そらくらい

ぼく

第1話 ほら、こっちやで

 こんな山ん中で何してるん? 

 しかもこんな時間に。

 もうすぐくらなるで、空見てみいや。ゆうても木の枝の隙間からちらちらしか見えへんけど、もうそろそろ日ぃ沈んでまうやんか。

 ここらへん昼でも暗いけど夜なんかほんまに何も見えへんようなんねんで。夜は真っ暗で危ないからウチらでも一人やったらよう歩かれへんわ。

 てか一人なん?

 アンタ、シャツの袖もズボンの裾もドロドロやん。けったいな格好してるなあ、ほんまにどうしたん。

 しかも汗だくで。

 ええと。

 そやなあ。

 わかった、アンタ道迷ってんやろ。ほら図星や。

 なんや迷子やったんか。まあここらへんは道も入り組んでるし人通りもあんまりないからみんな迷いやすいねんなあ。慣れてない人やったらアンタみたいな大人かてすぐ迷ってまうで。

 え、ウチ?

 ウチは散歩しとってん。

 のーんびり歩いて、んで日ぃ沈むまでぼんやり空でも眺めながら座っとってん。この鳥居のとこにな。

 なあ、おっきい鳥居やろ。

 もともと何色やったんか分からんぐらい色もはげてるし、下の方の柱とかちょっと腐ってもうてんねんけどな。

 ほら、上の方見上げてみ。

 上の方とか木の枝が邪魔してあんまり見えへんけど額に何か書いてるっぽいやん。でも字ぃかすれてもうてて何て書いてあったんかは読まれへんねんけどな。

 なんせ古い鳥居やで、いつからここに建ってんねんやろ。

 で、ウチはここで一日ぼけぇってしてるわけ。

 退屈そうやなあ、て?

 いや、そんな事ないで。昼間は色んな鳥とか動物の鳴き声とか聴こえるし、夕方なっても耳澄ましたら虫の声なんかも聴こえてくるで。

 風なんか吹いたら木ぃ揺れて葉っぱが擦れる音とかもあるし、一見静かそうに思える山ん中も結構賑やかやねん。


 ああ、そうこうしてる内に日ぃ暮れてまいそうやわ。

 そや。

 ウチが道案内したろか?

 え、なんで? そんな遠慮しなや。ウチかて丁度家帰ろう思てたとこやし、そのついでやん。せやから気ぃ遣わんでええって。

 ウチ?

 ウチは……まあ誰でもええやん。そんな怪しいもんやないって。服装? 山ん中でも浴衣ゆかた着とっても別に普通やん。ほらほら、見てやこの模様。綺麗やろ、紫色の朝顔。この浴衣めっちゃお気に入りやねん。下駄の鼻緒の色ともよう似合ってるやろ。

 言っとくけどウチ、座敷わらしとかみたいな妖怪とちゃうからな。第一ウチは座敷じゃなくて家の外におんねんから。

 え、顔?

 ウチの顔が、何かおかしい?

 ……。

 ああ、これ。お面。

 これな、鳥居の先にあるお店で売っててん。えっと確か女面とか小姫とか言う種類の能面やねんて。もちろん安モンやけどな。

 どうしたん。

 気持ち悪いん、能面これ

 まあ確かに古いお屋敷の倉庫とかにありそうなやつやしな。顔も、のべえってして無表情やけど、その下のウチの顔はにこにこやで。

 何でお面なんかしてんのかって?

 そんなん……どうでもええやん。

 ほら、それよかどうするん? 行くん? 行けへんの?

 このまま夜なってもうたらほんまに真っ暗で何も見えへんようなるし、それこそこんな山奥で野宿って事になるで。

 しかも野犬も出てくるねんで。ゆうても所詮犬や思って野犬なめとったらあかんで。あいつら群で襲ってくるから、なんぼアンタみたいな大人でも殺されてまうで。鼻も良いから怪我なんかしてもうてたら血の匂い嗅ぎ分けてすぐにやって来よる、人間の鼻なんかと比べ物にならへんからなあ。

 どうしたん……顔、真っ青やん。

 もしかして、どっか怪我でもしてんの? 

 え、怪我はしてないんや。血ぃ出てへんねやったらそんなにすぐには見つかれへんとは思うけど、それでも汗の匂いとかでその内に寄って来よるかもしれんなあ。

 行こや、ほら。

 この鳥居くぐってしばらく歩いたらふもとの県道まで出るわ。

 一本道やしすぐ着くわ。

 何してんの、はよ行くで。

 はあ?

 さっき来た時はこんなとこに鳥居なんかなかった?

 何寝言ゆうてんの。

 えらい迷ってて他のよう似た場所とごっちゃになってるんちゃうん。しっかりしてや、ほんまに。

 はよせな夜なってまうで。

 もうそろそろ大分暗なってきたし、この先って足場悪い上に坂道なってるからこけて怪我せえへんように足元とか気ぃ付けや。

 ほら、こっちやで。

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