞ」
「こんなことで女子力が高まるんですか」
「状況の整理は次への第一歩だ。客観評価にヒントが隠されている」
「企業のプロジェクトならそうかもしれませんけど」
「同じことだ。君のおかげで私は大企業の総合職に就職してプロジェクト立ち上げに参加しても困らなくなる」
穂高さんはホワイトボードに大きく書いた。
「片想いを成就させるにはどうしたらいいか」
そして「女子力」と続けた。
「これを強めれば君は私の告白を受けてくれる」
「もう告白されてるようなものだと思うけど」
「実際にしてないから違う」
「今したっていいですよ」
「しない。すぐ手が届くところにゴールがあるはずない。罠と考えるのが妥当だ」
「僕が罠を仕掛けてるんですか……」
「人は見かけによらないからな」
発想が常人のそれではない。
穂高さんはホワイトボードをいったん全部消し、上端に大きく「女子力とは?」と書いた。
「二人で自由に案を出していきたい。ブレインストーミングだ」
「僕も考えるんですか」
「その方が効率的だ」
「いいですけど……」
「まず考えられるのが、掃除洗濯だ」
穂高さんはマーカーでホワイトボードに書き込んだ。
「どちらも女子らしさを発揮するのに欠かせない」
僕は首を傾げた。
「乾燥器とロボット掃除機があれば良くないですか」
「金がかかるだろう」
「長い目で見たらコスパいいでしょうし、浮いた時間を有意義に使えるから」
「じゃあ洗い物はどうだ」
「食洗機あるでしょう」
「ゴミ出し」
「あれは外出する人がやればいいだけです」
「待て。これでは私の女子力発揮がなくなってしまう」
穂高さんは文句を言った。
「サボってもいいよと言うようなものだ」
「楽な方がいいでしょう」
「そうじゃなくてだな、女子力は楽をしたいとか、そういうのではないんだ」
「つまり?」
僕は本気で分からなくなった。
穂高さんは「察しの悪い男だな」という顔をしている。穂高さんにここまで言われてしまう(言ってないけど)のは、僕がよほど鈍いってことになる。
ちゃんと考えなければ。というか、これって考えるものなんだろうか。そもそも女子力ってなんだ?
「……女子力の定義からはじめたいんですけど」
「能島君が私みたいなことを言いだしたぞ」
「性別から考える必要があるかもしれません」
「そこまでじゃないだろう……」
がらり。生徒会室の扉が開く。入ってきたのは秋津さんだった。
「陸上部が終ったので来ましたー」
窓の外を見ると、いつの間にか夕陽が傾いていた。運動部が終るんだから結構な時間だ。
秋津さんは鞄を置かずホワイトボードを眺める。
「女子力……?」
「私に必要なものだが、能島君が理解してくれない」
穂高さんが秋津さんに、今までのことを説明する。秋津さんは生返事をせずにちゃんと聞いていた。
「あー、これは能島君が悪いね」
「えっ、僕のせい!?」
「分かんない。適当言っただけ」
「言わないでくれ!」
「でもここに書いてある女子力って、能島君に尽くしたいってことですよね、穂高さん」
穂高さんはほんのり頬を染める。
「簡単に言えばそうだ」
「前に尽くそうとしたって聞きましたけど」
「うまくいかなかった。だから女子力でいいかと思ってる」
「だったら掃除や洗濯より、メイクに力入れたらどうです?」
「私はメイクの必要がない顔だ」
「わあ。ナチュラルすぎてムカつきません」
秋津さんは一度感心してから続けた。
「だったらお弁当ですね。お料理作ってもらって喜ばない男子はいません。女子力も上がります」
「いやそれもキャンセルだ」
「どうしてなんです」
「下手だからだ」
「まさか。なんでもできる穂高さんが?」
「本当だ。そもそもしたことがない」
それはそれで意外である。僕と秋津さんが詳しく聞くと、小学校で調理の時間は風邪で欠席、家でも菜箸すら持ったことがないらしい。
まあ女子だから料理しろと決まってるわけじゃないが、まったくやらないのも、それはそれで珍しい。
僕は思わず口を出した。
「そういう主義なんですか?」
「機会がなかっただけだ」
「だったら、むしろ食べてみたいです」
「いや……止めた方がいいんじゃないか」
「万能超人の穂高さんならできますよ」
「だけどな……」
「穂高さんの料理を食べてみたいんです」
本音である。隣の秋津さんも「あたしも食べたい」と言った。僕より声が大きく、空腹っぽい声音だった。
穂高さんは恨めしそうに僕らをみると、わずかにため息をついた。
「……そこまで言うならやってみよう」
「嬉しいです」
「期待はしないでくれ」
「いえ、期待してます」
ここでチャイムが鳴り、今日の生徒会は終った。僕と秋津さんは期待半分、不安半分で明日を待つことになった。
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