第5話 アンタ、ウチの事知らんの?

 もうすぐ着くで。

 この先にな、別れ道あんねん。それぞれに入口んとこみたいな大きい鳥居があって、片方が幽世かくりよに通じてて、もう片方が現世うつしよ、ふもとの県道に通じてるわ。向かって右側が県道やから間違えへんようにな。

 アンタ、学校の先生なんやったら悪い事なんか絶対せえへんやんなあ。むしろ悪い事した子供叱る立場やもんなあ。

 人に嘘吐いたり騙したり裏切ったりする事なんかないやんな。

 ちょっとな、アンタに聞いて欲しい話あんねん。ウチが悪い子か、どうか。もしウチが悪い子やったら、叱ってな。

 

 ウチな、めっちゃ仲良しの友達おんねん。

 カナちゃん言うねん、目ぇも大きくてくりくりしててめっちゃ可愛いねんで。

 カナちゃんとは幼稚園からずっと一緒でな、家も近かったからいっつも一緒やった。小学校の時の夏休みなんかそれこそほんまに毎日一緒に遊んでてん。

 駄菓子屋でソーダアイス買うて二人で半分こしたり、カナちゃんの家の縁側に腰掛けて二人でスイカ食べたり、二人で一緒に自由研究したり、自転車で知らん町まで冒険しに行って迷子なって後でお母さんにえらい怒られたりもした。

 一番楽しかったんは中学生なってから二人で電車乗って遠くの海見に行った時やな。別に何の見所もない寂れた漁村みたいなとこやってんけどカナちゃんと一緒やったからそれでもめっちゃ楽しかった。

 ぼろぼろの漁船に勝手に上ってな、水平線に沈んで行く真っ赤なお日様を何となく眺めててん。綺麗やったで。

 そこでカナちゃんと約束してん、一生友達やでって。

 ウチにとってカナちゃんは一番の友達、カナちゃんにとっても多分ウチが一番の友達やと思うわ。

 ウチら親友やねん。

 お互い隠し事なしで何でも相談し合ったし、絶対嘘吐いたりもせえへんし、約束も必ず守ってたんや。

 あの時まではな……。

 一昨日、お祭あったやろ。

 ウチらも今年高校受験やから思いっきり遊べんのも夏休みが最後や、夏祭りで思いっきり楽しもう。そんなふうに約束しててん。

 二人で一緒に百貨店行ってお揃いの浴衣も買うた。

 紫色の朝顔のがらが入った夏らしい浴衣や。試着して二人して姿見の前に立ったらウチら二人そっくりやって面白かった。お店の人に「姉妹ですか?」て訊かれた時、何かよう分からんけどめっちゃ嬉しかった。帰りしな、どっちがお姉ちゃんなんやろな、言うて二人で笑っててん。

 楽しかった。

 で、夏祭りの日。

 その日はな、夏休みやってんけど偶々たまたま登校日でお昼まで学校行かなあかんかってん。もちろん登校日もカナちゃんと自転車二人乗りして一緒に行ったで、雲一つない朝からよう晴れた日でほんまに暑い日やったわ。

 ……今日の夜、どこに集合しよか。

 早速今夜の夏祭りの話題。

 それでウチらは夕方の六時に郵便局の前のバス停に集合しよって事になってん。夏が終わってもうたらウチら三年は勉強漬けや、カナちゃんとこんな思いっきり遊べるんは来年の春までないかもしれへん。そう思うとちょっと寂しいけど、それ以上に夏祭りがめっちゃ楽しみやった。

 ウチらの担任の先生は夏休みやからってだらだらした生活すんなよ、お前ら受験生やねんから言うて説教垂れてたわ。今日の夏祭りも夜九時までには家に帰れとも言うてたかな。でもウチはそんなん聞き流してた。

 はよ夜になって欲しい、そればっかり考えてた。

 長かったわ。お昼回ってやっと下校時間になった。カナちゃんは部活の用事があるから言うて学校に残ってん、カナちゃん吹奏楽部やし。せやからウチは一人で歩いて帰ってん、いや、走っとったわ。夜までまだまだ時間あるのに楽しみでしゃあなくなって自然と走ってもうててん。小学生みたいやろ。

 それで約束の夕方六時。

 郵便局の前のバス停。

 ウチはな、そこに行かへんかってん。

 きっとカナちゃんはずっとそこで待ってたんやろな、ウチの事。カナちゃん優しい子やから。七時んなっても、八時んなっても待ってたんやろな。ウチとお揃いで買った紫色の朝顔の浴衣着て、誰も来おへんバス停で、一人ぼっちで。

 約束破ってもうてん、ウチ。

 多分、カナちゃん。ウチの事、嫌いなったやろな。

 なあ、アンタ。ウチって悪い子?

