第6話 ウチ、約束破りの大嘘吐きや

 あの日の学校の帰りな、ウチ浮かれてたわ。

 カナちゃんとお祭行くんが楽しみで楽しみでウチもぼおっとしながら走っとったんもあかんかってんやろな。

 はよ家帰って昼ご飯食べて、ちょっと宿題済ませて、それからお母さんに浴衣着せてもろて待ち合わせのバス停まで行く。それからお揃いの浴衣着たカナちゃんとお喋りしながら神社まで歩いて行って、金魚掬いやって、かき氷食べて。

 そんな事ばっかり考えてた。

 あんな、学校からウチん家まで近道あんねん。

 カナちゃんともようその道通んねんけどな、団地の坂道下りて田んぼをぐるっと回らんとそのまま畦道あぜみち突き抜けんねん。ほんまやったら勝手に通ったら農家のおっちゃんに怒られんねんけど、その時は誰もおらんかったからウチ畦道通ってん。

 でな、畦道から道路に出たらウチの右側から聴こえてんクラクション、ぱっと右向いた時にはもう遅かったわ。

 ほんまに時間がゆっくりに感じるもんやねんな。

 ウチ、ねられてん。

 コンクリートの地面に叩きつけられた時、全身の骨がばらばらんなったかと思った。ごろごろ転がって仰向けに倒れた。鼻と喉の奥から鉄臭くて温かいどろどろのものが溢れてくるような気ぃした。

 ちらっと車の方見たらウチ撥ねた運転手が真っ青な顔してる。ハンドル握って震えたまま目ぇ見開いてウチの事じっと見とった。

 誰も畦道からウチが飛び出してくる思わんかったんやろな。

 ウチはコンクリートの上に倒れてとろとろの鼻血垂らしとった。痛いって言うん通り越してわけ分からんかったわ。せやけど頭だけは妙にはっきりしとってん。

 倒れてる場合とちゃう、はよ帰って夏祭り行く準備せな。

 そう思っても、手も足も言う事聞きよれへん。そこらへんでやっと、痛い、て言うんが分かったわ。

 ちょっと体動かしただけでも鈍い痛みが駆け回んねん。肘も変な方向に曲がってた、多分折れとってんやろな。

 それからウチ、芋虫みたいにもぞもぞ這って起き上がろうとしてん。はよ帰ってお祭り行きたかったし。

 そしたら。びっくりしたで、ほんまに。

 ウチの事撥ねた車あるやん、それがいつの間にかバックしとってん。うわぁこれって轢き逃げってやつやん、最悪や。そう思ってちょっと悔しかった。そしたらもっとびっくりする事起こってん。

 その車な……もっかいウチの事、撥ね飛ばしてん。

 思いっきり助走つけて……

 ……今度は、わざとや。

 またウチは硬くて陽に焼けて熱いコンクリートに叩きつけられてな、田圃の中に落ちてもうた。真っ白やった夏制服も血と泥で汚い色なってもうてる、指一本動けへん、胸も痛いしもう声も出されへん。

 田圃の泥水に顔半分浸けながら、その時ウチ思ってん。

 流石に夏祭り行かれへんかもしれへん。

 ……カナちゃん、ほんまにごめん、って。

 ぴちゃ、誰かが田圃に入ってきた足音や。体なんかもうどこも動けへんから目ぇだけ動かして足音した方に向いてん。そしたら、そいつウチの事二回も撥ね飛ばしたあの運転手やってん。そいつ、ぽかんとしながらウチの事見下ろしてじっと立ってる。それから屈み込んだ思ったらウチの体、くびとか胸とか手頸とか、ぺたぺた触ってくる。

 ……何してんねやろ。

 その時、ウチと目ぇ合ってん。

 その瞬間そいつの顔、真っ青になってた。何かめっちゃ怯えてるみたいやった。ウチの顔、そんなに酷い事なってたんかな?

