後日談
誰もいないことを確認しつつ屋敷に入ってきた俺は、ふうと息を吐いた。
今日もやりきった!
にまにまする顔をさすって平常心を保つ。
バレるわけにはいかないのだ。
「──どこに行っておられたのですか」
「し、しりるさん!?」
嫁さんの登場に声はひっくり返った。
さっきまではいなかったのに!
動揺のあまり早くなった心臓を押さえながら、なんとかにこりと微笑んだ。
滲む汗は、外が暑かったからだと説明しよう。
「最近こそこそといつもどこへ行っておられるのですか?」
「ちょ、ちょっと、そこまで……?」
ぱたぱたと手で仰ぎながら、額の熱を逃がす。
「そんなことで誤魔化されるわけありませんよ。一体、どこで、何を、していらっしゃるんです?」
強くなる語尾に胃がキリリと叫ぶ。
思わず顔を顰めた俺に、シリルさんはますます眉を吊り上げる。
「ま、さ、か! どこかの女性の元へ、なんて……!」
全く身に覚えのない、とんでもないセリフに俺は慌てた。
まさかシリルさんがそんなことを思っていたなんて思わないじゃないか!
風を切るように首を横に振り、誤解を解こうとシリルさんを連れて行った畑の端っこ。
双葉から少し成長したばかりの芽を世話するために毎日こっそり出かけていた。
「別に隠すことでもないじゃありませんか。これは何なのです?」
う。追及が……だから知られたくなかったんだ。
「……イガナオールという薬草、です」
抵抗は諦めることにした。これ以上は自分の体調に関わる。
「胃の不調が良くなるという薬草ですね。もしかして自分用に?」
とうとうバレてしまった。畑の一部の私物化と薬草の存在を。
溜息と共に俺は頷く。シリルさんは予想通り疑問符を浮かべている。
「けれど何がそこまで胃に負担をかけているのでしょう。自然に囲まれた土地、野菜中心の食事。負担になりそうなものはなさそうですけれど」
小さく首を傾げるシリルさんは一層かわいい。
可愛いが──。
「もしかしてアル様がまた何か!?」
きっ、と王城のある方向を睨む。視線で射殺しそうな勢いだ。
「違!」
「いいえ! あの方は頻繁にいらしては私たちの間に入ってくるのですもの」
シリルさんとアル様による笑顔の論争はもう何回目だろうか。
「ほら! また!」
アル様の影を遠くに見つけ、シリルさんは早くも臨戦体制である。
君にも原因が、とは言えない俺は腰抜けだろう。
早く、早く育ってくれ……!
俺は顔を顰めながら、胃痛が消えることを夢見て、必死に祈るのみである。
王子様は農民になりたい 夕山晴 @yuharu0209
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