第10話 歌姫と女神

『やはり、生きていたか』

「悪運は良い方ですよ。爆熱を直接食らわなかったのが功を奏しました」

『死んだ兵士達にはお悔やみを言うが……お前が無事でよかったよ』

「医者としては喜んで良いのかわかりませんが」

『どうしようも無かったのだろう? 武器を持って人を救うのは兵士の役目だ。我々は本来なら救われる事の無い者達を救う為に足を運ぶ』

「解ってはいますけど……馴れませんよ」

『それが正常だ。お前は優しい人間だよ』

「褒めてくれるのはありがたいですが……現実的な話をしましょう」

『今はどこから掛けている?』

「治安維持地区を分けた街です。検問を挟んで外にいます」

『治安維持地区内には入れないのか?』

「門前払いを食らいました。四日前に米軍が襲撃を受けたと同時にラクシャスの正規軍施設も攻撃された様で正確な身元が解らない人間は通して貰えないと」

『IDカードは?』

「焦げていて証明になりません」

『何か身元を証明するモノは?』

「スマホは機密保持の為に所持を認められて居ませんでしたし、免許の入った財布はどこかへ消えました。吹っ飛んだ拍子に海へ落ちたのかと」

『お前は本当に運が良いのか悪いのか解らんな』

「命を拾う事に関しては運が良い方だと思いますよ。おかげで状況に苦しめられているワケですが」

『こちらから『ラクシャス』へ人員を送る。ただし時間をくれ』

「どれくらい?」

『『ラクシャス』の戦線は混乱しててな。早くても三日……しかし、一週間はかかると思っててくれ』

「早めにお願いします。後、送る人員に少し現金も少し持たせてくれませんか?」

『? 給与は口座に入っているハズだろう? 我々の口座はカードが無くても番号を打てば引き出せるハズだ』

「治安維持地区以外では金を下ろせるATMがどこにもないんです」


 医療団体の支部長との連絡を終えた将平は電話ボックスの受話器を下ろした。






 襲撃を受けた将平は、海岸で米軍による迎えの船を一日待ったが一向に来る気配が無かったので、自力で治安地区に移動することにした。

 残った物資をかき集め、遺体はシートをかけて可能な限り丁寧に処理を施す。そして、回収できるドッグタグを荷物に入れて場を後にした。

 それから三日かけて戦線を迂回し、なんとか治安維持地区と戦線の境となる街まで到達した。そして、使える公衆電話を見つけて、僅かな小銭で医療団体の支部長に連絡を取ったのである。


「それでも……弱ったな」


 一時は戦火に飲み込まれたのか、検問のこちら側にある街の一部は空爆を受けた様に半壊し、今にも崩れそうな建物は多々ある。

 それだけではなく、治安維持地区へ入れない浮浪者の姿が転々と見えるのだ。


「……」


 将平は足を止めずに移動を開始。荷物を持つ日本人などこんな所では格好の的だ。金目のモノは特に持ってないが、ドッグタグは必ず軍に届けなければ、軍が兵士の戦死を確認するのに時間がかかってしまい、残された家族へ遺族年金が渡されるのに長い時間を要する事になる。


「すまんな、ジョン。オレに出来るのはこれだけだ」


 オレは彼の遺族と顔を合わせる事も無いだろう。命を救えなかった自分に出来ることは可能な限りやってあげたかった。


「せめて、今日の寝床を探すか」


 壁が壊れていたり、無人の店を火事場泥した跡で屋根のある建物は入りたい放題だ。


「……流石に何もないか」


 そう言った建物へ食べ物を探して入るものの、根こそぎ持っていかれ何も残っていない。


「水道は通じてるな」


 外の水道は水を出して少し時間を置いてから手で掬って最低限の渇きを満たす。海岸のキャンプからかき集めた食料は殆んど残っていない。手持ちの金も僅か数枚のコインだけで、最低でも四日を過ごすには水だけでは……


「ん?」


 その時、懐かしく食欲をそそる匂いに思わずそちらへ足が向かう。

 味噌の匂い? 海外の戦地で?