 そしたらそいつ、弾かれたみたいにいきなりウチの髪の毛引っ掴んでウチの顔泥水ん中に押し込んだ。

 苦しい、気持ち悪い、臭い、死ぬ。

 ぬめぬめした汚い泥水が鼻と口から入ってきて吐きそうなぐらい気持ち悪かった。それが口ん中で血と混ざって変な味やった。息も出来へんし、ウチこのまま死ぬんや、と思ってた。

 それで思いっきり髪の毛引っ張られて泥水から引っ張り出されてん。ウチがひゅうひゅう息してんの見て、そいつまた青なったわ。いや、今度はそれどころか泣きそうなってたかもな。

 ウチは髪の毛掴まれたままや。今度は田圃の縁石にな、思いっきり顔から叩きつけられてん。何回も、何回もやで。

 鼻が折れんのも頬の骨が折れんのも自分で分かったわ、ごきごきって音が直接頭に響くねんもん。

 そいつ、その時何か言うとったで。

 ……何で死なんねん。

 ……死ね!

 ……早く死ねや!

 ……頼むからもう死んでくれ……。

 ウチは顔の形が変わるぐらい縁石にぶつけられた。もう頭もくらくらするし引きつりすら起こらへん。

 そいつも疲れたんか知らんけど、もう止めてくれたわ。そしたら今度は襟首引っ張って泥と血ぃでどろどろのウチを田圃から上げた。

 ウチはそいつのトランクに放り込まれてん。

 重い音立ててふた閉められた真っ暗なトランクの中、鍵まで掛けられてウチはそのまま運ばれて行った。

 ウチが撥ね飛ばされてからどれぐらい時間経ったんか分からへんけど多分、そいつの家の車庫かどっかなんやろな。何の音もない、何の光もない、ただ真っ暗で息苦しくて蒸し暑いトランクの中で、じっとしてた。

 悲鳴上げようにも、もう声も出ぇへんねん。暴れて蓋こじ開けようにも、もう指一本動けへんねん。だからウチ、じっとしてた。じっとしてるしか出来へんかってんもん。

 遠くの方からお祭囃子が聴こえた、ような気ぃした。

 ……ごめんな、カナちゃん。

 ……ほんまにごめんな。

 ウチ、約束破りの大嘘吐きや。

 紫色の朝顔の浴衣着て、郵便局の前のバス停で一人ぼっちでウチの事ずっと待ってるカナちゃん。

 そんなカナちゃんの姿想像して、ウチちょっとだけ泣いた。


 あ、もう着いたな。右の鳥居が現世うつしよ行きやで。ここでお別れでもええんやけど、この話まだ続きあるからもうちょっと聞いてくれへん?

 そんな事言わんと聞いてや。

 ここからが面白いねんから……。

 

 次の日は丸一日トランクに入れられたままやったわ、何も食べてへんし何も飲んでないねん。

 もう涙も出ぇへんかったわ。

 そんな時、話し声が聴こえてきた。ガレージにも家の中の音が入って来るみたいやってん。せやから会話の中からウチ撥ね飛ばしたやつの事、ちょっとずつ分かってきてん。

 名前とか齢とかそんなんは分からへんねんけどな、取り敢えずどんな仕事してるかぐらいは分かったわ。

 小学校の先生やねんて、そいつ。

 信用第一の教師が人身事故なんか起こしてもうたら教壇にもまともに立てんようになるもんな。仮に法律の上で罪償っても、それでも世間の皆は叩くもんな。テレビ、新聞、雑誌、インターネット。色んな角度から悪口言われる。そうなったら先生なんかやってられへんようなる。

 そやから、事故がばれるぐらいやったらウチの事殺してもうて隠したらええと思ったんやろな。

 それに事故を隠さなあかん理由、どうやらもう一つあるみたいやってん。

 あんな……。

 暗いトランクの中で耳澄ましてたらな、声が聴こえるんよ。そいつの声とちゃうで、可愛らしい声が聴こえんねん。

 ちっちゃい女の子の声や。

 そいつの娘なんやろな、まだ小学校にも上がってないような感じの可愛らしい声やったわ。

 学校の先生やってられへんようなったらその子育てていかれへんしな、そうじゃなくてもその子が親の事故の所為でいじめられたりするかもしれへんし。

 で、その次の日、つまり今日やな。

 その女の子が保育園行く前、ガレージ覗いたんや。それでなその時一緒におった親、つまりウチ撥ねたやつに言うてん。

 なんか……くちゃい、て。

 その時、そいつ真っ青なったやろな。そう、骨ばらばらの顔ぐちゃぐちゃになったウチの体は生きながら死んでいっててん。

 真夏にじめじめしたトランクの中に、二日以上も詰め込まれてたんや。せやから汗臭いし垢だらけやし、怪我したとこも膿んでじゅくじゅくやし、なんや言うたらウジとかもいとったんちゃうかな。

