第4話 あらあら、空も暗なってきたわ

 なあ、アンタって小学校の先生なんやろ。

 いっつも子供らにどんな話してるん。ああ、なるほどな。友達を大切にしましょうとか、人を騙したらいけませんとかやな。相手が小学二年生なんやったらそんなんがええんかもしれへんな。

 ウチにも何か興味深おもしろい話してや。

 え、そんなん急に言われても無理って?

 なんやあ、先生やねんやったら色んな話知ってると思ったのになあ。こんな暗い山道で黙りこくってたら気ぃ滅入ってまうやん。

 何か話しよや。

 そやなあ、じゃあウチが何か喋ろか……そや、怖い話でもしよか、怪談。

 だってウチそんなんしか知らんもん。こんな暗いとこでしても意外と盛り上がって楽しいねんで。

 アンタが話せえへんねんからしゃあないやろ。

 ううん、そやなあ。じゃあ地獄に住む獣、『そらくらい』って化け物の話でもするわ。

 そんな怖い話ちゃうで……アンタが正直者なんやったらな。


 あんな、そらくらいって言うんはめっちゃ恐ろしい怪物やねん。ちなみにばくは知ってるやんな、あれは悪い夢を食べてくれるやろ、言うたら良いやつや。じゃあ、そらくらいは何食べると思う? 

 嘘、つまり空言そらごとを喰らう怪物やねん。それで『そらくらい』って言うねん。

 それこそちっちゃい時は子猫みたいに可愛らしいねんけど、嘘吐いたらどんどん大きなって終いには虎よりも大きい醜い化け物になってまう、しかも大人になったそらくらいってめっちゃ凶暴やねんで。

 人間も赤ちゃんの時はお母さんのおっぱいしか飲めへんけど、大きなったらそんなん飲めへんようなるやろ。そらくらいも一緒や。

 それでな、大人になったそらくらいは何食べると思う?

 分からへん?

 大人になったそらくらいはな……。

 嘘吐きそのものを食べんねん。

 人間や。

 嘘吐く人間を食べるんや。

 

 これは大昔の話らしいんやけどな、とある男の人が山奥の小屋に一人で住んどってんてさ。

 それで真冬の吹雪の夜に一人のお爺さんが訪ねて来てんて。

 道に迷うてしもた、夜が明けるまで、否、せめて吹雪が止むまででええから家に置いといてくれ、何でもするから。

 お爺さんは涙ながらにそう言うた。

 せやけど、その男はな……。

 うちには人に食わせるような食べ物もないし、人を一晩泊めるような広さも余裕もないから他あたってくれ言うて断ったんや。

 お爺さんは、土間でもええから屋根の下におらせてくれ、何でもするからお願いやって必死に頼んだんやて。

 そしたらその男はな、無理なもんは無理なんやはよう出て行ってくれ、言うてそのお爺さん追い出したんや。

 吹雪の夜にやで。

 ぴしゃりと閉まる戸。

 可哀想に、そのお爺さん寒うて寒うて死んでもうたかもしれへんな。

 その後、また小屋の戸をたたく音が聞こえたんや。男はまたあのお爺さんが来た思うて無視しとったんやて。そしたらな……今度は女の声や。

 ……誰か居ませんか、助けて下さい。

 男が戸ぉ開けたら、それは美人な若い女の人がおったんや。それは雪のような真っ白い肌の娘さんや。

 ……助けて下さい、道に迷ってしまいました。

 ……せめてこの吹雪が止むまで、屋根の下に居させてもらえませんか。

 ……寒くて寒くて、死んでしまいそうです。

 ……お願いです、どうか。

 娘さんは泣く泣く男に頼み込んだ。男にすがり付くその細い指はかじかんでひび割れて、血が滲んでる。寒うて寒うて口唇も紫色や。

 まさに娘さんの命の灯火は吹雪に掻き消される寸前やった。でも、消えそうな灯りって何であんなに綺麗なんやろな。

 男はな、その美しい娘さんに一目で惚れてしもうてな。喜んで小屋の中へ迎え入れたんやって。

 さっきのお爺さんは無理矢理にでも追い出したのに、相手が美人やったらすぐこれや。ほんまに……昔から男って非道い人ばっかりやねんな。

 美人な娘さんが来てくれて嬉しなった男はな、その娘さんに温かいきじ汁まで御馳走してん。

 さっきは食べ物なんかないって言うとったのに。

 娘さんはそれは感謝したわ。

 なんせ吹雪の夜に一人で彷徨って、このまま野垂れ死ぬって思ってた所に、小屋の中に入れてくれた上に温かい雉汁まで食べさせてもろてんからな。まさに地獄に仏やわ。

 ……お優しい方なのですね。

 娘さんは言うた。

 そしたらその男、何て言うたと思う?

 ……俺は困ってる人が居たらほっとけん。

 ……こんな吹雪の夜に追い出す訳にはいかん。

 ……困った時はお互い様や。

 やて。

 びっくりするやろ、とんだ二枚舌の大嘘吐きや。ついさっき訪ねてきたお爺さんは追い出したのやで。

 その時や。

 小屋の天井が軋んだんや、みしり、って。重い何かが動いたような音。何や思って男が天井見上げた瞬間、物凄い音立てて天井が割れた。

 真っ暗な天井裏から飛び出して来たんは、そらくらい。

 大人のそらくらいや。

 そらくらいの大口が刀みたいに鋭い牙を剥いて男目がけて襲いかかった。それで、その嘘吐きの男は……頭、喰い千切られてしもたんや。

 男はそらくらいに喰われてもうた。

 実は、その小屋の天井裏にはずっとそらくらいが棲んでて、男が毎日吐く嘘を食べて大きくなっとってん。

 そらくらいはまた別の嘘吐きを探して吹雪ん中に消えて行った。


 そんなんただの昔話やろって?

 まあ、昔話って言うたら昔話やねんけど。でもこれほんまにあった話やねんで、信じられへんかもしれへんけどな。

 え、そんなん言われたってほんまの話やねんからしゃあないやんか。ウチに言われたかて困るって。

 せやけどアンタも見たやろ……

 ……さっきの飛脚のおっちゃん。

 あの人やで、そらくらいに喰われたん。

 まあ今となったらちゃんと反省して正直者で働き者んなってるわ。嘘吐こうにも口どころか首から上全部なくなってもうてるしな。

 空言を喰らうって言うてそらくらいやねんけどその名前、ほんまはもう一つの意味もあんねん。

 空暗い。

 そらくらいは空が暗くなる時間、つまり夜んなったら動き出すねん。いかにも獰猛な怪物らしいやろ。

 ああ、大分暗くなってきてもうたなあ。

 ウチらものんびりしてたらほんまに夜なってまいそうやしちょっと急ごか。はよせなこの子も起きてまうし……。

 ん……?

 この麻袋の中?

 そう、そのまさかや。

 ……そらくらいの子供やで。

 大丈夫やって、もうウチは嘘なんか吐けへん正直者やからこの子はずっとちっちゃくて可愛らしい子供のままやもん。

 そんなに恐がらんでもええやん、そらくらいの子供は温和おとなしいし猫みたいでめっちゃ可愛いねんで。

 あ、そうや。

 それよりアンタ……ウチとおる間は絶対に嘘吐かんといてや。この子、可愛くなくなってまうから。喰われても知らんで。

 あらあら、空も暗なってきたわ。

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