第25話 掲示板回その③:アルルーナに未知の素材の調査を頼むなど

 ※カルチェリス・インスレ回覧板より抜粋。


【おいでよ】東の村ブルボースpart19【動物の村】


 763:ある名もなき者のつぶやき

 聞いた? あの騎士様、村長を打ち負かしたらしいぞ

 村の宝の《湧き出る盃》も押収された

 こんな暴虐あっていいのか


 765:ある名もなき者のつぶやき

 はーまじクソ

 酒の羽振りがよかったのがうちの取り柄だったのに


 766:ある名もなき者のつぶやき

 村長交代まったなし

 たった一人の騎士に打ち負かされるなんて


 767:ある名もなき者のつぶやき

 >>765

 それが山の上に行けば毎日のように酒を飲めるんだと


 768:ある名もなき者のつぶやき

 >>763

 二十人ぐらいで立ち向かって騎士様に返り討ちになったんだっけ?

 流石に強すぎんか? ブルボーズ盗賊団ってちょっとは名の知れた盗賊団のはずなのに


 769:ある名もなき者のつぶやき

 >>768

 あの騎士様の戦い方を見たけど、帝国剣術も相当できるとみた

 両片手剣をぶんぶん振り回す戦い方で、随分と乱戦なれしてる

 ただの従騎士かと思ったが、それにしちゃ随分強い


 770:ある名もなき者のつぶやき

 >>767

 あー、山の上で魔物解体に向かっている奴らがいるな

 ていうかあいつら酒飲んでるのかよ!?


 771:ある名もなき者のつぶやき

 山の上で何が起こってるんだ……?

 温泉に入って、肉入りスープと酒が振舞われて、魔石が支払われるってマジかよ?

 あの騎士、もしかして凄い金持ちの道楽騎士なのかな


 772:ある名もなき者のつぶやき

 毎日山ほど魔物解体しないといけないから、大変といえばまあ大変ではある


 773:ある獣人族の村娘のつぶやき

 男むさい連中が山にたくさん来るようになって、本当くっさいにゃあ……


 775:ある名もなき者のつぶやき

 魔物の解体のお手伝い、ほんとあれ何なんだろうな

 賃金代わりの魔石を払ってくれる分にはいいんだが、あんなに豪勢に肉料理を振舞って、風呂にも入り放題、で、解体の仕上がりが十分満足だったら酒まで振舞ってもらえるなんてさ

 あんなことされたら、誰も村の仕事なんてやりたがらないんじゃないか?






 ◇◇◇






「どうしてこんなことになってるのよ……」


「え、いやあ……」


 げんなりした顔のアルルーナが顔を半分覆った。

 目の前にあるのは、鍋、鍋、そして鍋。大量の鍋に煮込まれているのは、魔物の骨や香草の数々。


「あなた、料理人になりたかったのかしら」


「いや、そういうわけじゃないんだが……」


 料理を作っているのは、色んな理由があってのことである。俺自身が旨い料理を食べたいという理由もあるが、俺が雇用している人に料理を振舞うのも福利厚生の一環であるし、あと、料理は調薬に通じるところがあるので前向きに取り組んでいる、というのもある。

 さらに言えば、スープを作る時のなんとも言えない匂いが森の魔物を引き連れているという側面もある。理由をあれこれ列挙してみたが、要するに作った方がお得だから作っている、という簡単なお話だった。


(それに、骨を煮込む時間とか分量とかも覚えたし、そろそろ《空中床》で半分自動化できそうなんだよな)


 煮込んでいるスープを、静かに攪拌する作業。川の水を引き込む作業。解体された魔物の肉や皮を剥かれた野菜を鍋に投入する作業。

 これらの作業を、空中床をまるで板のように使えば自動化できるのではないか――と俺は考えている。


 実際、このスープ作り作業もいいところまで自動化できている。『白湯』造りはもちろん、『清湯』造りもほとんど覚えた。

 あとは、魔物を狩って、解体された素材をどんどん集めればいいだけ――。


「……まあいいわ、どこからそんなに大量の魔物を集めているのかわからないけど、聞かないことにするわ」


「助かるよ。企業秘密ってやつさ。まあ、あの洞窟から"上手いこと"連れてきてるだけなんだけどね」


 妙に怪しんでいる様子ではあったが、アルルーナはあれこれ言うのを諦めたのか、ちょこんと俺の隣に座って煙草で一服入れていた。

 無駄に詮索はしません、ということだろうか。あるいはあれこれ聞いてみたところでどうせきちんとした答えをもらえないと理解しているのか。いずれにせよアルルーナは、こうやって"あえて一歩踏み込んでこない"ところがあった。


「……確かお前は、毒が分かるんだっけ?」


「そうよ」


 以前アルルーナに教えてもらったことだ。

 彼女は摂取してしまった毒を、頭の上の実に貯蔵することができるのだという。

 これぞまさしくアルラウネ族の特徴である。致命的な強毒でなければ、そうやって有毒な物質を体外に排出する力を持っているのだとか。


「摂取しなくても、目で見透かしたり、匂いを嗅ぎ取ったり、舌で味を確かめてみたらある程度は分かる。温めたり冷やしたときの変化も、同じ方法で感じ取れるわ」


(……やはり、錬金術スキルや調合スキルを持っている可能性がある)


 これはあくまで人から聞いた話だが、錬金術スキルや調合スキルが高いと、素材への理解力が高まると聞く。既知の素材に限らず、未知のものに対しても同様。帝国で錬金術師が重宝されている由縁である。


 通常、素材の性質を確かめるには、いくつかの実験が必要である。

 有名な方法としては、魔力を捏ねて閉じ込めた宝石触媒たちと一緒にいくつかの基本素材を反応させたり、魔法陣の刻まれた錬金窯に一滴ずつたらす方法がある。

 そして、それらに加えてアルルーナは、毒性が高くない物質であればさらに精度よく推定することができるというわけだ。


「分析をお願いしたいものがあるんだ。洞窟の中から集めてきた未知のコケとか粘菌とかがいっぱいある。毒になるか薬になるかは分からないが、それらの中で有用なものがあれば、採取して有効活用したい」


「……それ、とっても素敵ね」


 微塵も笑わず、そつない返事が返ってきた。「おいおい、皮肉か?」と聞いてみるが、彼女はそれには取り合わずに煙草の煙を深く吸い込むだけだった。

 どうにも彼女の考えは読めないところがある。


「……。ちゃんと私を殺せるんでしょうね?」


「は?」


「うふふ、冗談よ。ちゃんと確かめてあげるわ」


 微塵も笑わず、という言葉は撤回した方がよかったかもしれない。彼女は確かにしっかり笑っていた。しっとりとした深い笑みで、ちょっと俺の苦手な雰囲気。


(まいったな、死んでもらったら困るんだけどな……)


 流石に冗談だと思いたいが、どことなく倦怠感ある彼女の雰囲気が妙に合っている。聞かなかったことにするべきか、それとも辞めさせるべきか。決断できぬまま、俺はなんとなく「煙草を分けてくれ」なんて誤魔化すのだった。

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追放騎士のダンジョン商売: 〜外れスキル《空中床》は生産系&内政スキル!? 未開拓迷宮の真上に商店作って素材を売りまくってたら大きな街が出来たけど色々もう遅い〜 RichardRoe@書籍化&企画進行中 @Richard_Roe

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