2章 戦線の女神
第9話 ラクシャス戦線
オルセンの反政府軍の一件後、オレはカウンセラーと検査を受けるように言われ、1ヶ月間日本から出れなかった。
テロリストに拐われて、空爆も経験したのだ。心身に障害を発症していると思われても仕方ない。
平気だと申請はしたが、遅れてフラッシュバックがあるかもしれないと経過を見る意味でも休む事になった。戦場への派遣も行う故にその辺りのケアは同然のように行うのだろう。有給扱いとして給与も出る。
本当に問題は無いのだが適度な休暇だと考えて過す事にした。
仕事ばかりで自由な時間と言うのはあまり慣れず、適当に街を歩く。
街中の看板には話題の歌姫こと、舞鶴琴音が絶えず存在し、新作のCDも売れ行きは好調らしい。
ニュースやバラエティでも度々流れる彼女の曲は確かに良いモノだし、皆が夢中になるのも頷ける。ちなみにオレが買おうとしたときには既に売り切れだった。
入荷は半年後とのこと。
「……まぁ、仕方ないか」
是が非でも欲しいワケではないので、縁がなかったのだと諦める事にしよう。実家の里では流行りに流行っているらしく、のど自慢大会なるモノが始まるとか。
これで合法的に『歌姫』を呼ぶらしい。父は難色を示し、阿保か、と立ち上げを止める様に言ったそうだが、大多数がやる気なので揉み潰されたとか。
その後、オレの診断結果を確認した団体から復帰要請が出た。
将平が海外派遣医療団体に戻り、2ヶ月後。『ラクシャス』戦線――
蒸し暑い診察室は浜辺の
日々、苛烈さを増す銃声と空爆は一つの国が引き起こすモノではない。
西洋にある小さな島国『ラクシャス』では、調査でその土壌には数多のレアメタルが眠ると結果が出た事により、あらゆる国が武力介入を開始。
周辺諸国は古い盟約を掘り出し『ラクシャス』を自国の領土と言い張った。
恐らくは水面下で複雑な睨み合いがあり、どの国も武力行使はするつもりはなかったのだろう。
だが、近海を観光で進む客船が、誤射で沈められた事で、自国民を失った国はソレを言い訳にここぞとばかりに介入し引き金が引かれた。
そうして『ラクシャス』の戦線は混沌を極めて行く。
「ジョン、調子はどうだ?」
「ドクター」
オレは補給された医療品の確認を終えると負傷者のテントに顔を出す。
そこには、足を負傷した兵士のジョンが身体を起こして手紙を読んでいた。
「家族からの手紙か?」
「はい。先ほどの補給物資と共に」
嬉しそうに手紙と添えられた写真を見せてくれる。そこには、若い女性と赤ん坊が手を振ってる姿が撮られていた。
「今年で一歳の娘です。出産には立ち会えましたが、誕生日は一週間後なので無理ですね」
「そうか」
『ラクシャス』への従軍は米国としても大きく展開はしていない。元々、自国の領土であると強く主張している先入りの制圧軍の規模が大きすぎて、後から参戦した米軍は自己防衛程度の戦力しか派遣していないのである。
「ジョン、これにサインしてくれ」
「何ですか?」
オレは一つの診断書を彼に手渡す。ソレを開いてジョンは読むと、
「ドクター、診断結果が間違えてます。私の怪我は薬で痛みを抑えれば戦えますよ?」
「医者の判断だ。継続戦闘中に動かなくなる可能性を考慮してる」
「しかし……」
命令に従い戦おうとするジョンにオレは意図して伝わる様にもう少し噛み砕いて言う。
「誕生日を祝え。医者が言うんだから、帰るのも仕方ない」
「……ありがとうございます」
オレは帰還の必要がある負傷兵のリストをまとめ、軍部へメールで送信。その要望は問題なく受け入れられ、明日の夕刻にある迎えで彼らは帰還する事になった。
「ドクターにはご家族は?」
「父と母、妹の三人だ」
その日の夜、ジョンはオレに話しかけてきた。煙草を吸いながら星空を見上げて家族の事を話す。
「ご結婚はされていないので?」
「こんな仕事だ。相手がいない」
父の威光を避けて国外で転々と移動する仕事をすればそう言う機会は殆んどない。
「昔は、兵士であるなら家族は持たぬ方が良いと私は思っていました。悲しむのは父と母だけの方が良い。未練が増えればきっと戦場に行くことを後悔するだろうと」
「今はどうなんだ?」
「娘が産まれた時に絶対に護らねばならないと思いましたよ」
その時に、ジョンが銃を持つ理由は国から家族へと変わったのだろう。
「ドクター。思ったよりも良いモノですよ。待っている家族が多いと言うものは」
「そうだな」
オレは結婚する気は無いが、楓はいずれ家族を増やすだろう。オレの役目は先に逝く、父と母の代わりに家族を護る事だ。
「ドクター、連絡が来てる」
「そうか」
その時、別の兵士が医療団体から連絡が来たと伝えにやってきた。
「ちょっと席を外す」
オレはジョンに断って席を立つと少し離れ、通信機器がまとめられたテントに入る。
「大鷲です」
『ショウか。お前は今、『ラクシャス』の米軍の戦線にいるな?』
相手は支部長だった。
「はい。負傷者の数はさほど多くはありませんし、増員の必要は無いかと思います」
『いや、お前には別の所に行ってもらう。明日の迎えでそこを離れろ。後任は既に手配してある』
「わかりました。ちなみに次の派遣地域は?」
『それも落ち着いた所で――――』
その時、背後から襲った爆音と衝撃波によって身体を吹き飛ばされた。
テントの中に居たので何が起こったのかまるでわからずに上下の位置も滅茶苦茶に浮遊感に揉まれて通信機器と共に吹き飛ぶ。
「――っは!」
そして、落下したのは水辺――いや、海面だった。蓋をするように沈むテントの布から泳いで脱すると、星空の下に出た。
何だ? 起こった……?
視界を巡らせると、浜辺の拠点は吹き飛ばされており、資材は全て燃え上がっていた。
上空からは戦闘ヘリが数機滞空しており、それらによる攻撃であると悟る。
戦線の警戒は問題なかったハズだ……いや、この空域にヘリを飛ばすのは他の国が睨みを効かせている故に不可能なハズ……
どこの国の人間か、パイロットの特徴を覚えようと注視すると、その肩に“脳と地球”を象った見たことのないタトゥーを見る。
「――――」
ふと、パイロットがこちらへ視線を向けたので一旦潜る。
「……」
ヘリは生存者は居ないと判断したのか滞空音は彼方へ去って行った。
「――ふっは!」
オレは顔を出し、波に揺られながら生存者は自分の他には居ない事を遠目に確認した。
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