第8話 次の戦場へ
反政府ゲリラの鎮圧が終わり、そのリーダーとされるオルセルと幹部の遺体を
その次の日、将平は密航船を前に佇んでいた。
「お別れだな」
「ええ」
アキラは子供達が密航船に乗り込んだのを確認し、最後に自分がタラップを踏む。
「ドクター・イグルー。最後までお世話になりました」
「気にするな。買い出しくらい、なんて事はない」
将平は本日の密航船の予定が着くまでの間、アキラ達を助けてあげていた。
密航船はオルセルの古馴染がやっている裏家業であり、反政府ゲリラが国内外へ出入りする際には利用させてもらっていたモノである。
「……ドクター。私たちと共に来ませんか?」
「なぜ誘う?」
「……私個人としては特に理由はありません。しかし、子供達は貴方にとても懐いています。リーダーの死を知り、あの子達が今笑えているのは貴方のお陰です」
「それは違う。オレはどこまで行っても部外者でしかない。子供らの家族はお前だけだよ」
すると船から、アキラー、と彼女を呼ぶ声が聞こえた。将平は煙草を取り出すと火をつける。
「ほらな。呼んでるのはオレじゃない」
「……貴方はこれからどうするのですか?」
「公的には死亡扱いだが、まあ顔を出せば何とでもなるだろう。記憶を失ってたとか言っておく」
「……私たちの事を告げても構いません」
「言わんよ。この国がお前達を見逃したんだ。それをオレが台無しにする様なマネはしないさ」
こう見えても空気は読める、と将平は一度煙を吐く。
「それに……救えなかったからな。オルセンを」
「あれは……貴方のせいでは……」
「医者として、一度救った命がまた失なわれる事は他が思った以上に辛い。救える技術を持っているだけにな」
その事に、どうしようもない、と割り切れるのであれば将平は日本を出ようとは思わなかっただろう。
「オレが医者を辞める事で本来救われる命が失われてしまうのなら、お前らとは一緒には行けない」
ソレは彼の信念だった。将平が医者を志したのは身内が失われる可能性を1%でも多く失くしたいと言う想いからである。
「……貴方は本当に変わっています」
「まぁ、良く言われる。感情がないと勘違いされるのが欠点だ」
「ふふ。もしも、何か困った事がありましたらいつでも頼って下さい。どこに居ても駆けつけます」
「その時は連絡するが、あんまり無理はするなよ?」
一期一会を大事にする将平は、アキラとは二度と会うことが無いとしても、必要な縁として覚えておくことにした。
「イグルー」
「ん?」
「貴方はこれからどこへ?」
アキラの問いに将平は生存報告後の具体的な動きは特に考えていないが、一つだけ決めている事があった。
「次の戦場へ向かう。お前達には一番縁のない場所だ」
達者でな。と将平は手を上げてアキラ達に背を向けると歩いて行く。
「イグルー。また、会える日に」
その背中へアキラも告げて踵を返すと密航船へ乗り込んだ。
「ぶっほほ!? ぶっほっほっ!!?」
「!? どうしたのん!? 琴音ちゃん!?」
車中移動の最中に食事をしていた琴音は、スマホに表示されたニュースを見て思わず蒸せた。運転しているレミーは一旦車を止めてバックミラーで琴音の様子を確認する。
「ぼほっ! ケホッ……ケホッ……」
「急にどうしたのよん」
「ケホッ……ふふふ。やっぱり、生きてたよ!」
琴音は嬉そうに後部座席から乗り出すとスマホのニュース記事をレミーへ見せた。
「うんうん。そうか。あんがとな、ミコト。あと数日遅かったらジョーが現地へ行くところじゃったわい」
将平の実家にて、彼の母親は政府関係者から届いた一報を聞き、黒電話を置いた。
「ジョー、将平は生きとるそうじゃ」
「ふん、当然だ。ヤツは圭介程ではないにしろ、それなりに出来る様に仕込んである」
「そう言うわりには、パスポートなんぞ取り寄せよってからに。捜しに行く気満々じゃったやろ?」
「……なんでパスポートを取り寄せた事を知ってやがる」
「ワシに隠し事はできんで♪」
「……イエヤスの散歩に行ってくるわ」
「ええよ、ええよ。晩飯時に死ぬほどからかってやるでな♪」
息子の活躍を聞く度に、こそっと一喜一憂する彼の事は妻も妹もきちんと把握していた。
日本派遣医療団より。戦地にて行方不明のメンバー、大鷲将平の生存を発表――
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