 うん、どうしても行かれへんようなってん。でもその事カナちゃんには伝えてなかった。せやからカナちゃんはずっと待ちぼうけやったと思う。それからカナちゃんとは会ってないねん。嫌いって言われるんが恐いから。

 謝ったら許してくれるって?

 ほんまかなあ。でも何かごめんな急にこんな話聞かせて。最後まで聞いてくれてありがとうな。


 ところで、アンタは悪い事とか絶対せえへんの?

 ……。

 ほんまに? まあ先生やもんな。嘘吐いたり約束破ったりなんかそんな事する筈ないよな。そやんな……。

 ……。

 あれ?

 今、そらくらいが動いた。

 アンタ、もしかして……嘘吐いた?

 ほら見て、麻袋の中でごそごそ動いてるで。しかもちょっと……さっきより、重くなってんねんけど。

 なんや、アンタも悪い事すんねや。小学校の先生言うてもやっぱり人間やねんな。なあ、今までどんな悪い事したん。ちょっとウチに教えてみいや。嘘吐いたらそらくらいが大きくなるから気ぃつけてや。

 ウチに何か嘘吐いてる?

 ……。

 あ、またごそごそ動いた。

 へえ、また嘘吐いてんねや。小学校の先生言うんはほんまなんかも知らんけど、遠足の下見しとったんは嘘っぽいなあ……。そやろ?

 ほら、そらくらいが暴れてるで。

 うわあ、かなり重なってきてウチもう持ってられへんわ。

 あかん、袋も破られそうや。これ以上嘘吐いたら喰い殺されるかもしれへんで。ほんまに気ぃ付けや。

 何、引きつった顔してるんよアンタ。嘘吐かへんかったらええだけの話やんか。何も難しい事あれへん。

 で、他にどんな悪い事してきたんかな。

 泥棒? 詐欺? 裏切り?

 あぁ、袋が破れる。


 もしかしてアンタ……

 ……人殺した。

 とか?


 ……。

 …………。

 ちょっと!

 何すんの、やめてや!

 返して、ウチのそらくらい返してや!

 あかんって、そんなんしたらそらくらいが死んでまう。ほら、見て。そんな叩きつけたりなんかしたから血ぃ滲んできてるやんか……お願いや、もうやめてぇや……ウチのそらくらい……。

 あ、包丁!

 ちょっと、アンタ何考えてんの……。

 やめたって……いやああ!

 ……。

 …………。

 ………………。

 非道いな、アンタ……。

 そらくらい、もう動かへんようなってもうたわ。

 あぁあ、何も殺す事ないやん。叩きつけられて、その上包丁で何べんも刺されて。可哀想に、恐かったやろうに、痛かったやろうに。まだ子供やったのになあ。

 今更謝られても遅いって。そんなんしても生き返らへんねんから、この子は。

 それよりアンタ、殺ってもうたな、そらくらいを……。やっぱりアンタはウチが思ってた通りの人間やったわ。

 何よ?

 こんなんなっても連れて帰るわ。穴だらけにされて血でべたべたでもこんなとこ置いて行く訳にはいかへんもん。可哀想やんか。

 行くで。もう出口の鳥居も見えてきたわ。

 ああ、笑ってまいそう。え、アンタが非道い人間過ぎてな。ああ可笑しい可笑しい、あははは。

 ちょっと訊くけどな。アンタ、ウチの事知らんの?

 ほんまに?

 そやろな。アンタはウチの名前も声も知らへんねやろな。お面外しても多分顔も知らんと思うで、アンタはウチの顔は見いへんようにしてたみたいやから、わざと。

 ウチは知ってんで。アンタがウチの事知らへんでも、ウチはよう知ってんねんでアンタの事。

 一昨日、何でウチがカナちゃんとの約束破ったか教えたろか?

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