 それは日本人ならば日常の食卓に並ぶ匂い。しかし、ここは『ラクシャス』で、しかも戦線の中にある。何故、味噌の匂いが――


 その匂いに釣られて足を進めると、そこは街の外側にある無数の難民が集まって出来たベースキャンプだった。






 規模は100人近くが住んでいるだろうか。テントが所狭しと張られており浮浪者や、旅行客の様に小綺麗な者まで多々居る。


「難民キャンプか」


 味噌の匂いは奥からだが、少し状況を見る為に中へ入る。見ると物々交換にて貴重品と缶詰などを取引していた。

 主に貴重品を出すのは旅行客で、食料や必要な物資を提供するのが、現地の浮浪者と言った様子だ。


「……あそこか」


 オレは匂いの根源までたどり着くと、そこには長蛇の列が出来ていた。皆が、空のお椀を持ち、自分の順番を待っている様だ。


「配給か」

「はいはーい! 最後尾はこっちだよ! あ! こらー! 割り込んだら駄目! 皆時間を掛けて待ってるんだから!」


 すると、どこかで聞き覚えのある声が背後から聞こえる。


「そこの君も! 並ぶなら最後尾に――」


 自分の事を指摘されて振り返ると、そこに居たのは『ここより最後尾』と書かれた看板を持つ舞鶴琴音だった。


「――って、大鷲さん!? 何でここに!?」

「……それは……オレのセリフの方が適切だろ……」


 流石の将平も、世界の歌姫が何故この場で配給の列の整理をやっているのかが、全く解らなかった。






「よ」

「よ?」

「良かったぁ!」


 すると、琴音はそのまま抱きついてくる。


「生きてるって知ってたけどさ! どこも怪我は無いみたいだね! ほら、戦争に巻き込まれると精神を病むって言うじゃん? だから僕さ、大鷲さんが塞ぎ混んでるかも知れないって心配だったんだ。足もちゃんとあるね! 手もあって、指もある! 五体満足!」


 琴音は抱きついてから、将平に上目遣いで目線を合わせて、次に手を取り、指の本数も確認する。

 目まぐるしい表情と動きを見せる琴音。落ち着きが無い様子は彼女の性格なのだと将平は諦めた。


「まだ、戦場で医者をやってるの?」

「人それぞれだろう。それよりも何でそっちがここに居る?」

「まだ医者をやってるんだ! 良かったぁ。僕? 僕はねー」

「どうしたの? 琴音さん」


 すると、今度は落ち着いた大人の声が将平へと向けられた。見ると、琴音よりも数段大人びた女性が歩いてくる。


「あ、椿さん!」

「あら。日本人の方ですね」


 と、彼女は太陽の様に笑って胸に手を当てる。


名雲椿なくもつばきです」

大鷲将平おおわししょうへいです」

「よろしくお願いしますね、将平さん」

「よろしく、名雲さん」

「ここでは椿で結構ですよ。数少ない日本人同士ですもの。親身になって助け合いましょう」

「そうですか。よろしくお願いします、椿さん」


 椿はここに居る人間にしては少し雰囲気が違った。他の人間には悲壮感があるのだが、彼女だけは、現状にどこか満たされている様に見える。


「えっと……そう言う事だから! よろしくね! しょ、将平さん!」

「…………まぁ、よろしくな琴音さん」


 将平がそう返答すると、琴音は嬉しそうに笑う。

 その様子を、ふふ、と椿は見ていた。






「“声”の隔離に成功した。次のステップを……」

『流石だ、ゼセル。“声”を確保せよ。神が落とした設計図の一部は決して逃してはならない』

「了解」

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歌姫と結婚した戦場医の話 古朗伍 @furukawa

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