マイクロチップ
山猫拳
◆
入社式の後、オリエンテーリングで会社について様々な説明を受けた。
「なぁ、社員証の代わりに生体マイクロチップ
「え? あ、あぁ……大企業って感じだな」
どうやらこの周辺都市は、政府が数年前に発表したInternet of Human、通称IoH
その一環として、各種証明書の生体マイクロチップ化を、
「俺、マイクロチップ選ぼうかな。料金とかも
「マジで? オレはちょっと様子見てみる……」
常に値引きされるし、カバンの中身を減らせる。海外では、すでに先進国のいくつかは生体マイクロチップを導入していて、インフルエンサー達は、その便利さをSNSでアピールしていた。
生体マイクロチップといっても、親指の付け根に注射器で、1ミリにも満たない
同期の六割くらいが俺と同じ選択をした。先輩社員は四割止まりらしい。生体マイクロチップを入れて、正解だと思った。どこに行っても、生体マイクロチップだと処理が早い。
試験行政区域内には、生体マイクロチップ対応の機器が用意されている。スーパーやデパートでの買い物も、右手をかざすだけで清算が完了する。自動販売機も、病院も同じだ。
休日は、友達とサッカーをすることが趣味だ。その練習試合で、ゴールポストに頭をぶつけて倒れた時、俺は身一つで病院に
その後、病院での定期検査も、受付に行って待たされることもなく、生体マイクロチップをかざし、
初めは生体マイクロチップを
多くの人が持つようになると、当然ながら問題が出て来た。
「ねぇ、知ってる? 最近多いんだって、うちの社員を狙ったマイクロチップ強盗。
「えー! やだ怖い……。ね、怖いよね? 大崎くんも気を付けなよ?」
「あぁ……そうだね。怖い怖い。まぁ、俺のなんか盗っても、金ほとんどないから、がっかりなんじゃん?」
「えー、うそ。絶対稼いでるって。大崎君、出世早いって、皆言ってるよ?」
「言うてもサラリーマンだからねー。ほら、こういう奴の方が持ってるよ。天才ハッカー宮田だってさ。銀行のサーバーに入ったんだって、凄くね? 金とか盗み放題だろ」
俺はスマホに表示されたニュースを、彼女たちに見せる。さっきまで怖いなんて言っていたのに、今度は楽しそうに笑いだす。人生で起きる心配事なんてそんなものだ。誰しもが、本気で自分の身に起きるとは思ってない。
企画会議の後、部長にメシに行かないかと誘われた。事業部の幹部も来るから、顔を出しておけと言われ、二次会まで付き合い、
後ろに、誰かの気配を感じた。そう思って振り返ると、何かが振り下ろされた。それは俺の頭を
見上げると、
背中の痛みで息が
「っああああぁ……ぐっ……」
傷口からマイクロチップを
「おい! 何してるんだ!」
道路の向かいから、誰かが
「大丈夫か? こりゃ
「何とか、取り返しました……」
俺はその場にへたり込んで、傷口と傷口から流れ出る血を見て、少しだけ意識が遠のいた。ちゃんともとに戻るのだろうか?
俺は救急病院に
「もしかして、マイクロチップが壊れてますか?」
「え? あ、いえ、大丈夫ですよ。すみません、そちらの
待合室に向かいながら、ちらりと振り返ると、看護士が医師に耳打ちしている。何か不穏な空気を感じたが、俺は
外が何か騒がしい。麻酔が切れて来たのか、
俺は待合室を抜け出し、自動精算機に向かう。包帯の巻かれた手をかざすと、処置にかかった代金と患者名が表示された。だが、その名前は俺ではなかった。
「え? 清算データ間違い?
どこかで見たような名前だと思った。後ろの待合室にあるTVから、微かに『宮田容疑者……』という声が聞こえる。俺は振り向いてTV画面を見る。そこには俺の顔とその下に宮田賢二という名前が表示されていた。
『――宮田容疑者は、政府のデータベースに侵入、一時給付金の送金先データを
前に見たハッカーの名前だ。このままここに居るのは危険だと思い、急いで出口へ向かおうとしたその時、俺は警察官三人に囲まれた。
「違う! 俺は宮田なんかじゃないんだ!」
「言い訳は署でいくらでも聞いてやる」
警官が両側から俺の腕を掴んでくる。
「違うんだ、マイクロチップを取られそうになって……あの時、すり替えられたんだ! そうだよ、信じてくれよ、俺は
溜息まじりに警官がタブレットを腰から外して、俺の顔をスキャンする。
「何言ってるんだ。四年前に登録された
元の登録データごと変えられてしまったということか? このままじゃ俺はヤツの代わりに罪を償うことになる。一体何をもって自分を証明すればいいのだろう。
「こっちに登録されているマザーデータは絶対だ。精算機なんて使って、
もう俺を証明するものは、ないというのか。
了
マイクロチップ 山猫拳 @Yamaneco-Ken
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