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【原稿:捨て】真・桃太郎伝説

~序~
むか~しむかし……出雲の国に製鉄民が居ました。彼らは「たたら」といって山の樹木を大量に切って洪水を起こしながらも鉄を作り鉄の力で農地を広げていきました。そんな出雲の地は小国群だったのですが出雲の地を平定し大国とさせた王様が居ました。それが大国主という王様です。

その洪水もスサノヲという王様によって治水したおかげで「豊葦原瑞穂国」と呼ばれるほど豊かな国になりました。日本海を通じて諸国と貿易しますます豊かになっていきました。そんな豊かな土地を羨ましく思っている国がありました。九州にいる豪族です。後に天津神と呼ばれます。出雲平定をしたのちに彼らは「大和」と名乗り今の奈良県に移りそこで日ノ本を治めます。

天津神は何度も出雲の国に攻め入るとうとう国譲りを迫ります。ほとんどの国は従い大国主も従いました。反抗したタケミナカタも遠くの諏訪まで追いやられ「鬼」とされてしまいました。

出雲の民は散っていき一部は山を越えて吉備の国にたどりつきました。吉備にたどり着いた出雲の民の長を「温羅」と言います。

今日お話するのは吉備の国、つまり今の岡山県に伝わる悲しい物語。日本人なら誰もが知る『桃太郎』の本当のお話をお伝えします。これは「大和」に逆らうものは「鬼」とされてしまった悲しい逃れの民の物語……。

第一章

吉備に逃れた民は出雲の時に居た時と同様大量の樹を切ってたたらで鉄を作ります。火の粉が襲う辞め彼らの体は赤くなっており中には片目を足られた者も多く居ました。もちろん多少の洪水を起こしましたが樹の鍬から鉄の鍬になって農業生産は各段に上がり吉備の国は一気に強国になって行きました。あまりの嬉しさに吉備の民は阿蘇姫を温羅へ嫁がせたうえで「吉備の冠者」つまり吉備のために尽くしてくれた勇者の称号を贈りました。

当然快く思っていないのが大和の国です。彼らは温羅の国の民を鬼とみなし征伐に向かいます。彼らの征伐は過酷を極め皆殺しになることも多々ありました。征伐の指揮者は彦五十狭芹彦命。四道将軍の1人です。部下は犬飼健命、楽々森彦、留玉臣命という者がおりました。

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つまらん。本当の民話はこうですよって伝えるとつまらないんだね。

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