 それで今日の昼。

 そいつウチをトランクに乗せたまま車出してん。どれくらい動いとったやろ、曲がり角のたびにトランクの中でウチの体も転がって肉とか骨とかぎちぎち軋んどったわ。

 車が止まって、トランクの蓋も開いた。

 めっちゃ眩しかった。よう周り見たらウチも知ってる場所や、どうやら町外れの山沿いの県道で停めてたみたいやった。

 そんなんより何十時間ぶりに見るお日様やろ、何十時間ぶりに吸う新鮮な空気やろ。そやけどウチには飛び跳ねて喜んだり、逃げて警察行くような力も残されてへんかったわ、残念な事にな。

 そいつはめっちゃ厭そうな顔でウチの事見下ろしてた、汚いものでも見るような目で見下ろしてた。まあその時のウチはほんまに汚かってんけどな。

 それにそいつにとってウチなんかもう人やあれへん、物やわ。モノ。だからウチはやってん。

 それでウチは毛布でぐるぐる巻きにされたわ。

 こんなクソ暑い日に毛布やで、最悪やろ。しかもその上から紐まで巻き付けられてんで、ほんまもう苦しいて苦しいて……。

 ミノムシみたいになったウチはそのまま担がれて山ん中に連れて、いや、持って行かれたんよ。それで大体一時間ぐらい経ってからやったかな、ウチは湿った土の上に投げ捨てられた。その時も骨が変な音鳴った。もう痛みは無かったけどな。

 次にそいつはスコップ使って地面に穴掘りだしたんや。

 ウチ、自分で分かったで。

 これから埋められるんや、て。

 暫くしてから、ウチはゴミみたいに足の裏でぐりぐり押されて穴の中に蹴り転がされてん。ほんまにゴミみたいに。

 湿った土の匂いや。小学校の時行った遠足の匂いみたいやった。変な言い方やけどウチにとってそんな匂いやってん。

 ……あの時もカナちゃんと一緒にお弁当食べたなあ。

 ……懐かしいなあ、ほんまに。

 そんな事思い出してたら別の懐かしい匂いが入り込んできてん。

 それな、ストーブの匂いやってん。

 これは懐かしいな、今は夏やけど冬なったら学校が出すストーブってこんな匂いするもんな。上に給食のコッペパンとか乗せて焼いてたら先生に怒られた事あったなあ、とかそんなん思い出しとった。

 うん、分かっとったよ。

 灯油かけられてん、ウチ。

 しゅっとマッチ擦る音聴こえた思ったらウチの体を勢いのない火ぃがちろちろ包みだしたんや。ゆっくりゆっくり、毛布から燃えてく。

 灯油って思ったより派手に燃えへんねんな。熱くて熱くてめっちゃ苦しかったわ。映画とかでやってるみたいに、ガソリンの方が一気に燃えてくれるんやろか。

 なかなか死なれへんかったわ。

 じわじわ、じわじわ。

 熱いし、恐いし、痛いのに声すら出ぇへんかった。苦しんで苦しんで苦しみ抜いて、やっと死ねてん、ウチ。

 んでウチ真っ黒なるまで燃やされた後な、土被されて埋められてん。多分見つかれへんやろなあ。全く人通りない山ん中やし、燃やした上に結構深く埋められたから野犬も掘り返されへんやろうし。

 そいつの所為でカナちゃんとの約束守られへんかってん、ウチ約束破りの大嘘吐きなってもうたわ。

 今頃カナちゃん怒ってるやろなあ。それでも謝りに行く事も出来へんねん。最悪、全部ウチを撥ね飛ばしたやつが悪いのに。

 悔しいわ。

 ほんまに悔しい。

 仕返ししたりたいわ……。


 ああ、因みにウチが埋められてるんてここの山やで。

 どうしたん、アンタさっきから顔真っ青やん。もしかして……ウチの事、思い出してくれたんや。

 嬉しいわ、やっと思い出してくれてありがとうな。ええ、そんな。今更んなって土下座なんかされても困んねんけど、謝られたってウチはもう死んでもうてんねんから……アンタの所為でな。

 さっき言うたやろ、幽霊ってのは自分を殺した相手に仕返ししに来るもんなんやって、怨念そのものなんやって。

 なあ……

 ……先生。

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