夜叉王の面頬

らんた

夜叉王の面頬

「出来てるではないか、夜叉王やしゃおう


 ここは修善寺しゅぜんじ。失脚した『元』二代将軍……頼家よりいえは復讐の鬼となっていた。その自分の心を映してくれと面師の夜叉王に面頬めんぽうを作ってくれと頼み込んだのだ。頼家は流罪るざいとして修禅寺しゅぜんじに流されたのだ。夜叉王はその名の通り鬼面を得意とする面師めんしである。


 「これはその……失敗作でして」


 それは立派な鬼面であった。自分の悲嘆ひたん憤怒ふんぬ、狂気、傲慢ごうまん強欲きょうよく。すべてを内包させた鬼面である。傑作である。面は美と死を同時にたたえていた。ただし角はない。夜叉やしゃは仏の教えに帰依した鬼神である。ゆえに角が取れてるのだ。自分と同じである。自分は出家したのだ。己が病に伏せてる時に政子まさこに強制的に……。


 「どこが失敗作なのだ? 傑作ではないか」


 そう、この面を被り稀有けうの悪女、実の親である政子を討つのだ。政子に族滅させられた武蔵国の勇者……比企能員ひきよしかずをはじめ比企一族の敵討かたきうちにもなる。そうだ……鎌倉へ出兵するのだ。我は夜叉として生まれ変わったのだとクズ親に知らしめてやるのだ。


 「それがこの面は……死相が出るのです」


 見ると傑作ともいえる面がいくつも壁に飾られていた。


 「おのれえ! お前までも俺を馬鹿にするのか! 俺は政子を!! あの女狐めぎつねを討つのだ!!」


 刀を抜き、面の譲渡を迫る頼家。


 「お辞めくださいまし!!」


 夜叉王の前に出たのはかつら。夜叉王の娘だ。彼女も面師めんしである。


 「お渡しします」


 「それでいいのだ」


 「この面は……呪われております。それでもよろしいので?」


 もう一人の娘、かえでも聞く。


 「構わんぞ。我は死んだも同然の身。亡者となって政子を討つ!」


 その声を聞くと桂はうやうやしく渡した。盆には三個の鬼面が載っている。


 頼家は刀をさやに収めそっと鬼面を自分の顔に当てた。すると……ぴたりと鬼面は自分の顔に付いた。


 「気に入った」


 頼家の声もより黒きものに変わった。


 「そ……その面は外せません。呪いが掛かってるのです! 頼家様の怨念おんねんが面にまで及ぶのです!」


 夜叉王が言った。


 頼家は顔をかきむしるように面を外そうとした。外せない!!


 (いや、かえって好都合ではないか?)


 「いや、より気に入ったぞ」


 そう、面頬めんぽうから力がみなぎって来るのである。残り二個の面頬を頼家は懐にしまう。桂は盆を仕舞った。


 「食事は……食事はどうなさるので?」


 「構わぬ。この面から食おうぞ……場合によっては北条の者どもの肉をな!」


 頼家はもはや人間ではなかった。完全に鬼であった。


 「夜叉王よ、おまえは稀有けうの才能を持つ天才よの。我が将軍に返り咲いたら側近に迎え入れよう」


 「残り一個の面はどうなされるので?」


 「記念だ。くれてやる」


 「そ、そうですか」


 「それと、今日からこのかおを我の顔と思え! 政子を討つまでは! 我は……鬼なのだ」


 (政子を討ったら私は人に戻るのだ……。それまでの辛抱だ)

 

 鬼面から涙が伝わった。鬼面は無情にも涙を吸った。


 「頼家様……」


◆◇◆◇


 以来頼家は修善寺から出ては北条側の武将を切り……武将の肉を食っていった。はらわたを嬉しそうに垂らしながら咀嚼そしゃくする。血は面が吸収する。そうすることで己の力がさらにみなぎるのだ。


 正気を失った頼家に対し政子はとうとう修善寺へ特殊部隊を派兵する。


 暗殺だ。


 多勢に無勢。それでも必死に戦った。


 「桂!?」


 「私も戦います」


 そう言って桂も鬼面を被った。まるで瓜二つだ。服まで一緒だ! 『瓜子姫』とはこのことを言うのか!?


 敵を斬り倒し桂も手で死体の肉を運ぶ。


 死体を食えば食うほどこの面は力を増す。


 「さあ、私を置いて逃げるのです! 早く!!」


 声までそっくりだ!


 「私の本当の名前は比企能員ひきよしかずの子……中野尼なかのびくに!」


 「何!?」


 「私も鬼となって果てましょうぞ!?」


 それを聞いた頼家は笑った。すすわらうように笑った。それは泣き声のようにも聞こえた。絶望した者だけが出せる笑いの声。悲しみと絶望の音色は呪われた面頬めんぽうが増幅させる。暗殺者達はたじろいだ。


 「いいや、ともに地獄に参ろうぞ」


 嬉しそうにいくつもの刃をかいくぐり切り倒す。そして内臓を咀嚼そしゃくする。


 そこまでだった。桂も頼家も後ろから刃に貫かれる!


 「我は鬼!!」


 そう言って蹴り倒し、貫かれた己の力を振り絞って後ろの敵を斬り倒す。


 しかし突然、闇が覆った。自分が被ってた面頬が取れる。呪いで取れぬはずの面が。何も見えぬ。


 「おのれ、悪の化身……政子……末代まで呪ってやる」


 懐から落ちる二つの鬼面。


 「これは……!?」


 暗殺者たちは驚いた。それはあまりにも傑作の鬼面だったからだ。


◆◇◆◇


 夜叉王は修禅寺しゅぜんじが焼け落ちるのを遠くから見ていた。町全体の呼び名……修善寺しゅぜんじをも覆いつくさんばかりだ。


 「罪なものを作ってしまった」


 夜叉王は慟哭どうこくした。血は繋がってなくとも娘を失ってしまったのだ。


 かつらをはじめ軽い流罪となったものは修善寺に行く。つまり桂も本当は第二の人生が歩めたはずなのに。


「お前が『鬼』の生みの親か?」


ここにも暗殺者らが来ていた。松明たいまつの灯が夜叉王を照らす。


「捕えた僧からお前の居場所を聞いた。覚悟はいいな?」


剣を抜く暗殺者。


「お覚悟~!」


夜叉王は一切動かなかった。何も言えなかった。


◆◇◆◇


 実朝さねともはふっと目が覚めた。そこには居るはずのない者が立っていた。


 「よう、兄弟」


 そこには鬼面をかぶった武士がいた。


 「次はお前が殺される番だぞ? 政子に気をつけろよ? せいぜい将軍ごっこがんばれや? お前も俺のように暗殺されるのがオチだと思うがな?」


 ふっと消える鬼面の武者。


 「で、で、出た~~~~!」


◆◇◆◇


公暁くぎょう……」


「父上!! そのお姿は……」


幽霊が鬼面を取ると自分のよく知る姿が居た。


「あいつが武家社会を壊したり裏切ったりしたら容赦なく殺せ。我の無念を晴らしてくれ。お前が次の夜叉になってくれ」


「おいたわしや……」


無念の声を聴くと幽霊はふっと消えた。


◆◇◆◇


 頼家が夜叉として、怨霊おんりょうとして出たことは鎌倉中の話題となった。実の母親である政子は怨霊を鎮めるべく修禅寺しゅぜんじ頼家よりいえの墓を作り、修禅寺を復興させ、定期的に『修善寺物語しゅぜんじものがたり』を上演することで頼家の魂を鎮めることにしたという。


=終=

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