第8話 理想郷


 犯人たちの搬送が終わり、エナも念のため傷の確認をしようと別室へ移された。すると、ライマルの雰囲気が変わった。先ほどまでは穏やかな感じだったのに、急に鋭利な空気を醸し始めたのだ。


「カナンバブルの首領。謝罪はしたし、捕まえた者達の処分もこちらで請け負う。あとは報酬だ。どんな報酬がいいのかな」

「あんたは貴族、しかもそこら辺の貧乏貴族なんかじゃない」

「それで?」


 ライマルは平然と続きを促す。つまり、正真正銘すごい貴族なのだろう。


「癒しのものに手を出させないようにしてくれ。あんたの権力があれば国民に、他の貴族や王族にも牽制が出来るだろ」


 ザイードの言葉に、目を見開いた。まさか、そんな要求をするとは思っていなかったのだ。


「首領!」


 カナンバブルのメンバーたちが口々に呼んだ。


「な、違うぞ。俺は別にこいつを心配してとかじゃなく、その、毎回狙われたら面倒だからだ」


 ザイードが早口でまくし立てる。だが、みんな生暖かい目でみつめるばかり。


「首領。面倒なら放り出すって手もあるのに、狙われたら毎回助けるんだぁ。優しいじゃん」

「だから兄ちゃん、みんながあえて黙っていることを言っちゃうから怒られるんだってば」

「うるさいぞ、双子!」


 首領が我慢ならずに殴りかけたが、すんででダイヤンが羽交い締めにしてとめる。


「はははっ、君たちは面白いね。じゃあ、こうしよう。わたしは忙しくて一人のために時間と労力を割くのは無理だ。だから、代わりに君たちに権力をあげよう。その権力で守りたい者を守るといい」


 ライマルはさも愉快といった様子で、提案をしてきた。


「権力? 俺たちは貴族の下にはつかない」

「違うよ。別にわたしの駒になれと言ってるわけじゃない。スラムは実質無法地帯だ。誰もこんな危険な地区は欲しくないからね。だから、わたしがカナンバブルにスラムの自治権を与えてあげよう」

「自治……俺たちが、治めるってことか?」


 ザイードの目が驚愕に見開く。


「その通り。シェヘラ王国の宰相であるわたしが認める。今日からスラムはカナンバブルが治めるんだ。おそらくすぐには誰も言うこと聞かないだろうけどね。それを住人たちに認めさせることが出来るかは君たち次第だ」




***


 宿屋での騒動から五日。ライマルの部下がアジトに来て、スラムの自治権を与える件について打ち合わせをしている。ザイードはいくつか要求を出した後は傍観の姿勢で、主にライマルの部下と協議を進めるのはダイヤンだった。


 俺はその様子を掃き掃除をしながら、こっそり聞いていたりする。だが次第に掃除よりも中の方が気になって、身をかがめて聞き耳を立てた。


「おい、盗み聞きとは悪趣味だな」


 頭上からゾッとする声がした。

 慌てて上を向くと、ザイードがいるではないか。思わず出そうになった悲鳴を飲みこむ。


「ひっ、すんません」


 さっきまでダイヤンの隣に座っていたはずなのに、いつのまに移動してきたんだ。気配消すのが上手すぎる。


「アキム、屋上行くぞ」


 ザイードが顎をしゃくる。

 俺なんかが首領の誘いを拒否できるわけもなく、ザイードと一緒に屋上へ移動するのだった。




 アジトの屋上には誰も居なかった。いつもは誰かが昼寝していたり、体を鍛えていたりするのだが。


「話し合いは続いてるのに、居なくていいんですか?」

「俺の言いたいことはもう言った。あとはダイヤンが上手くまとめるだろ。俺はごちゃごちゃと細かいことを言われたら、イラついて手が出ちまうかもしれないからな。これは大事な話し合いだ……台無しにするわけにはいかない」


 ザイードが縁に腰掛けて、町並みを見下ろした。彼の銀髪が風になびいている。


「首領、あの、ありがとうございます」

「あ? 急になんだ、気持ち悪い」


 ザイードが顔をしかめた。


「俺のために、いろんなことを背負ってくれてるから……です」


 ザイードが俺の癒しの力を制限する理由。それは俺の魔力があまり多くないからだ。魔力が枯渇してもなお、癒やそうとすると、今度は俺の生きるための力を魔力に変換してしまう。生きる力が減っていくということは、つまり、いずれ死ぬということだ。

 実際、無理やり癒し続けて死にかけたこともある。あの時はまたこうして太陽の光を浴びることが出来るなんて思わなかった。つまり、それくらい瀕死の状況に陥ったのだ。


 だから、ザイードは力をむやみに使うなと命令する。『命令』だから、俺の意志ではなくザイードの意志ということになる、という建前だ。


 俺は魔法道具の暴走に巻き込まれ、偶然にもこの癒しの力を得た。癒しの魔法を使える杖だったが、持ち主が無茶な使い方をして杖が爆散したのだ。破片がたまたま近くにいた俺の右腕に突き刺さり、抜こうとしたのだが、するっと傷口に溶け込むように入り込んでしまった。それ以降だ。俺が癒しの力を使えるようになったのは。


 最初はすごい力を手に入れたと嬉しく思ったものだ。高価で貧乏人には手が届かない魔法道具、それを用いずとも人助けが出来るし、何なら金を稼ぐことも出来る。でも、すぐに良いことばかりの力ではないと思い知った。


 本当は助けられるのであれば、いくらでも助けてあげたい。死んだら終わりなのだから。でも、怪我した人、病気の人、スラムにいればごろごろいるのだ。求められてすべて癒やしていたら、俺の方が死んでしまう。だから、癒しの力を使う相手は選ばなくてはならない。


 命の選別と言ってもいい。俺はこの重い選択を迫られることに、心を病みかけていた。そんなときにザイードに出会ったのだ。そして、ザイードが俺の罪悪感を肩代わりしてくれた。俺は、この暴君に救われたのだ。


「別に背負ったつもりはねえ。自分の道具は壊れたら困る、世話するに決まってんだろ」


 ザイードの選ぶ言葉は、人によっては誤解されてしまう。傲慢で、自分勝手に聞こえるかもしれない。でも、内面は誰よりも優しくて強い。


 だから俺はザイードに、この不器用で優しい王様についていこうと決めた。

 もし王様が死にそうになったら、俺の命を賭けて助けるって決めている。


「首領。自治権が与えられるってことは、ある意味『国』を手に入れたみたいなもんですよね」

「まぁ、そうだな」


 ザイードは再び町並みに視線を戻した。


「じゃあ、首領は王様っすね。17歳にして王とかすごいな」

「これくらいで満足するな。お前はこんな小さなスラム街で満足なのか?」

「えっ?」


 ザイードは立ち上がり、俺の方を向いた。


「アキム、これは始まりだ。俺たちみたいな荒くれ者に、ここは狭いだろ?」


 そう言って、ザイードは不敵に笑う。


 我らが王様は、もっと先を見ているようだ。


「そうっすね。もっと大きくしないと!」


 俺は元気よく答えた。


 だって、居場所のない人はスラム以外にもたくさんいる。そんな人たちが安心して集まって来られるように、もっともっと、大きな国を作らなくちゃいけないんだ。

 

 それは途方もなく遠い道のりだろう。夢を見すぎだと笑うものもいるだろう。

 だけど、きっと叶えられると思う。


 希望を描き続ける限り、理想郷は消えないのだから。 






     (了)



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砂漠の子虎たちは理想郷を望む 青によし @inaho

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